「…ああ、見えている。一生治らないかもしれないな」
私は海里君と芹沢の話を横で聞きながら、恐る恐る二人に聞いた。
「…芹沢が死ぬ時が分かるっていうのは、ほんとなの?」
海里君は私の方に振り向いて、無邪気に言った。
「ほんとうだよ~」
じゃあ、なんで私が聞いた時は、本当かどうかわからない回答をしたの。
「…この話は、終わりだ。お前に言ったはずだ。俺のことには構うな」
「…だけど、そんなこと出来る訳ないでしょ。死ぬ人をただ見守るだけなんて」
私は椅子から立ち上がり、芹沢本人に思いをぶつけた。
「私はただ誰かに助けてほしいと思うし」
私は目を大きく、芹沢を見たが、目をそらされた。本当のことだけど、芹沢に言うのは歯がゆい。
「じゃあ、なんでお前は死にたいと思うんだ。お前も誰かに助けてほしいのか」
まともに話もしなかった芹沢が私に反撃してきた。だけど、芹沢の言う通りだからムカつく。
「あんたには分からないよ。私の気持ちなんて」
私は下に俯きながら、隣の椅子においてあったカバンを手に取り、海喫茶店を出た。
カラン カラン カラン
「あーあ。いいの、暁。女子にあんなこと言うの。珍しいじゃん」
海里は頬杖をつき、俺を見てくる。
「…何がだよ」
「分からないならいいよ。だけど、暁が誰かを許したのは、茜(あかね)以来だから」
俺は海里に何も言えなかった。
何もなかったようにしていたけど、俺も分かっていた。
あいつは俺と似ているんだって。
だから、学校では何事のなかったように振舞っている。
茜と同じように見えたんだ。
だから、救いたくなったのは本当だ。
「和歌」
私は母親に呼び出されて、自分の部屋から出て、リビングに向かう。
「どうしたの」
「…和歌。明日、ここに行ってもらっていい」
珍しく母親から話しかけてくると思ったら、母が一番めんどくさいと口にしている母の実家に帰るという任務を私に預けてきた。
「私じゃなくて、母さんが行けばいいでしょ」
私は聞こえるか分からない小さい声で母に言った。
「…こんくらいしかあんたは出来ないんだから。私のお願いくらい聞いてもいいんじゃないの」
母はいつも私にお願いする時は、この口癖で私に頼む。
ただ単に母の実家に行っても母が苦しい思いをするだけだから。
それは何故かって。
母親は親とほとんど縁を切っている。
だけど、去年あたりから突然電話がきた。
「あなたがこのまま変わらないのは分かってる。でも、顔くらい見せてもいいじゃない」
母の実母はそう言っていたが、母が何かが気に入らなくて、実母と疎遠になっていた。
なんで、疎遠になった理由までは分からないが、実母とは相性がよくないらしい。
「分かったよ」
私は母から目をそらして、返事をした。
こんなことなら、バイトすべきだったなぁ。
私は母と会話をした後に、自分の部屋へ戻った。
いつも私は母に何にも言い返せない。
そんな自分にムカつくけど、何も変えられない。
私はただ家族として対等に関わりたいのに。
この日は、ご飯も何も食べないで、そのまま就寝した。
後日、私は早く起きて、すぐ母の実家に行く準備をした。
準備はすぐ出来た。
母の実家には、三日ほどお世話になることになった。
母は多分、夏休みが終わるまで私を置いていきたいのだろう。
昨日、電話越しで話す母は、物凄く嫌な顔で私が母の実家に行くことに了承していた。
私がいない方が都合いいのにと言っているかのように何度もため息をついていた。
それでも、私は母の実家に行くことは変わらないし。三日間で帰るつもりだ。
母がどんな顔しようとしても。
私は学校に行くように、母が作った味気ない料理を食べて、誰も見送りのなく、母の実家にバスで向かった。
近くのバス停に乗り込み、市内の駅に到着した。
市内から少し離れた町に、母の実家がある。
私の家と母の実家は近い。同じ県で比較的近いのに、何故母は会いたがらないのだろうか。
母も少しは実母と会いたくて、比較的近い所に住んでいるのではないかと思えた。
そんなに嫌だったら遠くに行きたいと思うだろう。
私は市内から出ている母の実家にバスで向かった。
小町通り〜〜とバスのアナウスが流れた。
私は停車ボタンを押して、前の席に座っていたのですぐ立ち上がった。
バス賃はイクスカでピッとタッチした後、小町通りに降りた。
小町通りは古い建物が並ぶ中、最近はボロボロになってきた建物を改造している。
古い建物を生かし、今流行りのカフェなどをオープンして活気づいている。
私は活気づいている街を歩きながら、母の実家を歩き進める。
母の実家は、神社が近くにあって、趣があるおしゃれな家だ。
バスからつきあたりを右に曲がり、真っ直ぐ突き進むと、左手にお洒落な表札がある。
キラキラでデコられている日本で一番おしゃれな表札だろう。
インターホンを押すと、はーいとおばちゃんの声が私の耳に届く。
和歌です。少し遅くなりましたと私が言うと、おばあちゃんは明るい声で私に言う。
「和歌ちゃん!! 待ってね、今行くから」
元気いっぱいに私に言ってから、おばあちゃんはドアを開けてくれた。
「いらっしゃーい。和歌ちゃん。ここまでよく来たね」
「おばあちゃんは、変わらないね。三日間よろしくね」
私はおばあちゃんに挨拶をして、母の実家に足を踏み入れた。
皺をよせて目をクシャとして、私に笑いかけてきた。
割と顔は整っていて、背も高くて、若い頃は美人だったと思う。
「和歌ちゃん、来てくれたるだけうれしいよ。……あの子も来てくれたらね」
おばあちゃんは少し悲しげな表情をして、私に言った。
なんで、こんな優しいおばあちゃんを嫌うんだろうか。分からない。
だけど、母さんはおばあちゃんを嫌い理由は、私には分からないことなんだろう。
私には分からないけど、母さんにとって心苦しいのだ。
「じゃあ、和歌ちゃんはここの部屋。この三日間、ゆっくりしていてね」
おばあちゃんは、ニコッと笑顔で私に言う。
私はそんなおばあちゃんを見て、思った。
「…ねぇ、おばあちゃん」
「なんだい」
「なんで母さんはおばあちゃんと仲悪いの」
私はおばあちゃんに一番聞きたかったことを口にしている。
去年は、聞けなかった。おばあちゃんが母さんにとって、何者なのかは分からなかった。
だけど、今なら分かる。
おばあちゃんは、ただ母さんと話したいだけ。
昔のことを話して、母さんと分かり合いたいのだ。
「……この話は長くなるんだけどね」
おばあちゃんはそう言って、目を細めて下を俯いていた。
まだ、話せないのかもしれない。母さんとおばあちゃんは、仲がまだ良くはないから。
「…そうなんだ。わかった。おばあちゃんが話したくなったら、言って」
おばあちゃんは私の言葉にホッとしたのか、真面目な表情からいつもの優しいおばあちゃんの顔だった。
「…ありがとうね。和歌ちゃん今日は思い存分楽しんでね。まだ、夕飯まで時間あるから歩いてきてもいいからね」
おばあちゃんはニコッと笑い、私に言った。
私は部屋に荷物を置き、一つ一つ持ってきたものを部屋に出す。
服、ズボン、靴下などを整理して、棚に置く。
一つ一つ確認したら、私は玄関で靴を履いて、どこに行くあてはないけど、ひたすら歩いた。
歩いて歩いたら、神社の近くまで来ていた。
折角だから、神社に行くことにした。
階段を登って登ってから、私は神社の前に立った。
何もないけど。だけど、毎日行きたいくらい何かを感じる。
私は近くにあったベンチに座り込む。
「……ねぇ、ここの人?」
私はうん? と首を傾げながら、声をした方に顔を向けると、男の人がいた。
「…え?」
私は目を丸くして、彼を見た。
「あ、ゴメン!怪しい者じゃないから。俺はここの人だから」
男の人は、茶髪でクルクルな目を大きく、長身で目が離せない。
なんだ、この人は。
「……あの、なんでここに」
私はベンチの側に立っていた男に話しかける。
「ああ、少し風にあたっていただけだよ」
男は、ポケットに手を入れながら、空を見つめていた。
その姿は、何かを失ったように悲しげな表情をしながら、空を見上げて誰かを想っているようにも見えた。
「……はあ」
「あんたは、ここの人じゃないよな」
「はい」
「ここに何しに来たんだ?」
男は着崩したシャツを直して、側にあった木によりかかり私に聞いてきた。
「おばあちゃん家が近くにあって、時間が空いたからブラブラ散歩していました。そしたら、近くに神社があるから寄ってみただけです」
男は私を見下すように見てから、男は黙っていた。
「…あのさ、一つ聞いていい?」
初対面なのに、何故かこの人には素直に言ってしまう。
「なんですか?」
私はベンチの端っこに座り、男を見上げる。
「武野ばあちゃんの孫か?」
武野というのは、おばあちゃんの苗字だ。おばあちゃんのこと、知っているの、この男は。
私は頷いた。
「そっか。なら良かったわ。じゃあ、俺行くから」
男は私に質問をしてから何かを納得したように勝手に帰ってしまった。
「…なんなの、あの人は」
私はこの男とは縁も切れないほど、親しくなることをまだ私は知らない。
私は名の知らない男を呆然と見つめて、私はおばあちゃん家に帰った。
火曜日
私は朝早く目覚めた。まだ、おばあちゃんが目覚める前に私は朝食を作った。
ジュジュ ジュジュ
フライパンでベーコンを焼いていた時だった。
「和歌ちゃん?」
おばあちゃんはふぁーと欠伸をして、私に聞いてきた。
「おはようございます。おばあちゃん。今、朝食作っているから待ってて」
私はフライパンを片手に、後ろを振り向きながら、おばあちゃんに話しかける。
「…和歌ちゃん。言ってくれれば、私ご飯作ったのに」
「いえいえ、こんくらいやらせて。三日間お世話になるお礼」
私はおばあちゃんにニコッと微笑み、声をかけた。
それを見たおばあちゃんは目を丸くして、私を見てきた。
「…しっかりしてるね、和歌ちゃんは」
おばあちゃんはそう言って、じゃあよろしくね、何かあったら呼んでねと言ってトイレに向かっていた。
「…しっかりね」
私はおばあちゃんが言った言葉を発しながら、頭の中で繰り返した。
しっかりね。
昔から一人で出来ることが多い。だけど、根はそんなしっかりはしていない。
人の世話をするのが、好きなだけだ。
私はそう思いながら、卵を割り、フライパンに入れる。
そして、さっき焼いたベーコンと卵を混ぜて、あとは昨日おばあちゃんが買ってきたパンを焼く。