花火大会から季節は流れ、冬が来た。だがその冬も、もうすぐ終わろうとしている。今は二月だ。
久美子は、宿木町内の川沿いを一人で歩いて、伊都の家に向かっていた。さすがに風はまだ冷たい。
先程、久美子は、町内にあるフリースクールに授業を受けに行ってきた。今はその帰りである。
彼女は、中学を途中で中退していた。だから、まずは中学を卒業しようとフリースクールに通うことにしたのだ。その為、自立をするのはもう少し先になりそうだ。
自立するまで、伊都の家に住まわせてもらうことになった。それまでは舞子の所に居候していた訳だが、実は舞子は、唯斗と共に「不老者研究グループ」で割と重要なポジションについてしまい、唯斗と一緒に都会に行ったりすることが多くなってしまった。
あまりにも向こうに行くことになるので、唯斗も舞子も向こうに部屋を借りようと思っているらしい。したがって、舞子から伊都に相談することを提案された。
「もちろん、こっちに帰ってこないわけじゃないから、何かあったら、いつでも連絡ちょうだいね」
舞子は何度も久美子にそう言ってくれた。
ありがたいことに、伊都及び、彼の母は久美子のことを快く受け入れてくれた。また、一緒に住める。そう思うと、自然と心が踊った。
「お母さん、今日のご飯なあに?」
ふと、可愛らしい少女の声が聞こえた。前から親子が歩いてきたのだ。
「今日はね、ハンバーグだよ」
「やったー! ハンバーグ大好き!」
優しげな母の声に、大喜びの少女。その親子は久美子とすれ違い、二人で手を繋いで、仲良く歩いていく。久美子は立ち止まって後ろを向き親子の背中をしばらく見ていた。
「………」
寒風が、久美子の髪を揺らす。コートにマフラーと完全防備であるが、それでも寒い。川の近くだからであろう。久美子は横を流れる川を見た。大きな川だ。流れる先を見ても、終わりが見えない。どこまでもどこまでも続いている気がした。
「……お父さん。お母さん……」
久美子の家族は、今もどこにいるのか分かっていない。
その気になれば家族くらい、いくらでも探せることを久美子は知っていた。しかし、今の彼女には出来なかった。知ってしまったら、何となく会いに行かなければいけないような気がしたからだ。やむを得ない事情があったとはいえ、自分を捨てた彼らに、久美子はまだ会う覚悟は出来ていなかった。
「…………」
久美子は、地面に座った。風こそ冷たいものの、天気は快晴である。空を見上げると、きれいな青色が広がっていた。
「……ライトブルー」
今日の美術の授業で教わった、色の名前だ。同じ色の中にも、微妙に明るい色や暗い色があって、それぞれにちゃんと名前があることを、久美子は知った。そして授業の中で生徒が先生に向かって、「じゃあ、今日の空はライトブルーですね!」と、笑顔で言っていたのだ。確かにきれいなライトブルーである。
「青色……か」
久美子はふと、いつも着ていたパーカーを思い出した。身体が成長したので着られなくなってしまったが、大事にクローゼット(伊都の部屋の)にしまっている。
あのパーカーも青色だったが、あれは何と言う名前なのだろう。今日の空の色、ライトブルーのような明るい青色ではない。
久美子は背負っていたリュックサックの中から、美術の教科書を取り出した。そして、色の一覧表を見る。
アクア、コバルトブルー、シアン、セルリアンブルー、ネイビーなど、やはり青色だけでもかなりの種類があった。パーカーと教科書を見比べればある程度は見当はつくのだろうが、正確なものがどれなのかは、さすがに分かりそうにはない。
「あ……」
久美子は、ふと思った。母なら分かるのではないのだろうか。あのパーカーを作った本人なら、きっと分かるはずだ。久美子は顔を綻ばせた。
いつの日にか、家族に会うことが出来たら、母に聞いてみよう。
あの、青の名前を。
久美子は教科書を閉じてリュックサックにしまうと、立ち上がって、再び歩き出した。
久美子は、宿木町内の川沿いを一人で歩いて、伊都の家に向かっていた。さすがに風はまだ冷たい。
先程、久美子は、町内にあるフリースクールに授業を受けに行ってきた。今はその帰りである。
彼女は、中学を途中で中退していた。だから、まずは中学を卒業しようとフリースクールに通うことにしたのだ。その為、自立をするのはもう少し先になりそうだ。
自立するまで、伊都の家に住まわせてもらうことになった。それまでは舞子の所に居候していた訳だが、実は舞子は、唯斗と共に「不老者研究グループ」で割と重要なポジションについてしまい、唯斗と一緒に都会に行ったりすることが多くなってしまった。
あまりにも向こうに行くことになるので、唯斗も舞子も向こうに部屋を借りようと思っているらしい。したがって、舞子から伊都に相談することを提案された。
「もちろん、こっちに帰ってこないわけじゃないから、何かあったら、いつでも連絡ちょうだいね」
舞子は何度も久美子にそう言ってくれた。
ありがたいことに、伊都及び、彼の母は久美子のことを快く受け入れてくれた。また、一緒に住める。そう思うと、自然と心が踊った。
「お母さん、今日のご飯なあに?」
ふと、可愛らしい少女の声が聞こえた。前から親子が歩いてきたのだ。
「今日はね、ハンバーグだよ」
「やったー! ハンバーグ大好き!」
優しげな母の声に、大喜びの少女。その親子は久美子とすれ違い、二人で手を繋いで、仲良く歩いていく。久美子は立ち止まって後ろを向き親子の背中をしばらく見ていた。
「………」
寒風が、久美子の髪を揺らす。コートにマフラーと完全防備であるが、それでも寒い。川の近くだからであろう。久美子は横を流れる川を見た。大きな川だ。流れる先を見ても、終わりが見えない。どこまでもどこまでも続いている気がした。
「……お父さん。お母さん……」
久美子の家族は、今もどこにいるのか分かっていない。
その気になれば家族くらい、いくらでも探せることを久美子は知っていた。しかし、今の彼女には出来なかった。知ってしまったら、何となく会いに行かなければいけないような気がしたからだ。やむを得ない事情があったとはいえ、自分を捨てた彼らに、久美子はまだ会う覚悟は出来ていなかった。
「…………」
久美子は、地面に座った。風こそ冷たいものの、天気は快晴である。空を見上げると、きれいな青色が広がっていた。
「……ライトブルー」
今日の美術の授業で教わった、色の名前だ。同じ色の中にも、微妙に明るい色や暗い色があって、それぞれにちゃんと名前があることを、久美子は知った。そして授業の中で生徒が先生に向かって、「じゃあ、今日の空はライトブルーですね!」と、笑顔で言っていたのだ。確かにきれいなライトブルーである。
「青色……か」
久美子はふと、いつも着ていたパーカーを思い出した。身体が成長したので着られなくなってしまったが、大事にクローゼット(伊都の部屋の)にしまっている。
あのパーカーも青色だったが、あれは何と言う名前なのだろう。今日の空の色、ライトブルーのような明るい青色ではない。
久美子は背負っていたリュックサックの中から、美術の教科書を取り出した。そして、色の一覧表を見る。
アクア、コバルトブルー、シアン、セルリアンブルー、ネイビーなど、やはり青色だけでもかなりの種類があった。パーカーと教科書を見比べればある程度は見当はつくのだろうが、正確なものがどれなのかは、さすがに分かりそうにはない。
「あ……」
久美子は、ふと思った。母なら分かるのではないのだろうか。あのパーカーを作った本人なら、きっと分かるはずだ。久美子は顔を綻ばせた。
いつの日にか、家族に会うことが出来たら、母に聞いてみよう。
あの、青の名前を。
久美子は教科書を閉じてリュックサックにしまうと、立ち上がって、再び歩き出した。