伊都が進路指導室を出て行った後、穂積はしばらく椅子に座り、あの学会の日のことを思い出していた。
あの日、伊都とその兄の唯斗が、命を懸けて立花久美子を救いに来ていたのを、穂積は知っていた。自分の役目を終え、客席側からこっそり見ていたのだ。見ていたと言うよりも、見ていることしか出来なかった訳だが。
彼らは、本当に大したものである。立花久美子を助け、あの木下渡を警察に突きだした。
「まさか、あの霧野くんがねぇ……」
夏休み前に問題を起こし、自宅謹慎になった彼とは、まるで別人のようである。人は、たったの三週間でこんなにも変われるものなのだろうか。にわかには信じがたいが、変われるのだろう。彼が証明してくれた。

『君が振りかざしたのは、自分の人生を棒に振るような、余計な正義感だったんだよ』

何度でも木下に歯向かう伊都に、確か木下が言ったこと。かつて穂積が伊都に向かって放った言葉とよく似ていた。

『俺は、正しいことを言っただけだし、余計かどうかは、お前が決めることじゃない』

伊都はそう返していた。それを聞いて、穂積はドキリとした。
確かに、その通りである。人が勇気をだして懸命に振りかざした正義感に、何も知らない他人が、どうこう言う資格などないのだ。ましてや、余計だと言うなんて、もっての外である。
穂積は、何だか申し訳ない気持ちになった。同時に、伊都は、本当にすごい生徒であると実感した。
彼は、これから先、傍から見たらどれほど無茶なことでも、正義感と勇気と自信でやり遂げてみせるのだろう。だからこそ、他の大学に行くことを提案したのだ。
彼なら、出来る。あれほどのことを成し遂げた彼なら、きっと。
穂積は、椅子から立ち上がり、次の面談の生徒を呼びに行った。