唯斗の病室に誠は取り残された。心臓が高鳴る。憧れの研究者がこんなにも近くにいることが、今でも信じられない。
「まあ、座ってくれ」
唯斗に促され、誠はベットの横にある丸椅子に座った。
「あの……本当に、会ってくださって、ありがとうございます」
「いや、むしろ遅くなってしまって、すまなかった」
「そんな、僕はもう、会えるだけで、嬉しくて」
「そうか、それは嬉しいことを言ってくれるな」
唯斗の柔らかい表情。硬い口調とは裏腹に、こんなに素敵な顔をする人なのか。誠は思わずマジマジと見てしまう。
「君は、将来、研究者になりたいのか?」
「あ、はい」
「研究者の闇を知っても、なりたいと思ったか?」
「闇……」
「君は、木下に会っただろう。今回の件で彼は消えたが、また新たに彼のような研究者が出てくるかもしれない。それでも君は、流されることなく、自分の信念を、正義を貫けるか?」
誠は、戸惑った。今回の事件の発端は、元はと言えば、誠だ。誠が木下に流されなければ、ここまで事態は大きくなっていなかったのかもしれないのである。
「僕は……」
 答えに迷っていると、唯斗は、はっと我に返り、
「すまない。そんな顔をさせるつもりではなかったんだ。君には、お礼を言わなくてはいけない」
「え?」
「今回のことで、世間に闇研究者の実態が知られることとなった。今後は研究者を一新し、また一からチームを組み直すことになる予定だ。今度は真っ当な研究が出来るように」
 唯斗が、先程まで読んでいた新聞を開き、誠に見せる。今、彼が言ったようなことが記事となっていた。
「君のおかげだ、一ノ瀬くん」
「え、僕ですか……?」
「君が事態を大きく動かしてくれたおかげで、結果的に長年問題となっていたことが解決した。ありがとう」
「お、お礼なんて」
「君には、従順さと行動を起こす勇気がある。おまけに努力家だ。それを活かして、先程のことに注意すれば、きっと研究者にだってなれる。応援しているぞ」
誠は呆然とした。まさか、憧れの研究者からそんなことを言ってもらえるなんて。お世辞かもしれないが、それでも嬉しかった。
「……僕、がんばります。だから、だから」
待っていてください。必ずあなたに追いついてみせる。
声には出来なかった。無理な目標だと思ったからだ。だが、その思いを汲み取るように、唯斗は微笑みながら頷いた。誠も微笑み、深々とお辞儀をした。