「えー、夏休みだからといって、くれぐれもだらけた生活を送らないように……」
先程、終業式が終わり、学期最後のホームルームが行われている所であった。蒸し暑い教室に穂積の声が響く。ちなみに穂積は特に好かれてる訳でもない(むしろ嫌われている)ため、皆、だるそうに話を聞いている。「早く終わらせろよ……」と言わんばかりの顔である。
伊都も同じだった。というのもフーカのことが気が気でないからだ。家族でも友達でもいとこでも知り合いでもない、昨日出会ったばかりの謎すぎる少女を家に一人置いてくるということが、こんなにも不安だとは、予想もしていなかった。
一応、学校に行く前に「家の外には出るな」「来客は無視しろよ」「騒ぐな」と注意はしておいたのだが、彼女のことだ、伊都の言うことなど守るかどうか。とても心配である。もし破られたら……。考えただけで鳥肌が立つ。
早く終わってくれ。伊都は祈るようにホームルームの終わりを待った。
「以上で、ホームルームを終わります」
終わったー! 伊都は心の中で歓声を上げる。
「起立ー、礼ー」
「ありがとうございましたー」
終わるやいなや、伊都はすぐに荷物をつかみ、さっさと教室から出ようとした。
「ちょっ、伊都! 待ってよー」
誰かに腕を掴まれた。振り返るとそこには、クラスメイトの一ノ瀬誠がいた。
「あ、誠」
「あ、じゃないよ。三日経ったら、僕のこと忘れちゃったの?」
「いやいや、忘れるわけないだろー。はっはっはー!」
「……なんか、棒読みなんだけど」
「気のせい気のせい! んで、どうした?」
「いや、久しぶりだし、一緒に帰ろうかなーって思って……」
「おう、帰ろうぜ!」
「……なんか、伊都、今日変だね」
「んなことねぇよ。いつも通りだ」
「そうかなぁ……」
誠は心配そうに伊都を見ている。さすがは友達。相手の異変には鋭い。
「何かあったら、いつでも相談してね。僕にできることなら何でもするからさ」
出来ることならそうしたい。だが、相談することのリスクが大きい。自宅謹慎中に何をやっているんだという話になるし、第一、他人に知られてしまえば今度こそ警察沙汰だ。
伊都は、自分の気持ちをぐっと押し込んで、「ありがとな」とだけ言った。

誠と別れ、全速力で家に向かう。家に着くとドアを開け、階段を駆け上がり、真っ先に自分の部屋へ行く。
「フーカ!」
叫びながらドアを開けると、フーカはゲームをしていた。めちゃくちゃくつろいでいたのだ。
「なによ、帰ってくるなり人の名前呼んで……。気持ち悪いわね」
「どういう意味だ。こちとら、お前のこと心配してたんだぞ」
「私を舐めないで。留守番くらい出来るわ」
「そうじゃなくてだな。身内でもなんでもない、昨日知り合ったばかりの奴を一人家に置いていくことが、どれだけ不安だったか、お前に分かるか?」
「分かるわけないでしょ。経験したことないんだから」
「俺だって経験したくなかったんだけど」
一日経っても、フーカの上から目線は変わらない。おかげで顔を合わせると言い合いが始まってしまう。
「はぁ……やっぱりやり方がわからないのよね。私には向いてないみたい」
フーカは持っていたゲーム機を机の上に置いた。
「全く、こんなののどこが面白いのかしら」
「お前今、全国のゲーマーを敵に回したぞ」
「だって、難しいんだもの。私にはこれの面白さがわからないのよ」
「お前には分かってもらわなくて結構だよ」
「あーあ、また暇になっちゃった」
フーカは、ごろんと床に寝そべる。とりあえず、フーカは無事だった。伊都はひと安心すると、また出かける準備をした。
「どこか行くの?」
「ああ、昼飯買いに行ってくる」
いつもは母に弁当を用意してもらうのだが、今朝はフーカのこともありバタバタしていたので用意をしてもらえなかったのだ。この暑い中、買いに出かけるのはとても憂鬱だが、行くしかない。
「留守番、頼んだぞ」
伊都はフーカにそう言い残し、部屋を出ていこうとした。すると、フーカは、「私も行く」と言い出した。
「は? 何言って……」
「私も行くわ」
「いやいやいや、なんでお前を連れてかなきゃいけねぇんだよ」
「だって、身内でもなんでもない、昨日知り合ったばかりの奴を一人置いていくのは不安なんでしょ?」
「お前と一緒に出歩く方が、もっと不安だわ。誰かに見られたらどうすんだよ」
「このまま家に居たって暇なの! だから、行く」
「やっぱりそういうことかよ……」
「ねぇ、連れてって」
このまま言っていても埒が明かない。それに、頑固なフーカのことだ。伊都がなんと言おうと着いてきそうである。伊都は渋々連れていくことにした。
「……分かったよ」
フーカはウキウキとした表情を見せた。こんな表情もするのか。意外であった。
「その代わり、大人しくしてろよ。バレたら終わりなんだからな」
「まだそんなこと言ってるの? 大丈夫だって言ってるでしょ。大体、周りから見れば、家族にしか見えないわよ」
フーカはさも当然のような表情で言った。彼女の親が、宿泊を了承していると未だに信じていない伊都は、不安で仕方がなかった。