舞子の車に乗ること三十分。車は森の入り口で止まった。そこから森の中をしばらく歩き、一軒家にたどり着く。
「ここって……」
三年前に逃げ込んだ、唯斗の家だった。
舞子は鍵で玄関の扉を開け、「入って」と久美子を呼んだ。聞きたいことが山ほどあったが、とりあえず彼女の指示に従った。
中は、三年前とさほど変わっていなかった。棚の位置も、パソコンの位置も、テーブルの位置も、同じだった。
「私ね、ここで唯斗の研究を手伝っていたの。唯斗はあなたのことを救うんだって、頑張ってたわ」
舞子は、棚から大量の資料を持ってきて、テーブルに置いた。資料はファイルに挟まっているものの、多すぎてはち切れそうである。
「唯斗から聞いたんだけど、あなた、三年前に、ここで匿われてるのよね?」
久美子は小さく頷く。一体、彼女はどこまで知っているのだろう。
「だったら、これ、なんだか分かるでしょ? 不老者のデータ、あなたのデータ、闇研究者のデータ……全部、あなたを救うためのものなのよ」
「これ、全部……!?」
三年前には、パソコンの画面でしか見たことがなかったが、まさか印刷してこれほどの量だったとは、夢にも思わなかった。
「唯斗はね、データを集めるために、闇研究者に仲間のフリをしてたの。あいつらから情報を聞き出していた。簡単に言えば、スパイみたいなことしてたの。だから、いつバレて殺されてもおかしくなかった。命懸けだったのよ」
「………」
「唯斗が身を呈して守ったおかげで助かったあなたが、自ら命を絶つってことは、唯斗が今までしてきたことが全部水の泡になるってことなの。だから、私はあなたが自殺するなんて、絶対に許さない」
舞子が低い声でそう言った。彼女の言っていることは最もだった。それは分かっていたが、生きていたくない、という気持ちは変わっていなかった。
「……ユイトのことはわかりました。でもあなた自身は、私が生きていていいと思いますか?」
「何よ、いきなり。当たり前でしょ。私はあなたに生きて欲しいと思って、唯斗を手伝ってきたのよ」
「理恵を殺したのが、私でも?」
「何言ってるのよ。あの子を殺したのは闇研究者でしょう」
「いいえ、私です。私のせいなんです。私が逃げようなんて言ったから、理恵は……」
久美子は、まだ理恵の死から立ち直り切れていなかった。もうこのセリフを言うのは何度目だろう。しかし、言わないと気がすまなかった。
「……違うわ。あなたのせいじゃない。あなたはむしろ、理恵を救おうとしてくれた」
「え……?」
「理恵はね、無理だと思ったら直ぐに諦めるところがあったの。多分、逃げようって言った時も、無理だって言ったんじゃないかしら」
久美子は、頷いた。「やっぱり」と舞子は困ったようにほほ笑む。
「でも、あなたの説得で、理恵は逃げようって決心した。もう少し、頑張って生きてみようって、思ったのよ。だから、あなたには、感謝しているの」
舞子は久美子に優しく笑いかけた。
「理恵を救おうとしてくれて、本当にありがとう」
久美子は驚いた。まさか感謝されるとは思ってもいなかった。
「あ、そういえば、これ」
舞子が、ポケットの中から、小さく折りたたまれた紙を取り出し、久美子に差し出した。
「学会に行く前、唯斗から、これをあなたに渡して欲しいって頼まれたの」
久美子は不思議そうな顔をしながら、受け取る。そのまま紙を開いて中を見た。
「これ……!」
しっかりとした文字で歌詞が書かれていた。一番上には『大丈夫』と書かれている。
施設から脱出する前に、理恵からもらったものだ。そして、三年前に唯斗に預けた。理恵の死から立ち直るまで、預かっていて欲しいと、お願いをしたのだ。
「なんで、今……」
今、渡されても困る。久美子は理恵の死から立ち直りきれていないのだ。
「さあね。まあ、細かいことは考えずに、読んでみたら?」
 舞子はそう提案した。久美子は歌詞を読んでみた。

『大丈夫』

この部屋にあと何年いたらいいのだろう
私はいつまでひとりでいたらいいのだろう

誰かと一緒にいたくても
誰かと話していたくても
誰かと笑ってたくても泣いてたくても
やっぱりそんな人はいなくて

だから涙に埋もれてしまって声が出なくなるほど
何も考えられなくて
このままどこかに消えてしまいたいって
そう思うこともある
でも決して命は捨てないよ

大丈夫 私はひとりじゃない
そう信じて生きていくしかない
だから涙なんかふいて
いつものように笑ってみせるんだ

随分遅くなったけど
私にも友達ができたの
これからの人生が楽しみね
きっと待っているのはバラ色の日々

あなたと一緒にいたいの
あなたと話していたいの
あなたと笑ってたいの 泣き合いたいの
いつまでもずっと友達でいたいの

きっといつかは夢が実現するって思っていた
だから大切にしたい
今、この時を
今まで命を捨てたりしなくて諦めたりしなくて
本当に本当に良かった

大丈夫 私はもうひとりじゃない
友達がそばにいるの
だからもう涙は拭いて
あなたに笑顔を見せる


あなたと一緒にいたかった どこまでも
あなたと話していたかった いつまでも
あなたと笑っていたかった 泣き合いたかった
あなたとずっと歩んでいきたかった

きっと涙に埋もれてしまって
声が出なくなるほど
何も考えたくなくて
このままどこかに消えてしまたい
そう思うこともあるでしょう
でも決して命を捨てないで

大丈夫 あなたはひとりじゃない
あなたを支えてくれている人がいる
だからもう涙は拭いて
いつものように笑ってみせて