久美子は夢中で走り、気がつけば屋上の扉の前に来ていた。そのまま扉を開け、外に出る。
今日は快晴だった。抜けるような青い空。照らしつける太陽。眩しい、目が少し痛む。
立ちはだかる柵の前で、久美子は立ち止まった。柵の間から下を見下ろすと、ちょうどお昼時だからか、病院を出入りする人は見かけなかった。今だ。
大きく息を吐き、柵によじ登ったその時、
「やめなさい!」
後ろから声がした。振り返ると、一人の女性がこちらに向かって走ってきていた。
久美子はパニックになり、急いで柵を越えようと手を伸ばす。しかし、小柄な彼女には柵は高く、思うようには登っていけなかった。
すぐに、先程の女性に、体を掴まれた。久美子は必死に抵抗した。
「離して!」
だが、大人の女性の力は強く、結局そのまま引きずり降ろされた。
降ろされたあと、久美子は女性もろともコンクリの床に倒れこんだ。なおも登ろうとする久美子を女性は必死に止めてくる。
「離してってば!」
「こんなことして、何になるのよ!」
「私が生きてたら、みんなが不幸になるの! だから、私は生きてちゃいけないの!」
「何言ってるのよ!」
「離して! 死なせてよ!」
「離すわけないでしょ!」
しばらく久美子は抵抗していたが、やがて体力が限界を迎え、ついに、抵抗を止めて座りこんだ。肩で息をする。
女性の方も、息を切らして座り込んでいた。
「なんで、止めるの……。私の事何も知らないくせに、なんで……」
「……何も知らないわけ、ないでしょ。むしろ何でも知ってるわ、立花久美子」
知らない女性に自分の名前を言い当てられ、久美子は驚いた。
「私のこと、なんで……?」
「なんでって、そりゃ唯斗の研究手伝ってれば、分かるわよ」
「ユイト……? 研究って……」
何故ここで、彼の名前が出てくるのか。久美子は分からなかった。
「……私、田沢舞子っていうの。その名前に聞き覚えある?」
聞いたことのあるような気もしたが、モヤがかかって思い出せない。久美子は首を横に振った。
「じゃあ、田沢理恵の姉。それなら分かる?」
「理恵……!」
「やっぱり、分かるのね」
舞子と名乗った女性は、ため息をつく。
「あなたには話しておきたいことがあるわ。……着いてきて」
舞子は立ち上がって、すたすたと扉の方へ歩いていった。少し遅れて、久美子も着いていく。