こうして伊都は、抜け道を使い、ステージへとたどり着いたのだ。案内してくれた誠には、ステージ裏にいてもらい、いざというとき助けを呼んでもらうことにした。どことなく不安そうな誠に伊都は、
「お前、俺を利用したとか言ってたからな。そのお返しだ」
と、いたずらっぽい笑みをうかべた。バツの悪そうな顔をする誠に、「冗談だって」とあわててフォローを入れる。
「あ。あと言い忘れてたけど、俺は、利用されたとか、裏切られたとか、そんなことでお前と絶交する気とかこれっぽっちもねぇからな」
誠は、目を丸くしたが、「ありがとう、伊都」と言って、笑顔を見せた。
伊都はというと、警備に見つかるギリギリ前の所で、待機していた。頭を出すと、ステージの様子が見えた。兄が木下と話していた。その向こう側にフーカが見える。ここからどうやってステージに行き、フーカを助けるか、そう考えていた時だった。
木下が、兄に銃口を向けた。その瞬間、伊都は走り出していた。警備の中を強行突破し、ステージへと登場したのだ。
「霧野伊都……! なぜここに……」
「誠が、教えてくれた」
「誠……?」
怪訝そうな顔をした木下に、腹が立った。
「お前に利用された、俺の友達だよ!」
「……ああ、一ノ瀬くんか。まさか夢の為に友達を利用するとは思わなかったけれど、言ってみるもんだね。本当に良くやってくれた」
木下は、嘲笑うように言った。彼は、人をいらつかせる天才なのだろうか。伊都は腸が煮えくり返りそうだった。
「……誠から聞いた。お前、実験で死んだ不老者の身体を売って、金儲けしてるらしいな」
会場がざわつく。まさか、この中に知らない人がいたのだろうか。
「……彼もおしゃべりだな」
ふう、とため息をついた木下がまだ余裕そうなのが、伊都は気に食わなかった。
「それは……本当なのか、伊都?」
後ろにいる兄が聞いてきた。
「彼に聞いたって分からないだろう? 私が答えよう。本当のことだ」
悪びれる様子もなく、木下が答える。
「お前、自分のしてること分かってんのかよ。お前らがやってることは、研究なんかじゃない。殺人だ!」
「……君は何もわかってないね。いいか、不老者を殺しても、それは殺人にはならない」
「は? 殺人だろ、どう考えても! 人間殺してんだぞ!?」
「それが間違ってるんだよ。不老者は人間じゃないんだ」
「……は? 人間じゃ、ない?」
彼は何を言っているのだろう。木下の衝撃的な発言に、伊都は驚きを隠せなかった。
「十代で成長が止まってからも、心は成長を続け、なおかつ生きていられるそんな化け物みたいな奴、人間な訳が無いだろう? 人間というのは、私たちみたいな普通の者達のことを言うんだよ」
「……!」
「人間じゃないなら、人権はない。どんな風に利用しようと、私たちの勝手だ」
木下は、銃を下ろし、上手側に歩いていった。何をするのかと、伊都が思った瞬間、彼は、フーカに銃を突きつけた。
「フーカ!!」
伊都は、木下に飛びかかろうとした。だが、後ろから兄が腕をつかみ、それを止めた。
「伊都、落ち着け」
「離せよ!」
「落ち着け。撃たれてもいいのか」
「!」
「あれは、罠だ。近づいてきたお前を撃つつもりだ」
兄の冷静な声に、伊都は我に返った。
そうだ。木下が今の時点でフーカを撃ったところで、彼に利益はない。となれば、標的は自分だ。
「それから、あまり逆上させるようなことを言わない方がいい。何をしてくるかわからない」
伊都は、兄の言う通りだと思った。
「さすが、深瀬くん。私の考えがよく分かっている。まあ、わかった所で何も出来ないだろうけど」
木下は勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。その隣では、フーカが目をつぶってじっと耐えていた。伊都は木下を睨みつけた。
「ふっ、君は本当に、彼女が大切なんだね。あだ名までつけて、素晴らしい友情だよ」
「………」
「でも、やっぱり理解できないね。どうして、こんな奴が大切なのか。私には消耗品にしか見えないんだが」
木下はなおも、フーカの額に銃を押し当てる。フーカの顔がさらに苦痛に歪む。
「……俺だって、理解出来ねぇよ。お前が、なんでそんなことが平気で出来るのか」
「そうかい? 簡単な話じゃないか。人間じゃないが故、世間から差別され、必要とされなくなり、居場所がなくなった彼らを有効活用しているだけだ。ゴミも減るし、金儲けも出来るし、一石二鳥だよ」
今、なんと言った?
ゴミと言った。フーカのことを……?
「ふざけんなよ」
伊都は、手を硬くにぎりしめた。
許せない。
「家族に見捨てられて、施設に預けられて、殺されそうになって、勇気出して逃げ出したら親友亡くして、安心出来る場所もなくして、それでも……それでも、一人で一生懸命生きて来たフーカを、ゴミ呼ばわりするんじゃねぇよ。ゴミはお前の方だ、木下」
「……何だって?」
「やめろ、伊都」
後ろから兄の声が聞こえたが、伊都の怒りはおさまらなかった。
「不老者とは違う、普通の人たちが人間だって言うんなら、お前は人間じゃない。人を殺して得た金で生きて、殺したことを正当化するような、そんな最低な奴は、絶対「普通」なんかじゃねぇよ!」
伊都は、木下の目を見て言い放った。彼はしばらく呆然と伊都を見ていたが、やがて殺意の笑顔を見せた。
「……君ってさ、正義感強いよね」
フーカを雑に離し、銃口をこちらに向けながら歩いてくる。
「すごく素敵なことだと思うけど、今はそれを活かすところじゃない。黙って見て見ぬふりをするのが正解だった。そうすれば、私を怒らせることもなかっただろうに」
木下は笑顔のまま、一歩、また一歩と近づいてくる。
「君が振りかざしたのは、自分の人生を棒に振るような、余計な正義感だったんだよ」
どこかで聞いたセリフだ。ああ。つい三週間前、伊都が進路指導室で穂積に言われた言葉だった。
たかが百円玉を守るために、振りかざした正義感のせいで自宅謹慎をくらってしまった伊都に、穂積は言ったのだ。
『余計な正義感を振りかざして、人生を棒に振るようなことはしちゃダメだ』と。
あの時振りかざしたのが余計な正義感だったのなら、今のはどうなのだろうか。確かに自分の命を投げ出すという、人生を棒に振るどころか、終わらせるようなことはしているが、果たして余計な正義感なのだろうか。
「………」
いや、余計な正義感などではない。これは、フーカを守るために振りかざすべき正義感だ。
例えどのような結果になったとしても、彼女を守ることは、そのために木下と闘うことは、間違ってはいない。
「俺は、正しいことを言っただけだし、余計かどうかは、お前が決めることじゃない」
伊都は、真っ直ぐ木下を見つめた。
「俺を殺したければ、殺せばいい。だけど、俺がいなくなっても何も変わらない。お前が殺人者になるだけだ」
木下の顔は、いよいよ険しくなった。憎しみの表情を浮かべ、伊都に照準を定めている。
「君が……君が悪いんだからな。私を……バカにしたりするからあああ!!」
「イト! 逃げてーー!!!」
奥からフーカの声がする。木下からは解放された彼女だったが、警備の研究者に押さえられて動けない状況だった。必死に声を飛ばしている。
次の瞬間、銃声が聞こえた。伊都は、ぎゅっと目をつぶった。その時、後ろから左の肩を押され、床に倒れ込んだ。
「え………?」
何が起こったのかは分からないが、伊都は無傷だった。
「う……」
後ろから、苦しそうな声がした。ぱっと振り返ると、なんと兄が倒れていた。まさか、押したのは兄で、自分を庇って、撃たれたというのか……?
「兄貴……? うそだろ、おい、兄貴、兄貴!」
伊都は必死で兄を揺する。
「返事しろよ、兄貴! なあ、聞こえてるんだろ!? 兄貴!!」
しかし、兄はピクリとも動かなくなってしまった。
「兄貴ーー!!」
伊都が力いっぱい叫んだと同時に、警察と救急隊員が、会場に入ってきた。伊都は、ただただ、「兄貴」と叫ぶことしか出来なかった。
「お前、俺を利用したとか言ってたからな。そのお返しだ」
と、いたずらっぽい笑みをうかべた。バツの悪そうな顔をする誠に、「冗談だって」とあわててフォローを入れる。
「あ。あと言い忘れてたけど、俺は、利用されたとか、裏切られたとか、そんなことでお前と絶交する気とかこれっぽっちもねぇからな」
誠は、目を丸くしたが、「ありがとう、伊都」と言って、笑顔を見せた。
伊都はというと、警備に見つかるギリギリ前の所で、待機していた。頭を出すと、ステージの様子が見えた。兄が木下と話していた。その向こう側にフーカが見える。ここからどうやってステージに行き、フーカを助けるか、そう考えていた時だった。
木下が、兄に銃口を向けた。その瞬間、伊都は走り出していた。警備の中を強行突破し、ステージへと登場したのだ。
「霧野伊都……! なぜここに……」
「誠が、教えてくれた」
「誠……?」
怪訝そうな顔をした木下に、腹が立った。
「お前に利用された、俺の友達だよ!」
「……ああ、一ノ瀬くんか。まさか夢の為に友達を利用するとは思わなかったけれど、言ってみるもんだね。本当に良くやってくれた」
木下は、嘲笑うように言った。彼は、人をいらつかせる天才なのだろうか。伊都は腸が煮えくり返りそうだった。
「……誠から聞いた。お前、実験で死んだ不老者の身体を売って、金儲けしてるらしいな」
会場がざわつく。まさか、この中に知らない人がいたのだろうか。
「……彼もおしゃべりだな」
ふう、とため息をついた木下がまだ余裕そうなのが、伊都は気に食わなかった。
「それは……本当なのか、伊都?」
後ろにいる兄が聞いてきた。
「彼に聞いたって分からないだろう? 私が答えよう。本当のことだ」
悪びれる様子もなく、木下が答える。
「お前、自分のしてること分かってんのかよ。お前らがやってることは、研究なんかじゃない。殺人だ!」
「……君は何もわかってないね。いいか、不老者を殺しても、それは殺人にはならない」
「は? 殺人だろ、どう考えても! 人間殺してんだぞ!?」
「それが間違ってるんだよ。不老者は人間じゃないんだ」
「……は? 人間じゃ、ない?」
彼は何を言っているのだろう。木下の衝撃的な発言に、伊都は驚きを隠せなかった。
「十代で成長が止まってからも、心は成長を続け、なおかつ生きていられるそんな化け物みたいな奴、人間な訳が無いだろう? 人間というのは、私たちみたいな普通の者達のことを言うんだよ」
「……!」
「人間じゃないなら、人権はない。どんな風に利用しようと、私たちの勝手だ」
木下は、銃を下ろし、上手側に歩いていった。何をするのかと、伊都が思った瞬間、彼は、フーカに銃を突きつけた。
「フーカ!!」
伊都は、木下に飛びかかろうとした。だが、後ろから兄が腕をつかみ、それを止めた。
「伊都、落ち着け」
「離せよ!」
「落ち着け。撃たれてもいいのか」
「!」
「あれは、罠だ。近づいてきたお前を撃つつもりだ」
兄の冷静な声に、伊都は我に返った。
そうだ。木下が今の時点でフーカを撃ったところで、彼に利益はない。となれば、標的は自分だ。
「それから、あまり逆上させるようなことを言わない方がいい。何をしてくるかわからない」
伊都は、兄の言う通りだと思った。
「さすが、深瀬くん。私の考えがよく分かっている。まあ、わかった所で何も出来ないだろうけど」
木下は勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。その隣では、フーカが目をつぶってじっと耐えていた。伊都は木下を睨みつけた。
「ふっ、君は本当に、彼女が大切なんだね。あだ名までつけて、素晴らしい友情だよ」
「………」
「でも、やっぱり理解できないね。どうして、こんな奴が大切なのか。私には消耗品にしか見えないんだが」
木下はなおも、フーカの額に銃を押し当てる。フーカの顔がさらに苦痛に歪む。
「……俺だって、理解出来ねぇよ。お前が、なんでそんなことが平気で出来るのか」
「そうかい? 簡単な話じゃないか。人間じゃないが故、世間から差別され、必要とされなくなり、居場所がなくなった彼らを有効活用しているだけだ。ゴミも減るし、金儲けも出来るし、一石二鳥だよ」
今、なんと言った?
ゴミと言った。フーカのことを……?
「ふざけんなよ」
伊都は、手を硬くにぎりしめた。
許せない。
「家族に見捨てられて、施設に預けられて、殺されそうになって、勇気出して逃げ出したら親友亡くして、安心出来る場所もなくして、それでも……それでも、一人で一生懸命生きて来たフーカを、ゴミ呼ばわりするんじゃねぇよ。ゴミはお前の方だ、木下」
「……何だって?」
「やめろ、伊都」
後ろから兄の声が聞こえたが、伊都の怒りはおさまらなかった。
「不老者とは違う、普通の人たちが人間だって言うんなら、お前は人間じゃない。人を殺して得た金で生きて、殺したことを正当化するような、そんな最低な奴は、絶対「普通」なんかじゃねぇよ!」
伊都は、木下の目を見て言い放った。彼はしばらく呆然と伊都を見ていたが、やがて殺意の笑顔を見せた。
「……君ってさ、正義感強いよね」
フーカを雑に離し、銃口をこちらに向けながら歩いてくる。
「すごく素敵なことだと思うけど、今はそれを活かすところじゃない。黙って見て見ぬふりをするのが正解だった。そうすれば、私を怒らせることもなかっただろうに」
木下は笑顔のまま、一歩、また一歩と近づいてくる。
「君が振りかざしたのは、自分の人生を棒に振るような、余計な正義感だったんだよ」
どこかで聞いたセリフだ。ああ。つい三週間前、伊都が進路指導室で穂積に言われた言葉だった。
たかが百円玉を守るために、振りかざした正義感のせいで自宅謹慎をくらってしまった伊都に、穂積は言ったのだ。
『余計な正義感を振りかざして、人生を棒に振るようなことはしちゃダメだ』と。
あの時振りかざしたのが余計な正義感だったのなら、今のはどうなのだろうか。確かに自分の命を投げ出すという、人生を棒に振るどころか、終わらせるようなことはしているが、果たして余計な正義感なのだろうか。
「………」
いや、余計な正義感などではない。これは、フーカを守るために振りかざすべき正義感だ。
例えどのような結果になったとしても、彼女を守ることは、そのために木下と闘うことは、間違ってはいない。
「俺は、正しいことを言っただけだし、余計かどうかは、お前が決めることじゃない」
伊都は、真っ直ぐ木下を見つめた。
「俺を殺したければ、殺せばいい。だけど、俺がいなくなっても何も変わらない。お前が殺人者になるだけだ」
木下の顔は、いよいよ険しくなった。憎しみの表情を浮かべ、伊都に照準を定めている。
「君が……君が悪いんだからな。私を……バカにしたりするからあああ!!」
「イト! 逃げてーー!!!」
奥からフーカの声がする。木下からは解放された彼女だったが、警備の研究者に押さえられて動けない状況だった。必死に声を飛ばしている。
次の瞬間、銃声が聞こえた。伊都は、ぎゅっと目をつぶった。その時、後ろから左の肩を押され、床に倒れ込んだ。
「え………?」
何が起こったのかは分からないが、伊都は無傷だった。
「う……」
後ろから、苦しそうな声がした。ぱっと振り返ると、なんと兄が倒れていた。まさか、押したのは兄で、自分を庇って、撃たれたというのか……?
「兄貴……? うそだろ、おい、兄貴、兄貴!」
伊都は必死で兄を揺する。
「返事しろよ、兄貴! なあ、聞こえてるんだろ!? 兄貴!!」
しかし、兄はピクリとも動かなくなってしまった。
「兄貴ーー!!」
伊都が力いっぱい叫んだと同時に、警察と救急隊員が、会場に入ってきた。伊都は、ただただ、「兄貴」と叫ぶことしか出来なかった。