三十分ほど経った頃、車は目的地に着いた。そこは、空きビルだった。
「本当にこんな所で、学会なんかやってるのかよ」
とても学会を行うような場所ではなかったので、疑わしくなった。
「ああ。こういう人目につかないような所の方が、あいつらにとって都合がいいからな」
「そうよ。全く、タチの悪い奴らね」
「行くぞ」
「ええ」
二人が歩き出した。伊都はそれに着いていく。
「……あの、田沢先生は、本当に研究者なんですか?」
前を歩く舞子に伊都は改めて聞いてみる。
「なんで疑ってるのよ。そうだって言ってるじゃない」
さも当然のような顔をして舞子は答えるが、しばらくして、「やばっ……」という顔で後ろを振り返り、伊都の両肩を掴んでこう言った。
「このこと、学校の人には言わないで。お願い」
「別に、いちいち言わないですよ」
言ったとしても、研究者だとわかった所でなんだと言うのか。
「絶対よ」
「分かりましたって」
そこまで言っても、舞子は伊都をまだ信じ切っていないのか、「裏切るなよ」という目でじっと見つめてきた。
「おい、何してる」
いつの間にか先を歩いていたはずの兄が舞子の後ろにいた。いつまで経っても二人が来ないので呼びに戻ってきたのだろう。
「行くぞ。もう時間になる」
舞子は渋々、伊都の肩から手を離し、前を向いて歩き始めた。先程と同じように、伊都はそれに着いていく。
入口前に来た時、兄が言った。
「舞子、お前は先に会場へ行ってくれ」
「何でよ」
「私は、伊都を裏口へ連れていく。あそこに人が集まるのはあまり良くない」
「……分かったわよ」
舞子は一人で会場に入っていった。一方、兄は会場には入らず、左へ曲がった。
建物に沿って外を歩いていくと、小さな扉が現れた。先頭の兄が立ち止まった。
「伊都、お前はここから入れ」
「これ……どこに繋がってんの?」
「会場となるホールの裏側だ」
「へー……」
「裏は警備が薄い。見つかる可能性は低いが、万が一見つかったら、『見学です』と言えば大丈夫だ」
「見学? なんで?」
「不老研究者の親族や知り合いは、学会を見学することが出来る。未来の研究者かもしれないから特別視されるらしい。だから、見学だと言えば、納得するはずだ」
「なるほど……」
「頼んだぞ」
「おう」
兄はそう言い残し、会場へと戻って行った。
一人取り残された伊都に、大きな不安が襲ってくる。本当に大丈夫だろうか。フーカを守れなかった自分が、何も出来なかった自分が、裏の情報を探ることなど出来るのだろうか。
伊都は、ポケットの中から手紙を出した。荷物は車の中に置いてきたが、フーカからの手紙だけ持ってきていた。
可愛らしい、だがしっかりとした文字で書かれた手紙は、自然と伊都を前向きな気持ちにした。
そうだ。今度こそフーカを助けるのだ。
「……待ってろ」
手紙をしまい、伊都は覚悟を決めて、ドアノブを回した。