どうしよう。田沢舞子は、頭を悩ませていた。スクールカウンセラーである彼女は常に生徒のことで悩みが尽きないが、今回はその手の悩みではない。
つい先程の昼休みのことであった。
「田沢先生」
突然、スクールカウンセリングルームに進路指導の穂積が訪ねてきた。珍しいこともあるものだ。この部屋に生徒以外が訪ねてくることはめったにない。
「ちょっと、頼みたいことがあってね」
「何ですか?」
「二年三組の霧野 伊都くんのことは、ご存知かな」
「ええ、まあ……」
確か、学校外で問題を起こして、三日前に自宅謹慎になった生徒である。
「彼の家に、訪問してくれないか」
「え、私がですか?」
「そうだ。君にお願いしたい。どうも、来るかどうか心配でね……」
それは困る。舞子には今夜予定あるのだ。正確には、ずっと前から立てていた計画を、今夜実行しようと思っていたのだ。だが、ベテランの教師にそんなことは言えない。なんとか断ろうと、
「霧野くんなら、きっと大丈夫なんじゃないですかね」
と言ってみるも、
「いや、私は心配なんだ。どうやら私のせいで彼の心を閉ざしてしまったような気がして……。なんとかお願いできないか。この通りだ」
と、頭を下げてくる。自分のせいって分かってるならあなたが行きなさいよ。とは言えず、断るすべもなくなり、結局引き受けてしまった。
全く困ったものだ。問題を起こした生徒の家庭訪問などしている場合ではないのに。
私はこんなことをする為に教師になったんじゃない。口が裂けても他人には言えないが。
仕方ない。計画はまた次の機会に実行しよう。舞子は、ため息をついた。
霧野伊都という生徒は、相当謎である。問題を起こしそうな生徒にも見えなかったが。やはり人間というのは分からないものだ。
ちなみに彼には兄がいるが、研究者らしい。この町、宿木町において、研究者とは最も地位が高い役職である。それはこの町の歴史が関係している。
「霧野伊都……ね」
そうだ、少し、利用させてもらおうか。今回の計画に。