その日の夜遅くに、電話が鳴った。母が風呂に入っていたので、伊都が出たのだが、電話はしばらくの沈黙の後切れてしまった。
このような無言電話が、二、三時間の最中に十回は来た。
やっと終わったと思ったら、今度はFAXが送られてきた。大きな文字で「立花久美子を渡せ」と書いてあった。
木下たちの嫌がらせが始まったのである。
「…………」
上等だ。受けて立ってやる。伊都は、送られてきた紙を破り捨てた。
嫌がらせは日に日に酷くなっていった。石を投げられ窓ガラスにヒビが入ったり、ドアに落書きをされたり、壁を蹴られたり、ついには木下たちだけでなく、一般の、あの講演会に来ていた熱烈な木下ファンたちまでもが、嫌がらせに加わるようになった。近所の人たちだけは、嫌がらせをすることはなかったが、現場を見ても皆、見て見ぬふりをした。さすがに外にも出られなくなり、カーテンも一日中閉めたままの生活が、二日間ほど続いた。
夏休みが残り二日となった夜。この日だけはなぜか嫌がらせをされることがなかった。諦めたのだろうか。しかし伊都はそうは思えなかった。またきっと、再開するだろう。もしかしたら、特大の嫌がらせの準備をしているのかもしれない。
ベッドに入りながら、こんなことを考えていると、床に敷いた布団の中のフーカに話しかけられた。
「……イト」
「ん? なんだよ」
「一緒に、寝てもいい?」
予想外の言葉に、伊都は思考が停止した。
「…………え? いや、え?」
「お願い」
「いや、でも、ほら夏だし、暑いだろ」
半分言い訳だった。第一、伊都は女子と寝るなど経験したことがない。
「怖いの」
「………え?」
「……………」
起き上がったフーカは俯いていた。手も震えている。
『怖い』。今までのフーカを見てきて、色々な意味が込められているのだと悟った。決して嫌がらせだけが恐怖なのではない。たくさんの不安が彼女を襲っているのだ。
伊都は、少し横にずれてベッドにフーカの寝るスペースを作った。
「……いいの?」
「おう」
「ありがとう」
フーカが、ベッドに入ってきた。随分と狭くなり、案の定暑いが、彼女は安堵の表情を見せていた。これでいいのだろう。
「……ねぇ、イト」
フーカがぐいっと、顔をこちらに向けた。
「ん?」
「手、繋いで」
「マジ?」
「お願い」
「いや、それはさすがに……」
「一生のお願い」
彼女の目は真剣だった。あくまでも、安心を得たいだけなのだ。伊都は、ため息をついて、思い切って手を繋いだ。
「!」
「……一生のお願いとか、こんなことで使うなよ」
「……ありがとう、イト」
「……おう」
二十歳にして十二歳の体のままの彼女は、手も小さかった。だがもう、どうでもよかった。今、ここに、フーカがいる。それだけで良かった。
「…………………」
このような無言電話が、二、三時間の最中に十回は来た。
やっと終わったと思ったら、今度はFAXが送られてきた。大きな文字で「立花久美子を渡せ」と書いてあった。
木下たちの嫌がらせが始まったのである。
「…………」
上等だ。受けて立ってやる。伊都は、送られてきた紙を破り捨てた。
嫌がらせは日に日に酷くなっていった。石を投げられ窓ガラスにヒビが入ったり、ドアに落書きをされたり、壁を蹴られたり、ついには木下たちだけでなく、一般の、あの講演会に来ていた熱烈な木下ファンたちまでもが、嫌がらせに加わるようになった。近所の人たちだけは、嫌がらせをすることはなかったが、現場を見ても皆、見て見ぬふりをした。さすがに外にも出られなくなり、カーテンも一日中閉めたままの生活が、二日間ほど続いた。
夏休みが残り二日となった夜。この日だけはなぜか嫌がらせをされることがなかった。諦めたのだろうか。しかし伊都はそうは思えなかった。またきっと、再開するだろう。もしかしたら、特大の嫌がらせの準備をしているのかもしれない。
ベッドに入りながら、こんなことを考えていると、床に敷いた布団の中のフーカに話しかけられた。
「……イト」
「ん? なんだよ」
「一緒に、寝てもいい?」
予想外の言葉に、伊都は思考が停止した。
「…………え? いや、え?」
「お願い」
「いや、でも、ほら夏だし、暑いだろ」
半分言い訳だった。第一、伊都は女子と寝るなど経験したことがない。
「怖いの」
「………え?」
「……………」
起き上がったフーカは俯いていた。手も震えている。
『怖い』。今までのフーカを見てきて、色々な意味が込められているのだと悟った。決して嫌がらせだけが恐怖なのではない。たくさんの不安が彼女を襲っているのだ。
伊都は、少し横にずれてベッドにフーカの寝るスペースを作った。
「……いいの?」
「おう」
「ありがとう」
フーカが、ベッドに入ってきた。随分と狭くなり、案の定暑いが、彼女は安堵の表情を見せていた。これでいいのだろう。
「……ねぇ、イト」
フーカがぐいっと、顔をこちらに向けた。
「ん?」
「手、繋いで」
「マジ?」
「お願い」
「いや、それはさすがに……」
「一生のお願い」
彼女の目は真剣だった。あくまでも、安心を得たいだけなのだ。伊都は、ため息をついて、思い切って手を繋いだ。
「!」
「……一生のお願いとか、こんなことで使うなよ」
「……ありがとう、イト」
「……おう」
二十歳にして十二歳の体のままの彼女は、手も小さかった。だがもう、どうでもよかった。今、ここに、フーカがいる。それだけで良かった。
「…………………」