静寂が訪れた。唯斗はしばらく立ち尽くしていた。
話すことが出来なかった。他人に過去を話させておいて、自分は話さないだなんて、虫のいい話である。
唯斗はため息をついて椅子に座った。彼女が用意してくれたアイスコーヒーの氷は、全て溶けていた。いくらストローでかき混ぜようと、「カラン」という音はしなかった。
「………」
唯斗が研究者を目指したのは、父親の死がきっかけだった。
彼は十六の時に、父親を亡くした。
父は警察官で、日々事件の捜査をしていた。夜遅くなることもあったが、必ず家に帰ってきていた。だが、ある日、父はいつまで経っても帰ってこなかった。行方不明になり、警察が数日探し回った結果、何と森の中で一人、銃に撃たれて死んでいたというのだ。
信じられなかった。警察官である父が銃に撃たれて死ぬなど、有り得ないと思ったからだ。しかし、事実は事実だった。
当初は他殺として捜査が進められていたが、結局犯人はわからず、自殺で処理された。
唯斗は、父が自殺をするような人物ではないと思った。いつでも自分を強く持ち、正義感に溢れ、逞しかった父。そんな父が自殺などするはずがない。
唯斗は密かに、父の死について調べていた。といっても表立った行動は出来なかったので、父の書斎を調べるしかなかった。だが、ある資料を見つけ、ついに「不老者」の存在にたどり着いた。
どうやら、あの森の中に、不老者が強制的に集められた施設があるらしい。父は、その施設の中に閉じ込められた不老者たちを救おうとしたのだそうだ。つまり、父は、施設の中にいた「闇研究者」たちにより殺されたのだ。
それを知った時の憤りはものすごいものだった。絶対に、殺してやる。凄まじい殺意をエネルギーに換えて、唯斗は研究者になることを決心した。
それからは、周りがよく見えなくなっていたのを覚えている。誰がなんと言おうと、決して自分の意志を曲げなかったせいか、家族との間にも大きな溝ができてしまった。それでも唯斗は、父の敵が取りたかった。
だが、しばらくして気がついた。こんなことをしても何にもならない。何も変わらない。そもそも父が望んでいたことではない、と。
だから、不老者研究グループに属する一研究者として、役割を全うしようと考えた。それは、不老者をもとの身体に戻すこと。つまり、不老者の救済をすることにした。
一方で、闇研究者たちの社会的抹殺も考えていた。何も変わらないかもしれないが、やはり彼らは罰せられるべきであると思ったからだ。この目的を果たすため、闇研究者……特に施設を作った木下渡という人物には、自分も仲間であると認識させ、たくさんの内部情報を得た。立花久美子のことも、それで知った。顔を知ったのはもう少し先だが。
しかし、やっていることはスパイと変わりない。唯斗はいつも危険にさらされている。
そんなある日、家に来たのが舞子だった。彼女の境遇を知った時、衝撃を受けた。研究者になった理由が、同じだったからだ。彼女も、大切な人を殺され、その怒りで研究者になったのだ。
まるで昔の自分を見ているようだった。だからこそ、何とかしたいと本能的に思ったのだ。例え、自分を殺そうとした相手であっても。
「……舞子」
彼女の名前を呟いた。
いつか……いつか、話そうと思った。自分が研究者になった理由も、彼女を研究に誘った理由も、そして、その先も、全て。
だが、今は。
「すまない……舞子」
ここに彼女はいない。そんなことは、分かってはいた。それでも唯斗は、聞こえるはずのない彼女の返事を、ずっと待っていた。
無論、聞こえてくるのは、掛け時計の秒針の音であった。