誠と別れ、伊都は帰宅した。手洗いうがいをして、二階へと上がる。
もちろん部屋にはフーカがいた。ゴロンと寝転がり、本を読んでいる。完全にくつろぎモードである。
「ああ、帰ったの。おかえり」
「ただいま」
いつもの挨拶なのに、やたら早口で言ってしまう。もう、早めに終わらせよう。伊都は思い切って、話を切り出した。
「あのさ」
「なに」
フーカは本から目を離さずに面倒くさそうに返事をする。大丈夫、いつものフーカだ。何気ない動作や反応を見て気を落ち着かせながら、なるべく淡々と話し出す。
「お前ってさ、不老者なの?」
いきなり過ぎただろうか。だが、答えやすい質問である。選択肢は、「はい」か「いいえ」だけなのだ。
「……は? なにその、フロウシャって」
「え、不老者知らねぇの?」
「うん」
「なんだよ〜」
伊都は思わず座り込んだ。今までの緊張が嘘のように解ける。
「いやー、あのな、さっき講演会で聞いてきたんだけど、不老者が、一人行方不明なんだってさ。それで、その人の顔写真が映し出されて、それがお前にそっくりだったから、もしかしてって思って、聞いてみたんだよ。でも違うんだよな。なんだー良かった」
そうだ、フーカはフーカであり、ただの家出少女だ。「ただの」とは語弊があるかもしれないが、ここまで来たらどうでもよかった。
ほっとしたら喉が渇いた。伊都は冷蔵庫がある下の階に向かおうと、立ち上がって部屋の扉を開けた。
「待って!」
背後からフーカの声が聞こえる。振り向くと、フーカは小刻みに震えながら伊都を見上げている。いつもの彼女ではない。伊都は瞬時にそう思った。
「どうした?」
そう聞いたものの、なかなかフーカは口を開こうとしない。いや、実際には話そうとはするのだが、声にはならないのだ。伊都はあぐらをかいてフーカと同じ目線になった。
しばらくの沈黙のあと、フーカは声を発した。
「私ね」
そこまで言ってもなお、震えが止まらないようだ。小さな手でぎゅっと洋服を握りしめ、彼女は、意を決したようにしっかりと伊都を見つめた。

「私ね、不老者なの」

不老者……?
伊都の思考は停止した。フーカの言っていることが分からなかった。わかりたくなかった。
「……嘘だろ? だって、さっき違うって……なぁ、冗談やめろよ」
嘘だと言って欲しかった。だが、フーカは静かに首を横に振った。
「嘘じゃない。私の名前は、立花久美子。最後の……不老者」
先程、木下が言っていた名前だ。もう間違いない。立花久美子は、フーカである。
「……全部話すわ。今まで隠してきたこと」
フーカは過去を語り始めた。