会場の公民館には、人だかりができていた。と言っても五十人もいないが。それでも一箇所にこんなに人が集まるのは、田舎では珍しいことである。
伊都が人の多さに戦いている間に、誠はどんどん中に入っていく。意外と積極的である。まあ興味があることとなれば、自然と勇み足になるのも不思議ではない。伊都は慌てて着いていく。
中にも人は沢山いたので、冷房がついているのにも関わらず、熱気でとても暑い。
よく見ると伊都たちと同じ年代の人はほとんど居ず、大半は大人であることに伊都は気がついた。そして心無しか女性マダムが多い。もしかしたら、誠が行きにくそうだったのはこれが原因かもしれない。
会場にはパイプ椅子が用意されていた。誠が座った隣に伊都も座る。まあまあ前である。やがて場内の照明が少し落ち、それまでざわついていた聴衆も静まる。
「本日は、『木下 渡講演会〜不老者とは何か〜』にお越しくださり、誠にありがとうございます」
マイクを通した司会の声が、場内に響き渡る。いくつかの諸注意を言い並べ、いよいよ本日の主役が登壇する。
「それでは、木下教授が登壇されます。拍手でお迎えください」
柔らかな拍手に合わせて、白衣を纏った木下は登壇した。年齢は三十代前半だろうか。顔が整っており、高身長。艶がある黒髪が爽やかさを醸し出している。伊都は、女性が多い所以を理解した。
「ありがとうございます。まさかこんなにたくさんの方に来ていただけるだなんて思っていませんでしたので、とても嬉しい反面、少し緊張しています。温かい目で見守ってくださると嬉しいです」
聴衆の若干の笑いを誘い、「早速ですが」とプロジェクターの画面に資料を映し出した。
そこからは、不老者についての説明が主であった。不老者とは何か、不老者についての歴史、その他諸々を木下は丁寧にかつわかりやすく説明していった。
伊都は、兄の影響で「不老者」という言葉は聞いたことがあるものの、初めて知ることばかりであった。だがこれは、遠い遠い昔の、どこか知らない町での話だろう。どうしても他人事であると思ってしまうのだった。
「さて、本日私がこの宿木町で不老者についての講演会を行ったのには、訳があります」
不老者の一通りの説明を終え、木下はこう切り出した。そして、「こちらをご覧ください」と映像を切り替えた。
伊都は目を疑った。
整った顔立ち、抜けるように白い肌。セミロングの髪。華奢な体に纏った青色のパーカー。紛れもない。そこに映し出されていたのは、先程まで一緒にいたフーカだったのだ。
「彼女は『立花久美子』。今現在、生き残っている最後の不老者とされています。三年前、私たちはこの宿木町に施設をつくり、そこに不老者たちを集め保護していたのですが、何らかの理由で彼女は逃げ出してしまいました。そして現在、行方がわからなくなっています。ですが、最近この町に居るという噂を聞きました」
立花久美子……?
聞いたことの無い名前、そして聞いたことのない話。フーカと一致するようでいてしないのだ。
「不老者が一人で生きていくのには様々な危険が伴います。彼らは普通の人間に比べて、大変身体が弱いのです。もし流行りの病にかかろうものなら、すぐに命を落とします。私はそれを防ぎたい。彼女に生きてほしいのです」
木下は必死で聴衆に訴えかける。
「お願いします。もし彼女を見かけましたら、どうか私共にご一報ください」
深々と頭を下げ、懇願する木下。聴衆からは自然と拍手が巻き起こる。隣の誠も力いっぱい手を叩いていた。だが、伊都はそれどころではなかった。『立花久美子』のことで頭がいっぱいであった。どういうことであろう。フーカと立花久美子は関係があるのだろうか。それとも全くの別人……? 考えれば考えるほど、訳が分からなくなってくる。
「……伊都!」
「おあっ! え? あ、誠」
「五回くらい呼んだけど……。どうしたの、考えごと?」
「あ、まあそんな所」
「ふーん。……あ、ねぇねぇ、立花久美子さんって、フーカちゃんにそっくりじゃなかった?」
「……やっぱり、誠もそう思うか?」
「うん。ちょっと記憶が曖昧だけど、すごく似ている気がして。もしかして……立花久美子さんなのかな」
「いや、それはないだろ」
咄嗟に否定した伊都に、誠は目を丸くする。
「どうして? だってかなりそっくりだよ?」
「いや、でも顔だけで判断するのはなんかな」
「他にどうやって判断するんだよ。とにかく一回聞いてみたら? 違ったら違ったでいいし」
「でも……」
嫌だった。彼女が不老者かもしれないと疑うのが、伊都はたまらなく嫌だった。どこからどう見ても謎すぎる家出少女。何か秘密があるとは思ってはいた。それがなんなのか知りたかった時期もあった。だが、今は、どうでもよかった。彼女と一緒に過ごせる、ただそれだけで伊都は幸せだった。
もし、彼女が不老者だと分かったら、きっと遠くに行ってしまうだろう。もう二度と会えないかもしれない。
しかし、そんな伊都の思いを断ち切るかのように、誠は続ける。
「確かめてみた方がいいと思う。伊都のためにも、彼女のためにも」
そうだ。それが良いに決まっている。もし彼女が不老者だとしたら、すぐに知らせた方が、彼女のためでもあるのだ。
「……分かった。確かめてみる」
伊都は渋々了解した。