日曜日。せっかくの休日を有意義に過ごしたいと思い、伊都は友達の一ノ瀬 誠を誘って、ゲームセンターに足を運んだ。
伊都は無類のゲーム好きで、月々の小遣いのほとんどをオンラインゲームの課金に使ってしまうほどだった。
対する誠は、塾にも通っているのに、ゲームにも熱心なのだ。いったいいつ寝ているのだろう、と伊都は時々思う。ちなみに彼は、昨年の夏に、都会から田舎の伊都の通う高校に来た、転入生だ。性格は正反対で合わないと思っていたのだが、ひょんなことから彼がゲーム好きだと知り、伊都と誠は急速に仲良くなったのだ。
そんな彼らは、ゲームセンターに通うのも楽しみのひとつで、たまに足を運んでは、至福の時間を過ごしていた。
「お前、本当リズムゲーム上手いよな」
「いや、全然うまくないよー」
「いやいや、一番難しいレベルを軽々SSランク出してるやつが何言ってんだよ」
「それは、たまたまだよ」
「それに、レベルも半端ないし」
「これは、前にかなり通いつめてたら、いつの間にか」
「そっか。前は都会に住んでたんだもんな。いいなー都会って」
伊都は、生まれてからずっと「宿木町」という所に住んでいる。ここは、生粋の田舎で、家の周りには公園とコンビニぐらいしか存在せず、電車に乗って街に出ないとゲームセンターは存在しない。その為、本当は毎日通いたいのだが、それが難しい。都会なら、こんなことは無いんだろうな、と単純な理由で都会が羨ましかったのだ。
「そう? 僕はここの方がいいけどな」
「あと、四年くらいたってみ。絶対、嫌になるから」
「そういうものなのかな」
「そういうもんよ。あ、ちょっと俺、トイレに行ってくるわ」
「あ、うん。行ってらっしゃい」
他愛もない会話をしながら、二人はゲームセンターを満喫していた。
しかし、事件は起きた。伊都がトイレに向かっている最中だった。不意に、知らない人物が伊都にぶつかってきた。そしてそのまま何も言うこともなく出口の方へと歩いていった。
「……ったく、なんだよあいつ」
薄暗いゲームセンターではよくあることだが、それでも良い気はしない。せめて謝ってくれたっていいじゃないか。伊都は度々思っていた。しかし、そんなことでいちいち腹が立っていても仕方が無い。さっさとトイレに行こう。
「……ん?」
何かが足に当たる。足元を見ると、見慣れた銀色の硬貨が落ちていた。百円玉だ。さっきまではなかったはずだが……もしかすると先程の人物が落としたものだろうか。
慌てて出口の方を見ると、先程伊都にぶつかった人物がまさに出ようとしているところであった。伊都は、素早く足元の百円玉を拾おうとした。が、そこにもう一つの手が重なった。
「ちょっと、これ、あたしのなんだけど」
伊都の前には女子高生がいた。髪は茶色でパーマがかかり、メイクもバッチリ。いわゆるギャルである。
「ねぇ、聞いてんの?これ、あたしのなの」
自分のであると言い張る彼女。しかしそんなはずはない。伊都がこの百円玉を見つけた時、こんな女子高生は周囲にいなかった。
「違う。これはさっき俺にぶつかってきた人のだ」
「は?そんなん知らんし」
「とにかく、これはお前のじゃねーよ」
「あたしが先に見つけたんだから、あたしのなの」
「いや、俺の方がお前より先に見つけたんだけど」
「そんなの証拠ないじゃん」
「お前こそないだろ」
「……」
 彼女は急に黙り込んでしまった。やっと諦めてくれたか。伊都がそう安心した次の瞬間。
「どうしたんだよ、リナ」
女子高生の背後から男が声をかけた。彼を見た途端、リナと呼ばれた女子高生は立ち上がり、
「あ、テルく~ん。ねえ、聞いてよぉ。この人がねぇ、リナの百円玉、返してくれないのぉ~」
と、猫なで声で言った。
「は?どういうことだよ」
「だからねぇ、落ちてた百円玉、リナのだって言ってるのに、俺のだって言言い張って、渡してくれないのぉ」
いや、それはお前の方だろ。伊都は心の中でツッコミをいれた。
「なんだよ、それ」
「ひどいでしょ~?」
「ひどいな、ひどすぎる」
男はそう言うと、未だにしゃがんでいる伊都を睨みつけた。
「おい、テメェいつまで座ってるんだよ。早く立て、コラ」
言われた通りに伊都が立とうとすると、「遅い」と言われ、結局胸ぐらを掴まれ立たされた。
「テメェ、人の彼女に何してくれてんだよ」
「何って……別に何も」
「とぼけんな、コラ。俺の彼女のだっつってんだろ、その百円玉」
「だから、違うって。これはさっきの人の……」
「そんな奴のことより、リナの方を優先するべきだろ」
なんなんだ、こいつは。とんだカップルに出会ってしまった。早く終わらせたい。しかし、百円玉はこいつらにだけは意地でも渡したくない。
伊都は悩んだ末に、とりあえず、胸ぐらを掴まれている手を引き剥がした。ただ単純に服が伸びると思ったからだ。だが、この無言でやった行為が、後の事件を引き起こす。
「なんだ、テメェ。やんのか?」
男は、臨戦態勢に入った。
おい、マジか。伊都が望んでいたことと全く逆の方向に事態は進んでしまったようだ。これには流石に伊都もたじたじになり、
「いや……その、そういうつもりじゃなくて」
「なんだよ、ビビってんのか?いいぜ、そっちからやってこいよ」
困ったことになった。挑発までしてきた。しかし、今ここで逃げたら、伊都が今まで守り抜いてきた百円玉を手放すことになる。それは嫌だと伊都は強く思った。
「……分かったよ」
男はニヤニヤとしている。完全にこちらを舐めている顔だ。伊都は、その顔にムカつき、怒りに任せて、
「うおりゃーっ!!」
体育の授業で習った背負い投げをした。男は地面に叩きつけられた後、全身を震わせながら体を起き上がらせ、伊都を見た。
「なかなか……やるじゃねぇか……」
完全に獣の目だ。これは、まずい。伊都は後ずさりをした。だが彼が完全に立ち上がろうとした時、店員が駆けつけ、男の元に駆け寄った。
「お客様! 大丈夫ですか!?」
すると、先程までやり返す気満々だった男は、急に泣きそうな表情になり、
「こいつ! こいつがやったんです! 俺の百円玉だーとか訳わかんねぇこと言って喧嘩売ってきて!」
と伊都の方を指差して、店員に訴え出した。
「いや、それはそっちが……」
「あたしも見てました! この人がテルくんに喧嘩売ってきて、問答無用で背負い投げしてきたんです!」
リナもあちらに加勢し出した。二人揃って、嘘を並び立てる。
「いや、だから、違っ……!」
「君が手を出したんだね?」
「違います! 向こうが先に胸ぐら掴んで……」
「嘘は良くないよ。みんな見てたんだから」
気がつけば、伊都たちの周りには人だかりができていた。
「嘘じゃなくて、本当に……!」
「うん、とりあえず、奥へ来てもらえるかな」
こういった経緯で、伊都は奥へと連れ込まれた。
その後も伊都の必死の反論は一切聞いてもらえることなく、結局、非は伊都の方にある、ということで話がまとまってしまった。