フーカが先導し、迷うことなく、伊都の住む街へ戻ってくることが出来た。
「はぁ、楽しかった〜」
満足気な表情でフーカは言う。その隣でヘトヘトになった伊都が大きなため息をつきながら歩く。
「いくらなんでも、疲れすぎよ」
「いや、お前が疲れなさすぎなんだよ。普通、あんなに遊んだら、疲れるだろ」
「いいえ。逆にパワーがみなぎってくるわ」
「超人だな」
「普通よ」
オレンジ色の太陽も、山に沈もうとしていた。もうすぐ暗くなる。いくら田舎とはいえ、夜は危険だ。フーカのことも考え、なるべく早く帰ろうと、ペースをはやめようとするが、一日中動き回っていた伊都の足は、そう簡単にいうことを聞いてはくれなかった。
「なんでそんなに焦ってるのよ」
「いやだって、もう暗いし……」
「別に、夜は平気よ。むしろ安全」
「安全って、どういう意味だよ」
「そのままよ」
フーカは答えになっていない答えを口にする。伊都は面倒になって、それ以上聞くのをやめた。
「あれ、伊都?」
正面で声がした。声の方向を見ると、そこには誠がいた。
「ま、誠? どうしてここに」
「どうしてって、塾の帰りだよ」
誠の家は教育熱心で、彼は塾に通っているのだ。
「伊都こそ、どうしたの? こんな時間に」
「あ、ちょ、ちょっと遊園地に……」
「遊園地? へぇ、珍しいね。……その子は?」
誠は、伊都の隣のフーカに視線を移す。
「あ、えっと……」
普段ならここで、誤魔化すはずだった。しかし、疲れていることもあり、伊都は「いとこ」という単語がどうしても出てこなかった。咄嗟にフーカが、
「いとこです!」
と、伊都が見たことがないような満面の笑みと、聞いたことがないような甲高い声、いわゆる「ロリ声」で言った。
「!?」
伊都は、驚いて声も出ない。誠は、目線を低くして、優しげな表情で会話をする。
「そっかあ。お名前は、何ていうの?」
「フーカって言います」
「フーカちゃん? 可愛い名前だね」
「ありがと!」
まるで小学生と先生の会話である。
「こんなに可愛らしいいとこがいるなんて知らなかったよ、伊都」
「ははは……」
「じゃあ、僕はそろそろ帰るね。またね、伊都、フーカちゃん」
「バイバーイ!」
フーカは満面の笑みで、遠のく誠に大きく手を振る。誠が見えなくなると、元の表情に戻り、小さくため息をついた。
「さ、帰るわよ。伊都」
「いや、声違いすぎだろ、お前!」
「なに、さっきの声がいいの? 気持ち悪」
「ちげーよ! そうじゃなくて、お前あんな声出たんだなって」
「ちょっと声高くして、子どもっぽく喋っただけよ。それが何?」
「いやその……か、可愛かったなーって……」
「あぁん?」
「なんでもないです」
正直な感想を言っただけだったのだが、フーカはお気に召さなかったようだ。何故だ。本人はノリノリでやっていたじゃないか。キレられる筋合いはない。
「それにしても、なんであんなことしたんだよ。大人に見られたかったんじゃなかったのか? 」
「見られたいんじゃなくて、大人なの」
「さっきのみたら、もう信じられねぇよ……」
「演技よ。初対面の人には、いつもああしているの」
「俺の時は、最初から本性むき出しだったけど?」
「あなたは例外。本当に誘拐犯だと思ってたから」
「…………」
フーカに、誘拐犯、と叫ばれ続けた嫌な思い出が、伊都の脳裏をよぎる。
「純粋無垢である子供は、人の警戒心を解くっていうでしょ」
「聞いたことねーぞ」
「あなたが知らないだけよ」
「それに、お前のその見た目で、あれやったら、小学生か、ただのイタイ奴……オウッ!」
再度、伊都は、フーカにすね蹴りをされる。本日二回目である。
「さっき可愛いって言ったじゃない」
「そう言ったらお前、キレかけたじゃん」
「イタイ奴は、ただの悪口でしょ。それならまだ可愛いって言われた方がいいわよ」
「……………」
「あ、家ついた」
気づけば、目の前は家だった。伊都は思いっきりドアを開ける。
「ただいまー」
中から、母が迎える。
「おかえりなさーい!」
帰ってくるなり、あの質問をされた。
「どうだった? 初めての遊園地デートは」
母の目は、キラキラと輝いている。これは、なんと答えるのが正解なのであろうか……。そもそも、デートではない。
「とっても楽しかったです!」
フーカがニッコニコで答えた。若干、先程の子供要素が含まれている。
俺は全然楽しくなかったけどな。心の中で伊都は毒づく。
母は、そんな彼女を見て、微笑んだ。
「あらぁ、良かったわ〜。伊都は頼りないから、心配してたのよ。なにせ、方向音痴だし。そう言えば、道迷わなかった?」
「はい、大丈夫でした。私、地図は読めるので」
フーカは、昼間も聞いたようなセリフを、母の前でもいった。
「まあ、頼もしいわ。相性バッチリね!」
「いえ、そんな」
さりげなく否定するフーカ。顔は笑っているが、目は笑っていない。まだ伊都を、仮の彼氏とも認めていないようだ。
「さ、ご飯にしましょう! 二人とも手を洗ってらっしゃい」
二人は母に言われるがままに、洗面所へ向かった。
「お前さ、別に無理しなくていいんだぞ」
伊都は手を洗いながら、後ろにいるフーカに鏡越しで話しかける。
「無理? なんのこと?」
既に手を洗い終えたフーカが、かけてあるタオルで手を拭きながら、不思議そうな顔で伊都を見る。
「だから、俺と恋人でいること。嫌なら、ほかの設定なんて、いくらでも作れるし」
「ふーん、例えば?」
「それはこれから考える」
「なによ、ないんじゃない」
「だから、これから」
「そんな時間ないわよ」
「いやある!」
「なんでそこまで設定を変えたがるのよ。そんなに恋人設定が嫌なの?」
「いや、俺は別にいいんだけど……」
「私も別にいいわよ?」
「……え?」
サラッとフーカは言った。伊都は思わず、後ろを振り返る。
「な、なんで……。最初は嫌だって言ってただろ」
「それは、あなたがどんな人か分からなかったからよ。でも、ここ一週間一緒にいて、私、気づいたわ。あなたといると楽しいって」
フーカは、口元を緩め、微笑んだ。
「だから、あなたと恋人って設定も、悪くないかもって、そう思っただけよ」
そう言うと、彼女はリビングへと消えていった。伊都は呆然と立ち尽くしていた。
彼女の微笑みが、幼い少女のただの微笑みが。あまりにも美しすぎたから。
「はぁ、楽しかった〜」
満足気な表情でフーカは言う。その隣でヘトヘトになった伊都が大きなため息をつきながら歩く。
「いくらなんでも、疲れすぎよ」
「いや、お前が疲れなさすぎなんだよ。普通、あんなに遊んだら、疲れるだろ」
「いいえ。逆にパワーがみなぎってくるわ」
「超人だな」
「普通よ」
オレンジ色の太陽も、山に沈もうとしていた。もうすぐ暗くなる。いくら田舎とはいえ、夜は危険だ。フーカのことも考え、なるべく早く帰ろうと、ペースをはやめようとするが、一日中動き回っていた伊都の足は、そう簡単にいうことを聞いてはくれなかった。
「なんでそんなに焦ってるのよ」
「いやだって、もう暗いし……」
「別に、夜は平気よ。むしろ安全」
「安全って、どういう意味だよ」
「そのままよ」
フーカは答えになっていない答えを口にする。伊都は面倒になって、それ以上聞くのをやめた。
「あれ、伊都?」
正面で声がした。声の方向を見ると、そこには誠がいた。
「ま、誠? どうしてここに」
「どうしてって、塾の帰りだよ」
誠の家は教育熱心で、彼は塾に通っているのだ。
「伊都こそ、どうしたの? こんな時間に」
「あ、ちょ、ちょっと遊園地に……」
「遊園地? へぇ、珍しいね。……その子は?」
誠は、伊都の隣のフーカに視線を移す。
「あ、えっと……」
普段ならここで、誤魔化すはずだった。しかし、疲れていることもあり、伊都は「いとこ」という単語がどうしても出てこなかった。咄嗟にフーカが、
「いとこです!」
と、伊都が見たことがないような満面の笑みと、聞いたことがないような甲高い声、いわゆる「ロリ声」で言った。
「!?」
伊都は、驚いて声も出ない。誠は、目線を低くして、優しげな表情で会話をする。
「そっかあ。お名前は、何ていうの?」
「フーカって言います」
「フーカちゃん? 可愛い名前だね」
「ありがと!」
まるで小学生と先生の会話である。
「こんなに可愛らしいいとこがいるなんて知らなかったよ、伊都」
「ははは……」
「じゃあ、僕はそろそろ帰るね。またね、伊都、フーカちゃん」
「バイバーイ!」
フーカは満面の笑みで、遠のく誠に大きく手を振る。誠が見えなくなると、元の表情に戻り、小さくため息をついた。
「さ、帰るわよ。伊都」
「いや、声違いすぎだろ、お前!」
「なに、さっきの声がいいの? 気持ち悪」
「ちげーよ! そうじゃなくて、お前あんな声出たんだなって」
「ちょっと声高くして、子どもっぽく喋っただけよ。それが何?」
「いやその……か、可愛かったなーって……」
「あぁん?」
「なんでもないです」
正直な感想を言っただけだったのだが、フーカはお気に召さなかったようだ。何故だ。本人はノリノリでやっていたじゃないか。キレられる筋合いはない。
「それにしても、なんであんなことしたんだよ。大人に見られたかったんじゃなかったのか? 」
「見られたいんじゃなくて、大人なの」
「さっきのみたら、もう信じられねぇよ……」
「演技よ。初対面の人には、いつもああしているの」
「俺の時は、最初から本性むき出しだったけど?」
「あなたは例外。本当に誘拐犯だと思ってたから」
「…………」
フーカに、誘拐犯、と叫ばれ続けた嫌な思い出が、伊都の脳裏をよぎる。
「純粋無垢である子供は、人の警戒心を解くっていうでしょ」
「聞いたことねーぞ」
「あなたが知らないだけよ」
「それに、お前のその見た目で、あれやったら、小学生か、ただのイタイ奴……オウッ!」
再度、伊都は、フーカにすね蹴りをされる。本日二回目である。
「さっき可愛いって言ったじゃない」
「そう言ったらお前、キレかけたじゃん」
「イタイ奴は、ただの悪口でしょ。それならまだ可愛いって言われた方がいいわよ」
「……………」
「あ、家ついた」
気づけば、目の前は家だった。伊都は思いっきりドアを開ける。
「ただいまー」
中から、母が迎える。
「おかえりなさーい!」
帰ってくるなり、あの質問をされた。
「どうだった? 初めての遊園地デートは」
母の目は、キラキラと輝いている。これは、なんと答えるのが正解なのであろうか……。そもそも、デートではない。
「とっても楽しかったです!」
フーカがニッコニコで答えた。若干、先程の子供要素が含まれている。
俺は全然楽しくなかったけどな。心の中で伊都は毒づく。
母は、そんな彼女を見て、微笑んだ。
「あらぁ、良かったわ〜。伊都は頼りないから、心配してたのよ。なにせ、方向音痴だし。そう言えば、道迷わなかった?」
「はい、大丈夫でした。私、地図は読めるので」
フーカは、昼間も聞いたようなセリフを、母の前でもいった。
「まあ、頼もしいわ。相性バッチリね!」
「いえ、そんな」
さりげなく否定するフーカ。顔は笑っているが、目は笑っていない。まだ伊都を、仮の彼氏とも認めていないようだ。
「さ、ご飯にしましょう! 二人とも手を洗ってらっしゃい」
二人は母に言われるがままに、洗面所へ向かった。
「お前さ、別に無理しなくていいんだぞ」
伊都は手を洗いながら、後ろにいるフーカに鏡越しで話しかける。
「無理? なんのこと?」
既に手を洗い終えたフーカが、かけてあるタオルで手を拭きながら、不思議そうな顔で伊都を見る。
「だから、俺と恋人でいること。嫌なら、ほかの設定なんて、いくらでも作れるし」
「ふーん、例えば?」
「それはこれから考える」
「なによ、ないんじゃない」
「だから、これから」
「そんな時間ないわよ」
「いやある!」
「なんでそこまで設定を変えたがるのよ。そんなに恋人設定が嫌なの?」
「いや、俺は別にいいんだけど……」
「私も別にいいわよ?」
「……え?」
サラッとフーカは言った。伊都は思わず、後ろを振り返る。
「な、なんで……。最初は嫌だって言ってただろ」
「それは、あなたがどんな人か分からなかったからよ。でも、ここ一週間一緒にいて、私、気づいたわ。あなたといると楽しいって」
フーカは、口元を緩め、微笑んだ。
「だから、あなたと恋人って設定も、悪くないかもって、そう思っただけよ」
そう言うと、彼女はリビングへと消えていった。伊都は呆然と立ち尽くしていた。
彼女の微笑みが、幼い少女のただの微笑みが。あまりにも美しすぎたから。