「……にしても、閑散としてんなぁ」
夏休みだというのに、遊園地にはほとんど人がいない。
「いいじゃない。並ばないでたくさん遊べるでしょ」
「……そうだな」
伊都は思った。彼女は今日一日で、どれだけ遊び尽くすつもりだろう、と。
今回、伊都たちがやってきた遊園地は、普段からとても閑散としているようなところである。どうやら、それは夏休みであっても関係がなかったようだ。
原因は、劣化とアトラクションの少なさ。歴史ある遊園地、と言えば聞こえはいいのだが、なにせ三十年前に出来ており、今となっては、あちこちの劣化が目立つようになってしまった。例えばジェットコースターに乗れば「キィーッ」と聞こえてくるし、観覧車に乗れば途中で止まる。このように、定番の乗り物が次々とやられてしまっているのだ。
なによりアトラクションが少ない。五、六種類はあるが、とてもあの「夢の国」には及ばない。田舎の遊園地なんてこんなものだろう、と思ってしまえば、そうなのだが。
「ねぇ、イト。コーヒーカップに乗りたいんだけど」
「おう。じゃあ俺、柵の外で待ってるから」
「何言ってるの。二人で乗るのよ」
「は!? ちょっ……」
考えるまもなく、伊都はフーカに腕を引っ張られ、連れていかれる。
「なんで俺も!?」
「だって、一人じゃつまらないでしょ」
「いやいや、俺、無理だって!」
「無理だと思うから無理なのよ」
「本当に無理なんだって! 俺、ああいうのダメだし」
「無理じゃない。楽しいわ」
「あんなん化け物だろ! 楽しくねぇよ!!」
そう。伊都は、遊園地の中でもコーヒーカップが最大級に苦手なのだ。
「大丈夫、いけるわ」
「いーやーだー!」
思いのほか、フーカの力は強く、半泣きのまま、強制的に連れていかれる伊都。まるで、駄々をこねる子供を連れていく母親の画。
「すみません、二人でお願いします」
フーカは受付で立っている男性に声をかける。
「あ、はい……」
あまりにも謎すぎる二人を凝視しながら、男性は小さな声で返事をした。
「ほら、乗るわよ」
「マジで乗るの」
「当たり前でしょ。ほら」
伊都は、コーヒーカップの中に座らされた。自分は、どうなってしまうのだろう。これ以上ないくらいに、緊張していた。対するフーカは、目を輝かせて、スタートを今か今かと待ち構えている。
なぜコーヒーカップで、そんなにワクワクできるのか、伊都は、彼女が不思議でしょうがなかった。
「それでは皆さん、準備はよろしいでしょうかー?」
先程の男性が、アナウンスをする。「皆さん」といっても、コーヒーカップに乗っているのは、伊都とフーカだけなのだが。
「では、行きますよー。回転、スタート!」
アナウンスと共に、コーヒーカップが回転を始めた。
「わああああああ!」
「きゃあああああ!」
二人は、ほぼ同時に悲鳴をあげる。悲鳴は悲鳴でも、フーカのは楽しさから出た悲鳴であった。もちろん伊都は、本気の悲鳴である。
体が回る。目が回る。そして世界が回る。こんな恐ろしい状況に、叫ぶしかなかった。

「つ、疲れた……」
伊都は、よろよろと歩きながら、ベンチに座る。それを見たフーカは、
「ちょっと、何疲れてるのよ」
と呆れている。
「なんでお前は、そんなに元気なんだよ……」
「だって、楽しかったじゃない」
目をキラキラさせながら、フーカは言う。先程は、フーカの剣幕に負けて大人料金を払ったが、こういうところを見ると、彼女はやはり子どもである。
「ねぇ、次は何乗る?」
「まだ乗るのかよ……」
「当たり前じゃない。まだコーヒーカップしか乗ってないでしょ」
「俺はもう充分なんだけど……」
「はい、行くわよ」
伊都は再度、腕を掴まれる。
「えーーっ……」
充分な休憩も許されないまま、彼は次のアトラクションへと連れていかれた。