「ここか……」
午後十時。鬱蒼とした森の中に建つ一軒家の前に、舞子は来ていた。彼女はここで、昨日行えなかった計画を実行しようとしていた。
緊張で、手足が震える。怖い、帰りたい、やめたい。何度もそう思ったが、これはいつかやらなければいけないことだ。なら、今しかない。今更引き返すわけにはいかなかった。
意を決して、インターフォンを押す。中から、白衣に身を包んだ一人の男が出てくる。背はひょろりと高く、舞子の身長の二十センチは上だろう。初めて出会う人物であったが、舞子は彼の名前を知っていた。
「深瀬 唯斗さんですか?」
初見の人物に自分の名前を言い当てられ、男は怪訝そうな顔をする。
「そうだが……お前は誰だ?」
「私、田沢 舞子といいます。研究のことで、ちょっとお聞きしたいことが」
「……研究者か。中に入れ」
「ありがとうございます」
舞子は言われるがままに、中に入る。そう、舞子の本業は研究者だ。非常勤講師であるので、法律的には大丈夫なのだが、学校の方には研究者であることは伏せてある。知られると色々と面倒なことになりそうだからだ。
ちなみに、彼女は「不老者研究」グループに属し、「不老」と呼ばれる現象の研究をしている。「不老」とは、十数年前に突然、この国の極わずかな人間に起こった不可解な現象のことである。その名の通り、ある日いきなり成長しなくなってしまうのだ。起こった年齢は人によって違うのだが、大体が十五歳前後。不老となった人間は不老者と呼ばれるようになり、差別の対象となった。そのせいで彼らは普通の生活をすることすらままならなくなった。
このままではいけない、何とか不老の謎をとき、彼らの体を元に戻さなくては。と数々の研究者たちが立ち上がり、この問題に立ち向かってきた。
「あの……立花 久美子のことなんですけど」
立花 久美子とは、今現在生き残っている、最後の不老者である。
実は、一昔前に不老者の数はぐんと減り、それと同時に差別も消えた。それを成し遂げたのが「キノシタ」という宿木町の研究者と、彼を中心とするグループだった為、宿木町において、研究者という職業は地位が高いのだ。
だが、キノシタがやっていたのは決して褒められたことではなかった。
遡ること三年前、キノシタは宿木町に施設を建設し、ひとまずそこに不老者を集めた。表向きには治療ということだったのだが、実はキノシタを中心に多くの研究者が不老者たちの人体実験を行っていたのだ。彼らは「歳を取らない秘密」を暴こうとした。いつしか不老者の研究は「不老の秘密を知るための競走」になっていたのだ。
そしてその過激な実験の結果、たくさんの不老者が犠牲になった。その為不老者の数が激減し、最早不老者という存在自体、世間から忘れられつつある。
だがその当時、たった一人施設から脱出するのに成功した少女がいた。それが立花 久美子。現在、彼らは血眼になって彼女を探している。
「彼女について、私、調べているんですよ。でも謎が多すぎて……。恒例の学会がもうすぐあるんですけれど、そこまでに新しい情報発表しないと、マズイんです。同期にどうしようって泣きついたところ、あなたが詳しいって」
本当は自分で唯斗のことを調べ出したのだが、怪しまれないように嘘を並べておく。唯斗はそれを聞くと、無言のままパソコンを開き、データを表示する。
「これのことか?」
パソコンを覗くと、立花 久美子についてのデータが書き連ねてあった。舞子は確信した。彼は立花久美子に会ったことがある。そんなことが出来るのは、あの施設にいた研究者だけ。つまり彼は。
「やっと見つけた」