「今日は、私の為に集まってくれて、本当にありがとう。今、この会場にいるみんな。あと、ライブビューイングを見ているみんな。みんなのお陰で、今日、このステージに立つことができました。ああ、涙が出ちゃう」
「泣かないでー」
「うふふ。ありがとう。いつまでも、この景色を見ていたい。でも、楽しいときはあっという間だね。次が最後の曲です」
「早くしてー」
「やだー、だ」
「やだー」
「うん、私もやだよ。でも、また会えるようにこれからもっと頑張るから。最後に、みんなが大好きなあの曲を歌って、笑って、バイバイしたいな。じゃあ、『せーの』で曲名言うよ。いい?」
「はーい」
「せーの、かんぱーい!」

 ペンライトとハンドマイクがぶつかり、各々が、ジョッキの形を取り戻す。

「ふざけた音頭とりやがって」
「よかっただろ。女子アイドルの武道館ライブ風」

 彼はにやにやと笑い、仰け反って、生ビールを流し込んでいった。

 平日の居酒屋は、客もスタッフも大学生らしき人間が多い。声域は高く、声量は大きく、自然と愉快な気分に掻き立てられる。それというのも、そもそも、僕たちの機嫌が良いせいだ。

 舞台の仕事が決まった。海外で好評だったミュージカルを、日本人キャストでリメイクするという。主演は戦隊ヒーロー出身の人気役者で、世間の注目度が高いことは言うまでもない。

「おい、お前のアカウント見せろ」
「自分のスマホから見ろよ」
「誰がお前の投稿を見たいんだよ」

 反論するのも怠く感じて、僕は自分のスマートフォンを彼に放る。受け取った彼は、人のものとは思えないほど滑らかに、それを操作していく。満足そうに頷き、画面を僕の方に見せた。見れば、グラフと数字が並んでいる。どうやら、アクセス数の解析をしたらしかった。

「いいね。やっぱり、他の投稿と比べて、ダンス動画への反応が多い」
「そうじゃなくちゃ困る。この数字っていい方なのか?」
「芸能人の平均値なんて知らないから、わからない。ただ、フォロワーに対して、視聴者が圧倒的に多いのはいい傾向なんじゃないか」
「フォローするほど興味がないってことなのに?」
「とりあえずは見られている数の多さを喜べよ」

 確かにそうだ。ライブをする会場のキャパシティよりも、ずっと多くの人間が、僕のダンスを再生している。同じ人間が繰り返していることを考慮しても、観客の数は何百何千という単位だろう。

「写真なら、全身より、顔のアップの方がウケがいいっていうのも、予想通りだな」
「よく言われる。顔が好きですって」
「俺はそれを言ってしまう、お前の性格が嫌いです」
「顔じゃなくて、能力で判断されないと、意味がない」
「アドバンテージであることに変わりはないし、いいじゃん、程よく頼れば。お前だって、テレビから流れてくる歌を聞いて、うまいなって思って、画面を見たとき、そのアイドルが顔も良かったら嬉しいだろ」
「そんな経験ないからわからない」
「嬉しいんだよ、俺はね。で、そのまま、画面を見ていようと思うだろ」
「そんな経験ないから」
「俺は思うの。そうして、見ている時間が長ければ、当然、テロップを見る余裕だって生まれて、アイドルの名前を覚えたりするわけ」
「お待たせしました、ポテトフライです」

 中央を細い腕が横切り、皿を置き去りに、すぐに消える。

「ほらな」
「何が?」
「今の子が可愛くて、俺はネームプレートを確認したぞ。花ちゃんだってさ」
「気持ち悪い」
「人に興味を抱くことの何が悪い。こういう人間のお陰で、お前らの仕事があるんだからな」
「全部を結び付けて話すな」
「全部結び付くんだよ」