白雪姫の魔女は、自分より美しい姫を殺そうとした。合理的だ。上位の人間が消えれば、自動的に順位が上がる。

 けれども、キリがないのだ。誰もかれもが生きていて、常に流動するのだ。

「百井さん!」

 十分ほど前の記憶から、幻聴が響いた。

「俺、デビューするんですよ!」
「うるさい」

 あのとき、喉で潰した僕の台詞も、離れずに続いた。

 大げさに首を振り、ダンスに意識を戻した。事務所の地下、一人ぼっちのレッスン場。僕の錆びたカウントとシューズの擦れる音ばかりが淡々と鳴っていた。

 この状態が、いつまで続くのだろう。

 僕の体は必ず老いる。ダンスのクオリティは下がるだろう。幼さは愛らしさを連れ立って死んでいく。喉だって渇く。レスポンスのないコールは虚しく消散し、歌声は風に押し負ける。

 心だって、経歴だって、未来だって、なんだって、全部全部、現在地点が傷付けている。それをわかってどうして、進むことができないのだ。

 足がもつれた。重心が後ろへ投げ出され、体はあっけなく床へ落ちた。胸が苦しい。脳が重い。仰向けになると、汚い天井が無意味に広がっていた。点在する汚れを数えることにも飽きた。

 きっと、外は晴天で、みんな、笑っているのだろう。

 首を倒して、横を見た。だだっ広い鏡に反転する、馬鹿みたいなレッスン場。中央に横たわる、潰れた死体。

 荒く拙い呼吸に、胸が上下する。セットも何もしていない前髪は、雨曝しになったように額に張り付いていた。

 嘲るように腹の辺りがぐるぐると鳴った。それを受けて、喉が唸った。声を発した自覚はなかった。鼓膜が泣きそうになって、ようやく、自分の獣じみた絶叫に気付いた。

 悔しい。

 悔しい、悔しい、悔しい。

「畜生!」

 努力を続けた。実力を得ていた。報われるべき権利は、もう、十分のはずだった。

 これ以上何をすればいい?

 迷子の殺意に、手が喘いで、自身の髪を掻きむしった。

 どうして、後ろを歩いていたはずの彼が先に行くのだ。どうして、どんなに走り続けてもゴールに到達しないのだ。

 収まらず、内臓を吐くほど、がなり立てた。何でもいいから壊したいのに、この部屋は綺麗な平面で、血管の浮く腕は何を掴むこともなく、自身の滑稽さに尚更苛立った。鼓動の音がドグドグと脳みそを刺して、壊れそうに膨張する。いっそ、まき散らして死んでしまえたなら、どんなに様になるだろう。床を殴った。タオルを叩きつけた。唇を噛んだ。

 畜生、畜生。

「くそが!」
「百井!」

 唐突に矢が刺さる。慄き、僕は反射的に一切の動きを止めた。

 声の方向を見れば、ドアの横に、二神が立っていた。先輩の姿を認めて、少しずつ、脳みそが委縮していく感覚がした。

「おつかれさまです」

 ポトリ、空っぽの僕から意味を持たない言葉が落ちる。彼は哀れむような目を向け、言った。

「今日はもう帰れ」