午後の授業が終わるチャイムが鳴り、それと共に刀祢が目を覚まして、鞄の中に教科書を詰めて帰る用意を始める。

 直哉が帰る用意を済ませて、刀祢の元まで歩いて来ると、刀祢の目の前の椅子に座る。


「心寧ちゃん達、昼間、大変だったんだぞ。少しは感謝してやれよ」

「はあ、あれは杏里が間違ったデマ情報を拾ってきたからだろう。俺のせいじゃねーよ」


 確かに昼休憩の時は目を覚まして、狸寝入りをしていたので、全ての出来事を刀祢は知っている。

 刀祢がクラスの皆と不仲なため、心寧達が苦労していることは知っているが、この顔は素の顔であって、別に険しい顔でも、機嫌が悪くて目を吊り上げている訳ではない。

 顔のことで謝れと言われて納得できるはずがない。


「直哉も知っているとおり、3年生のチャラ男達が恨みに思ってるのは剣斗兄貴だ。俺はただ、兄貴の代わりに八つ当たりされているだけだ」

「そのことは俺もわかっているけどな。本当にしつこいよな、あの3年生のチャラ男の奴等」


 それに3年生達の刀祢に対する苛めは、兄の剣斗が生徒会長になった時、厳しい規律を作ったことに原因がある。

 刀祢は被害者であって、原因は兄である剣斗だ。大嫌いな兄の剣斗のために下げる頭はない。

 それに心寧が刀祢を守ったのは、兄の剣斗を崇拝しているからだ。刀祢と同じ剣術道場に通っているということもある。
 
 別段、クラスの皆から敬遠され、距離を取られることには慣れている。そのまましておいてもらったほうが寝やすい。

 杏里がいきなり走ってきて、直哉の隣に座って、直哉の手を握る。


「おお、杏里。あまり変なデマな情報を持ってくるんじゃない。心寧達も刀祢にも迷惑じゃないか」

「直哉ー、悪気はなかったの。許して! 今度から、ちゃんと情報は心寧と莉奈に確かめてもらうから」

「それぐらい杏里が自分で考えろ。とにかく変な情報は流すな」

「はーい」


 クリクリ二重、好奇心旺盛な瞳、幼い目尻、快活な目元、少し低い鼻、小さな唇が小悪魔的で愛嬌がある。

 茶髪のミディアムふるゆわカール、ボタンを2つ外したシャツ、丈の短いスカートの杏里は男子生徒達から人気がある。

 天然で明るい性格。好奇心旺盛で、活発な性格は男女ともに好かれる要素になっている。


「直哉! 今日は私のために謝ってくれて、ありがとう! 杏里、超ー嬉しかった!」

「別に俺は杏里のために女子達に説明したわけじゃない。刀祢の為だ」

「そういえば、刀祢。今日はデマ情報を流しちゃってごめんなさい。許してね」


 直哉の手を握ったまま、謝られても、刀祢は説得力も誠意も感じられない。杏里の性格は天然だ。杏里に突っ込んでも疲れるだけだ。

 心寧のような良い反応は返ってこない。心寧は何でも真正面から受け止めるから、口喧嘩の相手としては丁度良い。

 莉奈と心寧が鞄を持ってやって来た。心寧は今日は剣道部の練習はないようだ。

 心寧が目を頬を膨らませて刀祢を見る。


「刀祢のために私達、頑張ったんだから、何か言ってよ!」

「はあ、何を? 身に覚えがない。俺は寝ていただけだ」

「刀祢が寝てばかりいて、クラスの皆と話そうとしないから、クラスの皆と仲良くできないのよ」

「そんなの俺の知ったことか」


 心寧の顔が真っ赤に染まる。少し怒っているようだ。反応が素直だからわかりやすい。優しい心寧など心寧ではない。これぐらいが丁度良い。心寧は良い反応をする。

 刀祢は心寧と口喧嘩をしている時が、学校にいて一番に楽しい。心寧は刀祢がそんなことを思っているなど、全く気付いていない。


「刀祢がそんな不愛想な態度だから、学校中で敵を作るのよ」

「学校中に敵を作ったのは剣斗の兄貴だろう。俺は迷惑を受けているだけだ」

「剣斗兄さんはそんな人じゃない。正義の人よ。厳格で紳士的で、刀祢とは違うわ」

「あいつのことは口にすんな!」


 莉奈がおっとりと心寧と刀祢の間に身体を割って入る。刀祢がわざと心寧に口喧嘩を吹っかけていることを莉奈には気づかれている。


「刀祢くん、心寧で遊ぶのもいい加減にしなさい。心寧と遊びたいのはわかるけど、これ以上はダメよ」

「別に心寧と仲良くしたいと思ってない」


 学校で誰も怖くないと堂々としている刀祢だが、莉奈の優しく、丁寧に時間をかけた説教だけは苦手だ。

 莉奈は普段はおっとりしているが1度説教モードに入ると自分が納得するまで離してくれない。

 莉奈は垂れた眉、やさしい瞳、少し垂れた目尻、おっとり二重、穏やかな目元、きれいな鼻筋、きれいな唇のおっとり系美人だ。

 自然な栗色の髪がセミロングでゆるふわカールがかかっていて莉奈には良く似合っている。

 そのおっとり系美人の莉奈に説教されても良い気分になるだけで、頭の中に何も入ってこないのも困ったものだ。

 しかし、莉奈には反論できなくなる、何か聖母のような包容力、カリスマ性のようなものを感じる。


「私、今日はパフェ食べたいなー。直哉、連れていってー」

「そうだな。気分を変えるのに、甘いモノを食べるのもいいな! 刀祢も一緒に行こうぜ!」


 体をすり寄せるようにして、杏里が直哉に甘える。直哉は髪の毛を掻く。

 杏里はどのように男子に近づけば、男子が自分もいうことを聞いてくれるか知っている。実にあざとい行動だ。

 直哉は断り切れない様子で、困ったように刀祢を見る。目が助けてくれと訴えている。

 そんな顔で直哉に見られても、正直、返事に困る。しかし、直哉が困っているなら助けるしかない。


「今日は刀祢に迷惑かけたから、私が刀祢の分を奢ってあげるよ! 結構、私はお金持ちなのだ!」

「当たり前だ。迷惑をかけられたのは、こっちだからな」


 両親から昼食代もお小遣いももらっていない刀祢は万年金欠であることを、ここにいる皆は知っている。

 刀祢を誘い出さなければ、直哉は刀祢と一緒に帰ってしまう。そうなるとパフェが食べられない。杏里の知恵だ。

 莉奈が諦めたようにおっとりとため息をつく。


「仕方がないわね。皆で行きましょう。心寧もそれでいいわね。刀祢くんと仲直りするのよ」

「別段、喧嘩なんてしてないし」

「俺は行かない。団体行動は苦手だ」

「また刀祢だけわがまま言わないでよ。私だって、別に刀祢と一緒にパフェを食べたい訳じゃないんだから」


 心寧は顔を真っ赤にして刀祢のことを怒っている。


「刀祢、諦めろ。俺も諦めてるから」


 皆でパフェぐらいは食べてもいい。ただ心寧をからかって楽しんでいただけだ。

 直哉が刀祢の鞄を持って立ち上がる。鞄を人質に取るとは卑怯な。一緒に行くしか鞄を取り戻せない。


「わーい! 直哉と一緒にパフェが食べれる!」

「杏里、はしゃぐのは良いが、俺に奢るのを忘れるなよ!」

「わかってるわよ、刀祢!」


 1人喜んでいる杏里。周りの皆は杏里の笑顔を見て、仕方がないと言った感じで微笑んだ。