道場が終わった後に直哉に頼んで、刀祢の部屋に泊まってもらった。


「刀祢、今日は稽古中も真剣な顔をしていたが、何かあったのか? 心寧も顔を真っ赤にしたまま、刀祢のほうへ顔を向けないし、喧嘩でもしたのか?」

「―――――付き合うことになった―――」

「はあ?キチンと聞こえなかった。もう1度、大きな声で言ってくれ」

「俺と心寧は付き合うことになった!」

「な!」


 直哉は刀祢の声を聞いて、爽やかな笑顔のまま固まっている。直哉の気持ちはわかる。刀祢自身も、心寧と付き合うことになったことが、未だに信じられない。

 引きつった笑顔のまま、直哉が刀祢の両肩を鷲掴みにする。


「一体、どういうことなんだ? 詳しく聞かせろ!」

「俺だって、どうなってるのか、未だにわかんないんだよ。昨日、心寧に突然、告白されたんだ」


 直哉に昨日の告白の出来事の全てを刀祢が説明する。始め緊張していた直哉だったが、段々と意味を理解してきたらしく、刀祢の顔を見てニヤニヤと笑っている。

 直哉からすれば、刀祢も心寧も幼すぎというか、自分の気持ちに気づくのが遅すぎると思っていたので、とうとう心寧が自分の心を理解したかと、大きく頷いた。


「それで心寧からの告白にOKを出したんだろう」

「ああ、心寧を泣かせたくないと思ったからな。俺は心寧には笑顔でいてほしいからな」

「はあ? 理由はそれだけか?」

「それだけだが、変か?」


 直哉は大きくため息をついて、首を横へ振った。


「お前は心寧のことをどう思ってるんだ?」

「最近、気づいたんだが、俺は心寧のことを妹のように思ってるんだと思う!」

「はあ? 妹? お前、何を言ってんだ?」


 刀祢と心寧は小学校4年からの付き合いだ。道場の中でも2人は仲良く、一緒に稽古に励み、中学の時には良きライバルとなっていた。

 それまでの間、刀祢が兄のように心寧のことを可愛がっていたと、刀祢が説明する。

 中学へ入学した頃から心寧は剣斗を尊敬し始め、刀祢とは距離を離れていくことになるが、刀祢は剣斗を尊敬する心寧のことが気に入らなかった。

 なんだか妹を取られたような気がしたと今、刀祢は当時を振り返って、直哉に説明する。


「だめだ。これは俺が思っていたよりも重症だ」

「誰か、重症患者でもいるのか?」

「お前のことだよ。この鈍感!」


 直哉は刀祢の肩を握ったまま、ベッドに座らせる。そして刀祢の前に仁王立ちで立った。


「刀祢、お前はすごい勘違いをしている。自分自身のことで勘違いをしている。良く聞け。お前は昔から心寧のことが好きなんだ。心寧が初恋の女性なんだ」

「はあ? 直哉、一体、何を言い出すんだ?」

「刀祢、鈍感にもほどがあるぞ。刀祢は心寧のことを妹としてなんて見てない。初恋の女友達として、今まで友達でいたんだ。妹の部分を初恋の女子に変えて考えてみろ」


 刀祢は軽いパニックを起こして、頭を抱える。


(今まで俺が思っていたのは勘違いだったのか!)


 小学校で心寧に出会った時、既に刀祢は心寧に初恋をしていた。恋人としての付き合い方がわらかなかったので、心寧を妹扱いしていた。妹扱いをしなければ心寧に近づくことができなかった。

 中学になってから心寧が剣斗を尊敬し始めた時、刀祢は嫌な気持ちになった。それは妹を取られた気持ちではなく、初恋の好きな女子を剣斗に取られたと勘違いしたためだ。だからこそ剣斗と異常なほど険悪な仲になった。

 そして心寧に口喧嘩を吹っかけて楽しむのは、可愛い妹に対して、意地悪をして楽しむ兄の気持ちではなかった。好きな初恋の女の子に振り向いて欲しくて、意地悪をする男子の行動といえる。

 そして、常に心寧のことが頭から離れないのは、妹のことを心配する兄の気持ちではない。初恋の女子である心寧のことで頭がいっぱいだったのだ。

 刀祢は段々と、そのことを自分で理解しはじめる。すると体が緊張して、動きが固まる。


「俺の初恋は心寧だったのか―――知らなかった!」

「そうだ。知らなかったのは刀祢だけだ。俺や莉奈はそのことに気づいていたぞ」

「心寧は俺の大事な妹代りではなかったのか?」

「誰が幼馴染を妹と勘違いするんだ。妹のはずないだろう。お前は小さい頃から心寧のことを大好きだったんだ。お前が好きな女性は心寧だ」


 刀祢は直哉にズバリと本当のことを言われて顔色を無くして狼狽する。


(俺が心寧を守りたいと思っていたのは、心寧のことを妹だと思って、守りたいと思っていたわけではなく、心寧に惚れていたからなのか)


 刀祢はベッドの上にゴロンと寝転がる。ベッドの端に直哉が座った。

 心寧が刀祢のことを好きでいてくれたこと、両想いであったことを、今更ながらに安堵する。心寧が他の男に奪われる前で良かった。


「これで自分の心を理解したか? まだ言い訳があるか?」

「いや、自分の心を理解した。直哉の言っている通りだ。俺が勝手に勘違いをしていただけだ。俺は小学校の頃から、心寧に惚れていたんだな」

「やっとわかったか。鈍感!」


 直哉にそう言われても仕方がないと思った。自分で考えても鈍すぎる。刀祢の心の中にあったモヤモヤが一気に解消されていく。

 そして小学校4年生の剣道大会の時、満面の笑顔で心寧が刀祢に贈った言葉を思い出す。


「刀祢、恰好いい! 大好きよ!」


 あの瞬間から刀祢は心寧に初恋していたことを素直に理解した。