昼休憩、刀祢はいつものとおり机に向かって、身体を伏せて眠っていた。刀祢は朝と夜にはガッツリと食事を食べる主義である。その代り、昼休憩の時には昼食を抜いている。

 両親から昼食代をもらっていないという理由もあるが、学食まで食べにいくことが面倒くさいという理由もある。別に昼休憩に遊ぶ友達もいない。

 直哉はいつも沢山の女友達に囲まれて一緒に食堂へ行って、昼食を食べている。時々、直哉に誘われるが、直哉の周りの女子達が気になって、刀祢はその中へ入っていく勇気はなかった。


「慣れれば、どこでも食事はできるよ。刀祢もどうだ?」

「俺は遠慮しとくわ」


 毎日、女子達に囲まれて、直哉はよく平気で食事をとれると刀祢のことを感心している。

 昼食時は生徒達は教室内で、それぞれのグループに分かれて、お弁当を食べながら、おかしそうに談笑している。心寧と莉奈は一緒にお弁当を食べている。杏里は食堂派だ。


「いつまで寝ているの。昼休憩になったわよ」

「ん?」


 頭の上から声をかけられて、顔をあげると心寧が刀祢を見下ろしている。

 朝早くから早朝の稽古をこなしている刀祢からすれば、昼休憩の熟睡タイムは貴重な睡眠時間なのだが、心寧からはそう見えないらしい。


「もう昼休憩か。心寧も弁当タイムだろう。莉奈の所へ行って楽しく、お弁当を食べて来いよ。別に俺のことは放っておいてくれ」

「せっかく、私が朝早くから刀祢のお弁当を作ってきたのに!」


 心寧が刀祢の前の席に座り、弁当を刀祢の机の上に置く。一ヵ月に1度、心寧が気が向いた時に刀祢に弁当を作って来てくれる。なぜ、刀祢に弁当を作ってくれているのは謎だ。


「お、おう、ありがとうな」

「最初から、素直にそう言えばいいのよ」


 今まで心寧の弁当を食べてきたが、いつも味付けが微妙だ。今回の弁当の味付けは大丈夫と信じよう。決心を決めて弁当のフタを開けて、箸で卵焼きをつまんで口の中へ入れる。


(しょっぱい。このしょっぱさは何だ? 塩の塊でも入ってるのか?)


 口の中は猛烈にしょっぱい。塩加減を完全に間違えている。心寧が注いでくれていた、紙パックの麦茶を一気に飲む。それでも口の中のしょっぱさが取れない。口の中が塩でいっぱいになったような気分になる。


「美味しい?」

「―――――しょっぱい―――」


 心寧が嬉しそうに聞いて来る。刀祢は俯いて小さく呟いた。


「そんなことないわよ。他のおかずも全部食べてみて!」

「わ、わかった」


 刀祢は言われる通りに、心寧のおかずの全てに箸をつけていく。そしておかずを口の中へ入れると、全てのおかずがしょっぱい。耐えられなくなった刀祢が紙コップに手を伸ばして麦茶をゴクゴクと飲む。それでも口の中のしょっぱさが取れない。


「他のおかずはどうだった? 大丈夫だったでしょ?」

「すまん―――――しょっぱい―――」

「もう2度と刀祢にお弁当を作らない」


 心寧は怒って刀祢の前の席にから、立ち去っていった。味はどうかと聞かれたので、刀祢は正直に「しょっぱい」と言っただけだ。しかし、いつになく本気で心寧が怒っているので、刀祢は心寧のことが気になった。

 心寧は莉奈の席に戻って、刀祢が酷いことを言ったと莉奈に訴えている。そして机に伏せて、心寧が涙ぐんでいる。莉奈は心寧の背中をさすって、心寧を慰めている。

 そして、莉奈がゆっくりと刀祢の元へ歩いてくる。莉奈はおっとり系美人で皆の癒しとなっている。しかし、莉奈の笑顔が刀祢には恐ろしい。莉奈の説教はおっとりとしているが長くて、要点を突いてくるので苦手だ。


「心寧にお弁当を食べて、「しょっぱい」って言ったの?」

「正直に答えろっていうからさ。仕方がないだろう。本当に「しょっぱ」かったんだ」

「はっきりとそんなことを言ったら、心寧が落ち込むことはわかっていたわよね」


 少しのしょっぱさだったら、刀祢も我慢できた。しかし、今回のしょっぱさは口の中がイガイガするほどショッパかった。


「仕方がなかったんだ。我慢できる限度を超えていたんだよ」

「女の子に料理の味付けで文句をいうと一生恨まれるわよ」


 昼食に弁当をくれたのは良いが、こんな目に合うなら、昼食を貰わないほうが良かった。刀祢は机に伏せて、眠る体制に入る。しかし、口の中はずっとしょっぱいままだった。


「これで当分、心寧のご機嫌が斜めのままね」


 莉奈はおっとりとため息をついて、心寧が待っている自分の席へと戻っていった。


「どういえば良かったんだよ――――」


 刀祢は机の上で顔を伏せたまま、誰にも聞こえないように呟いた。