学校から家に戻り、道着に着替えて道場へ向かう。
館長の父、大輝と師範代の長男、公輝へ挨拶をし、バイトに入る。
この道場でバイトを初めてから10日間、父の大輝からも長男の公輝からも何の助言もなく、何の注意点もなく、全てを刀祢に任せている。
昔から、父の大輝は厳格な父親であったが、寡黙であり、人と距離を取る人柄だった。刀祢は父の大輝と遊んだ記憶は小学校にあがる前までである。それ以降は長男の大輝と次男の剣斗が刀祢の面倒を見た。
先日までは父、大輝の印象は厳格で寡黙という印象しかなかった。しかし、先日の剣斗との試合の後に、刀祢のことをいつも黙って見守ってくれていたことを理解した。
今回も刀祢に担当させている門下生3人のことも、刀祢のことも距離を取って、見守っているに違いない。
昔の刀祢であれば、始終黙っているだけなく、何かを言ってほしいと不満を募らせていたことだろう。
父、大輝の寡黙さ、それを模範しよとする長男、公輝に対して、その態度が気に入らず、最近まで反発を繰り返していたのだから。
今では少しは2人の考えていることが理解できる。今回、刀祢に門下生を預けているのは、門下生達と刀祢を見極めようとしてるのだ。
特に刀祢は門下生達に稽古をつけ、導いていける人物なのか見極めようと見守られている、そんな気がする。
「刀祢さん、基礎訓練が終わりました。これから、稽古をお願いします」
「わかった!」
天音が刀祢の近くへ駆け寄って、準備ができたことを伝える。
天音、由香、秀樹の3人も、この10日間でずいぶんと成長した。今では体の正中線から重心がずれなくなり、腕を折りたたんで剣を振ることができるようになっている。
「では今日は組手の練習をしてみようか。組手と言っても本気の打ち合いじゃない。いつものようにゆっくりと木刀を振るんだ。木刀が相手の木刀にどう当たるか、どのように流せばいいか、その感触を掴もう」
「「「はい!」」」
由香と秀樹が組手を始めた。天音が困った顔で刀祢を見る。
「天音さんは俺と組手をしよう。どんどん打ち込んできて」
刀祢は中段に構えて、天音が打ち込んでくるのを待つ。天音は折りたたんだ腕を伸ばすようにして、正面から木刀を振ってくる。刀祢は天音の木刀に自分の木刀を重ねるように当てて、天音の木刀の軌道を変える。
天音は真剣な顔でどんどんと打ち込んでくる。それを木刀を添えるように当てて、全ての天音の打ち込みを受け流していく。
「次は交代して、俺が打ち込むから、天音さんが、それを受け流してみよう。ゆっくりと打ち込むから、天音さんは落ち着いて、木刀を添わすようにして、剣を受け流してみて」
「はい! わかりました!」
次に刀祢が天音に向かって木刀を打ち込む。天音が受け流せるように工夫して打ち込む。天音は刀祢の打ち込みをどんどんと受け流す。
刀祢は思う。攻撃も大事だが、防御はそれ以上に大事だ。刀であれば一撃で致命傷になる。木刀も本気を出せば致命傷を負う。一撃をもらわない訓練が必要だ。
自分の任されている門下生には怪我をしてほしくない。だからこそ、この組手が大事なのだ。
天音の相手が終え、次は由香、次は秀樹と順番に刀祢は組手をしていく。3人が段々と受け流すコツが掴めてきているように感じる。
剣斗なら勝つための剣術を教えるだろうが、刀祢は負けない剣術を教えようと思っている。
「そろそろ休憩にしよう。3人共、お疲れ様」
3人を1周したところで休憩を取る。天音達は水筒を取り出して水分を補給する。
水筒のコップに麦茶を入れて天音が刀祢にコップをくれる。
「刀祢さんの受け流しは、とても優しいですね。決して受け止めようとはされないんですね」
「刀を受け止めることは、自分の体の全ても止まってしまう状態だ。相手も同じ状態になる。そうなると離れ際で勝負が決まる。これに勝つには経験と駆け引きが重要になってくる。そんな危ない勝負をしたくないからね。俺は徹底的に受け流す練習ばかりしてきたんだよ」
「そうですね。経験の浅い私達だと、剣を受け止めると、後の動作ができませんから。受け流し方を覚えたほうが良いですね」
天音はそう言って、刀祢の意見に賛同する。
「刀祢さん、館長と師範代が木刀を持っている所を見たことがないんですが、やっぱりスゴイんですか?」
「館長と師範代の剣技は俺も最近は見ていないな。例えていうなら剛の剣といったほうがいいかな。一撃一撃がすごく重いんだ。受け止めていたら、腕が壊れそうなほどに重かったのを覚えてる」
「館長の剣は剛の剣ですか! 刀祢さんの剣は受け流しの剣ですね!」
「俺の剣はそんな恰好いい剣とは思わないけど」
「刀祢さんは恰好いいですよ」
刀祢は父、大輝と組手をしたことがない。しかし、兄の公輝とはよく組手をした。公輝の剣は一撃が重く、受け流さないと腕が痺れた。その時から刀祢は受け流す剣を覚えるようになったことを思い出す。
兄の公輝は父、大輝の剣を真似ている。だから父、大輝の剣は剛の剣だと刀祢は推測する。
そして、刀祢は剛の剣を会得できなかった。それは兄2人と組手をして、兄達の剣を受け流さないと勝負に負けることから、受け流す剣を会得してしまった。
父や兄とは違う剣技になってしまったけど、刀祢は自分の受け流す剣を気に入っていた。
しかし、ただ受け流すだけでは勝負にまけてしまう。反撃の一撃を持つ必要がある。まだまだ、この3人には教えることが山積みだと刀祢は思う。
「休憩も終わったし、また組手を始めようか!」
「「「はい!」」」
天音、由香、秀樹の3人は元気よく返事をすると組手に取りかかった。
刀祢は人に教えるということは、自分の復習にもなり、良い稽古になることを初めて知った。
館長の父、大輝と師範代の長男、公輝へ挨拶をし、バイトに入る。
この道場でバイトを初めてから10日間、父の大輝からも長男の公輝からも何の助言もなく、何の注意点もなく、全てを刀祢に任せている。
昔から、父の大輝は厳格な父親であったが、寡黙であり、人と距離を取る人柄だった。刀祢は父の大輝と遊んだ記憶は小学校にあがる前までである。それ以降は長男の大輝と次男の剣斗が刀祢の面倒を見た。
先日までは父、大輝の印象は厳格で寡黙という印象しかなかった。しかし、先日の剣斗との試合の後に、刀祢のことをいつも黙って見守ってくれていたことを理解した。
今回も刀祢に担当させている門下生3人のことも、刀祢のことも距離を取って、見守っているに違いない。
昔の刀祢であれば、始終黙っているだけなく、何かを言ってほしいと不満を募らせていたことだろう。
父、大輝の寡黙さ、それを模範しよとする長男、公輝に対して、その態度が気に入らず、最近まで反発を繰り返していたのだから。
今では少しは2人の考えていることが理解できる。今回、刀祢に門下生を預けているのは、門下生達と刀祢を見極めようとしてるのだ。
特に刀祢は門下生達に稽古をつけ、導いていける人物なのか見極めようと見守られている、そんな気がする。
「刀祢さん、基礎訓練が終わりました。これから、稽古をお願いします」
「わかった!」
天音が刀祢の近くへ駆け寄って、準備ができたことを伝える。
天音、由香、秀樹の3人も、この10日間でずいぶんと成長した。今では体の正中線から重心がずれなくなり、腕を折りたたんで剣を振ることができるようになっている。
「では今日は組手の練習をしてみようか。組手と言っても本気の打ち合いじゃない。いつものようにゆっくりと木刀を振るんだ。木刀が相手の木刀にどう当たるか、どのように流せばいいか、その感触を掴もう」
「「「はい!」」」
由香と秀樹が組手を始めた。天音が困った顔で刀祢を見る。
「天音さんは俺と組手をしよう。どんどん打ち込んできて」
刀祢は中段に構えて、天音が打ち込んでくるのを待つ。天音は折りたたんだ腕を伸ばすようにして、正面から木刀を振ってくる。刀祢は天音の木刀に自分の木刀を重ねるように当てて、天音の木刀の軌道を変える。
天音は真剣な顔でどんどんと打ち込んでくる。それを木刀を添えるように当てて、全ての天音の打ち込みを受け流していく。
「次は交代して、俺が打ち込むから、天音さんが、それを受け流してみよう。ゆっくりと打ち込むから、天音さんは落ち着いて、木刀を添わすようにして、剣を受け流してみて」
「はい! わかりました!」
次に刀祢が天音に向かって木刀を打ち込む。天音が受け流せるように工夫して打ち込む。天音は刀祢の打ち込みをどんどんと受け流す。
刀祢は思う。攻撃も大事だが、防御はそれ以上に大事だ。刀であれば一撃で致命傷になる。木刀も本気を出せば致命傷を負う。一撃をもらわない訓練が必要だ。
自分の任されている門下生には怪我をしてほしくない。だからこそ、この組手が大事なのだ。
天音の相手が終え、次は由香、次は秀樹と順番に刀祢は組手をしていく。3人が段々と受け流すコツが掴めてきているように感じる。
剣斗なら勝つための剣術を教えるだろうが、刀祢は負けない剣術を教えようと思っている。
「そろそろ休憩にしよう。3人共、お疲れ様」
3人を1周したところで休憩を取る。天音達は水筒を取り出して水分を補給する。
水筒のコップに麦茶を入れて天音が刀祢にコップをくれる。
「刀祢さんの受け流しは、とても優しいですね。決して受け止めようとはされないんですね」
「刀を受け止めることは、自分の体の全ても止まってしまう状態だ。相手も同じ状態になる。そうなると離れ際で勝負が決まる。これに勝つには経験と駆け引きが重要になってくる。そんな危ない勝負をしたくないからね。俺は徹底的に受け流す練習ばかりしてきたんだよ」
「そうですね。経験の浅い私達だと、剣を受け止めると、後の動作ができませんから。受け流し方を覚えたほうが良いですね」
天音はそう言って、刀祢の意見に賛同する。
「刀祢さん、館長と師範代が木刀を持っている所を見たことがないんですが、やっぱりスゴイんですか?」
「館長と師範代の剣技は俺も最近は見ていないな。例えていうなら剛の剣といったほうがいいかな。一撃一撃がすごく重いんだ。受け止めていたら、腕が壊れそうなほどに重かったのを覚えてる」
「館長の剣は剛の剣ですか! 刀祢さんの剣は受け流しの剣ですね!」
「俺の剣はそんな恰好いい剣とは思わないけど」
「刀祢さんは恰好いいですよ」
刀祢は父、大輝と組手をしたことがない。しかし、兄の公輝とはよく組手をした。公輝の剣は一撃が重く、受け流さないと腕が痺れた。その時から刀祢は受け流す剣を覚えるようになったことを思い出す。
兄の公輝は父、大輝の剣を真似ている。だから父、大輝の剣は剛の剣だと刀祢は推測する。
そして、刀祢は剛の剣を会得できなかった。それは兄2人と組手をして、兄達の剣を受け流さないと勝負に負けることから、受け流す剣を会得してしまった。
父や兄とは違う剣技になってしまったけど、刀祢は自分の受け流す剣を気に入っていた。
しかし、ただ受け流すだけでは勝負にまけてしまう。反撃の一撃を持つ必要がある。まだまだ、この3人には教えることが山積みだと刀祢は思う。
「休憩も終わったし、また組手を始めようか!」
「「「はい!」」」
天音、由香、秀樹の3人は元気よく返事をすると組手に取りかかった。
刀祢は人に教えるということは、自分の復習にもなり、良い稽古になることを初めて知った。