道端に真直ぐな枝があったので、刀祢は枝を取り上げて、枝の片方を心寧を持たせる。

 刀祢は枝を持って心寧を引っ張るようにして歩く。


「刀祢、これすごく楽!」

「そうだろう。俺が引っ張ってるんだからな」

「ありがとう、刀祢」

「ああ」


 心寧の嬉しそうな声が後ろから聞えてくる。

 心寧を引っ張るのに、少し力はいるが、毎日鍛えている刀祢にとっては何の影響もない。

 道路の先に山からの落石が多く落ちていた。刀祢は慎重に落石の間をぬって歩いて行く。


「キャ――!」

「どうした、心寧?」


 後ろから心寧の悲鳴が聞こえる。後ろを振り向くと、見事に心寧が石につまづいて、コケていた。


「何やってんだ?」

「あんまり楽だったから、周りの森や空を見ていて、足元を見てなかった。ゴメンなさい」

「どこも怪我してないか?」


 心寧が立ち上がろうとするが、上手く立ち上がれない。立ち上がろうとする度に痛そうな顔をする。この顔は怪我を我慢している顔だ。


「痛いのはどっちの足だ?」

「左足!」


 刀祢は心寧の左足の前にしゃがみ込んで、心寧の足を持って左右にゆっくりと回して見る。


「痛い!」

「これは捻挫だな」


 どうやら、心寧は捻挫をしているようだ。このままだと山頂に辿り着くことはできない。

 心寧がここで下山をすれば、莉奈や直樹達も下山するだろう。今日のハイキングが台無しになる。そうなれば心寧は責任を感じるだろう。そんな思いはさせたくない。

 刀祢は立ち上がるとリュックを背中から降ろし、手に持って、心寧の後ろに回る。そして心寧にリュックを背負わせる。

 そして、心寧の前に背中を向けてしゃがみこむ。


「乗れ!」

「乗れって、まさか、おんぶ? そんなの恥ずかしいわ」

「恥ずかしがっている場合か。このままだと山頂につけないぞ」

「ウ――刀祢、恥ずかしいよ」

「いいから乗れ! 山頂まで連れて行く!」


 心寧は恥ずかしそうに考えていたが、ゆっくりと刀祢の背中にしがみついた。

 刀祢はゆっくりと立ち上がって心寧をおんぶすると、1歩を大股にして、ゆっくりと山頂目指して歩いていく。

 心寧が小さな声で刀祢に聞いてくる。


「重い?」

「心寧ぐらい軽いもんだ。心配ない!」


 いつもの刀祢ならここで「重い」と答えて、心寧と口喧嘩を始めるところだが、今はそんな時ではない。背中の上で暴れられても困る。

 心寧の体から甘くて優しい香りがする。そのことで心寧に意識を向けそうになる。


(今日の俺は変だぞ! 心寧を意識するな! 心寧は友達、心寧は友達!)


 刀祢はなるべく平常心を保って、心寧を意識の外へ置いておく。そして、山頂を目指すことだけを考えて、黙々と歩く。

 心寧は刀祢の大きな背中にしっかりと捕まって、頬を預けている。

 しばらく歩くと山頂の神社が見えて来た。後少しだ。刀祢は大きく深呼吸をして、気合を入れ直して歩き続ける。

 神社の鳥居を潜ると、長椅子が2つ並べられた自販機コーナーがあった。その長椅子の中央に心寧を座らせる。心寧はリュックを背中から降ろす。


「やっと着いたね。ありがとう」

「ああ―――」


 心寧が恥ずかしそうに照れながら刀祢にお礼をいう。

 刀祢は心寧の隣に座ってリュックから水筒を出して、フタを取って麦茶を一気に体に流し込む。火照った体に麦茶が染みわたる。

 そして、そのまま水筒を心寧に渡す。


「美味いぞ!」

「ありがとう、刀祢」


 心寧はなぜか恥ずかしそうにしていたが、水筒を口につけて、コクコクと麦茶を飲んでいく。


「うん、美味しい!」

「運動の後の麦茶は美味いな」


 30分以上経った時、直樹達が山頂の神社に着いた。直樹の隣には莉奈が並んで歩いて来る。杏里は直哉の背中の上から手を振っている。

 直哉は刀祢達の元へ到着すると、背中におんぶしていた杏里を下ろして長椅子に座らせる。


「私も疲れたわ。杏里が先に倒れちゃうんだもん」

「ごめんね――莉奈! 直哉の背中、気持ちいい―!」

「杏里が途中で体力不足で歩けなくなって困ったよ」


 直哉はそういって髪を掻いて笑う。


「こっちは心寧が捻挫をして、俺もおんぶしてきた」

「そうか、刀祢もか。お互いに大変だったな」


 そう言って直哉が爽やかに笑う。

 心寧は莉奈に捻挫をしたことを説明している。莉奈はそれをきいて、驚いた顔をして、心配そうに心寧の足を見る。

 杏里が手をあげて口を開く。


「パワースポット! 神社へお参り!」

「「「「ハーイ!」」」」


 そういえば、それが杏里の目的だった。直哉は困った顔をして笑っている。

 刀祢は心寧をおんぶして、他の皆は歩いて神社の境内へ向かう。賽銭箱に小銭を投げ入れて、本坪鈴(ほんつぼすず)を鳴らして、手を合わせて拝む。


「私は直哉との縁結びを願った――心寧と莉奈は何を願ったの?」

「私は大学受験合格よ」

「杏里、人に願い事を言うと、その願いは叶わないって知ってた?」

「嘘―! 私、言っちゃたよ。どうしよう莉奈?」

「嘘よ」


そう言って莉奈がニッコリと微笑む。

 そして皆で長椅子の場所まで戻る。刀祢は背中から心寧を長椅子の中央に下ろす。

 心寧の隣に莉奈が座り、リュックの中からお弁当をだして心寧と刀祢に渡す。杏里もリュックの中からお弁当を取り出し、直哉に渡した。

 刀祢が弁当のフタを開けると、色とりどりのおかずがギッシリと詰まっていた。


「心寧が朝早くからお弁当を作ったの。私の分も作ってくれたのよ。直哉君のお弁当は杏里が作りました」

「心寧と莉奈の弁当も美味しそうだな。杏里の弁当も美味しそうだぞ」

「うん、直哉に食べてもらうって家で言ったら、ママが作ってくれたから美味しいよ」

「それって杏里の手作り弁当とは言わんぞ」


そう言って、直哉は爽やかな笑顔をうかべる。

 皆でそれぞれのお弁当を食べながら、今日のハイキングについて談笑して楽しむ。

 神社の中は静かで、風が少しだけ吹いていて気持ちがいい。


「刀祢、美味しい?」

「ああ、美味いぞ」

「少し分けてあげるね」


 刀祢は空腹だったので一気に弁当を食べてしまい、心寧からも少し分けてもらった。そんな2人を見て莉奈が微笑む。

 直哉は杏里のお弁当を美味しそうに食べている。

 皆で楽しく談笑している間に時間は過ぎていく。もうそろそろ下山する時間だ。

 刀祢のリュックは杏里が持ってくれた。直哉は登りと同じリュックを背負って杏里と手を繋いで歩いていく。莉奈は直哉の隣を歩く。刀祢は心寧をおんぶして下山する。


「刀祢、帰りもおんぶしてくれて、ありがとう」

「気にするな。軽いもんだ」


 心寧が恥ずかしそうに皆に聞こえないような小さな声でささやいた。刀祢は大きく頷く。

 ハプニングも色々あったが、友達と一緒に過ごして楽しいと思える1日だった。