直哉と刀祢が五十嵐と新浜の対面に立つ。五十嵐と新浜はきちんと剣道の防具を着用している。しかし直哉と刀祢は道着に竹刀だけの恰好だ。
「その姿は何だ。きちんと防具をつけろ。俺達をバカにしてるのか」
「それは誤解だ。急に武道場に来たから、道着しか用意できなかっただけだ。そんな些細なことは気にするな。思いっきり試合をしよう」
「防具も着けていない相手に、真剣に竹刀で打ち込めるか!」
「俺達のことは本当に気にしないで、思いっきり打ち込んできてくれ!」
「俺達をバカにしやがって! 後悔させてやる!」
直哉は五十嵐達にそう言ってにこやかに笑う。
五十嵐は文句を言いたそうにしていたが、直哉の笑顔を見て諦めた。
直哉が先に歩き始めて開始線に座る。それを見た新浜が開始線に座る。主審を務める心寧が手を上げて試合開始の合図を出す。
互いに一礼をして竹刀を構える。直哉は中段に竹刀を構え、正眼の姿勢を取る。新浜は上段に構える。
「キィェエ―――!」
新浜は奇声を上げて、上段に構えた竹刀を小刻みに上下させる。そして細かい脚捌きで前後に動くが、すり足になっていないので、妙に足が浮いている。
直哉は無表情のまま、ヒタと新浜を見据えたまま微動だにしない。直哉が仕掛けた。中段の竹刀を少し前に出して新浜の動きを誘う。
新浜は勢いよく直哉の竹刀を自分の竹刀で跳ね飛ばす。直哉はその勢いを殺さず円を描くようにして竹刀を新浜の直上へ回転させて面を奪う。
「面あり! 勝負あり!」
剣道部の女子部員達から盛大な拍手が沸き上がる。直哉の名前を呼ぶ女子もいる。直哉は爽やかに笑って女子部員に手を振る。
女子部員達は喜びの歓声をあげる。
さすが学校NO1イケメンの直哉だけのことはある。女子からの人気度は抜群だ。しかし男子部員の視線は鋭い。
次は刀祢と五十嵐との対戦だ。2人共開始線に座って試合開始を待つ。心寧が試合開始の合図を送ると、2人は礼をして竹刀を構える。
刀祢は竹刀を中断に構えて五十嵐を見据える。五十嵐も同じ中段だ。竹刀の先を刀祢の竹刀に当てて、刀祢を挑発してくるが、そんな挑発に誘われることはない。
痺れをきらした五十嵐は体当たり気味に竹刀を振り下ろしながら、刀祢に体をぶつけてくる。それを見越していた刀祢は体を半歩ずらして、体当たりをヒラリと躱す。そして中段に構える。
次に五十嵐は中段に竹刀を構えて、面や籠手を狙って竹刀を振るう。刀祢は相手の竹刀を自分の竹刀を添わせて、軌道を変えて、相手に1本を取らせない。
五十嵐は必死に竹刀を繰り出してくるが、ことごとく刀祢に竹刀の軌道を変えられてしまう。
「キィェェー!」
気合を入れて上段から面を奪いにくる。刀祢は1歩後退して寸の見切りで竹刀を躱す。
五十嵐は体当たりを繰り返し、竹刀を必死にくりだすが、刀祢はひらりと躱し、自分の竹刀を相手の竹刀に添えて軌道をずらし、相手の攻撃の全てを無効にしてしまう。
そして常に五十嵐の攻撃が終わると平然とした顔で竹刀を中段に構える。その姿は何とも凛々しい。
「まさか、刀祢、試合中に稽古をつけてるの? 刀祢、すごい!」
この試合は正式な試合ではない。よって攻撃を仕掛けなくても注意を受けることはない。そして制限時間も設けられていない。どちらかが1本を取られるまで試合は続く。
心寧は心の中で刀祢の技術を褒める。通常は木刀を使用している刀祢にとって竹刀を使うことは、剣のブレを起こす原因になりやすい。しかし、刀祢は自分の竹刀を自在に操っている。
そして五十嵐の竹刀を打ち返すのでもなく、受け止めるのでもなく、竹刀を添えるようにして受け流していく。そしてさりげなく、五十嵐の普段の体勢の悪さを正すように、誘導している。
刀祢は試合をしているわけではなく、五十嵐に稽古をつけているのだ。試合中に稽古をつけるという発想が心寧にはなかった。
五十嵐はとうとう体力が尽きて、道場の真中でヘタリこんだ。その頭の上にポンと刀祢が竹刀を軽く叩く。
「面あり! 勝負あり!」
五十嵐は面をすぐに取って、仰向けに倒れて大きく深呼吸をしている。体中、汗だくだ。その姿を見て、剣道部の女子部員達はビックリしている。心寧だけが小さく拍手をして満面の笑みを浮かべる。
「五十嵐、よく耐えたな。でも練習不足だ。毎日の練習を怠っているから、こんなことぐらいで倒れるんだぞ。これからは遊ばずに練習しろよ。勝ったら、何でも言うことを聞くんだろう。これからは毎日、稽古に励め。そして心寧の言うことをキチンと聞け。俺と直哉も時々は顔をだすからな」
「息がツライ―――息を整えるからちょっと待って―――」
「ああ、ゆっくりと息を整えろ。それまで待ってやる」
五十嵐はまだ息が荒く、倒れたまま動けない状態だが、段々と息が整ってきて、口を開く。
「ああ、約束は守る。これだけ動いて、まだ余裕って、どれだけ体力があるんだよ。化け物か。お前はすごいわ」
「心寧の通う道場では、俺クラスは何人もいるぞ。だから心寧は強いんだ。だから心寧の言う通りに稽古していれば、お前達も強くなる」
「わかった。これからは心寧の言う通りにする。それでいいか?」
「時々、俺と直哉も武道場へ来て、稽古をつけてやる」
「もう来るな! 体がもたん!」
五十嵐は黙ったまま天井を眺めている。まだ呼吸は荒いままだ。
心寧がタオルを持って刀祢に元へ歩いてくる。タオルをもらって軽く汗を拭く。
「これで稽古はつけたぞ。これで心寧との約束は守ったからな。後は直哉に任せて、俺はバイトに行く」
「ありがとう、刀祢」
心寧が慌てて、刀祢の道着の袖を引っ張る。
「せっかくだからさ。剣道部の皆と自己紹介をしようよ。刀祢にも新しい知り合いができるよ。刀祢のこともわかってくれると思うしさ」
(ん?話が違う。もしかすると、心寧の本当の目的はこれか!)
「お前もお節介な女だな。俺は今の友達で十分だ」
「そんなこと言わずに皆と友達になろうよ。剣道部の皆も刀祢達に稽古を付けてもらうと強くなるし、私も助かるし――」
「ああ、時々ならな。普段は直哉に任せる。それでいいだろう」
それを聞いた心寧は安堵したような顔になり、優しい目で刀祢を見て、にっこりと微笑んだ。
「その姿は何だ。きちんと防具をつけろ。俺達をバカにしてるのか」
「それは誤解だ。急に武道場に来たから、道着しか用意できなかっただけだ。そんな些細なことは気にするな。思いっきり試合をしよう」
「防具も着けていない相手に、真剣に竹刀で打ち込めるか!」
「俺達のことは本当に気にしないで、思いっきり打ち込んできてくれ!」
「俺達をバカにしやがって! 後悔させてやる!」
直哉は五十嵐達にそう言ってにこやかに笑う。
五十嵐は文句を言いたそうにしていたが、直哉の笑顔を見て諦めた。
直哉が先に歩き始めて開始線に座る。それを見た新浜が開始線に座る。主審を務める心寧が手を上げて試合開始の合図を出す。
互いに一礼をして竹刀を構える。直哉は中段に竹刀を構え、正眼の姿勢を取る。新浜は上段に構える。
「キィェエ―――!」
新浜は奇声を上げて、上段に構えた竹刀を小刻みに上下させる。そして細かい脚捌きで前後に動くが、すり足になっていないので、妙に足が浮いている。
直哉は無表情のまま、ヒタと新浜を見据えたまま微動だにしない。直哉が仕掛けた。中段の竹刀を少し前に出して新浜の動きを誘う。
新浜は勢いよく直哉の竹刀を自分の竹刀で跳ね飛ばす。直哉はその勢いを殺さず円を描くようにして竹刀を新浜の直上へ回転させて面を奪う。
「面あり! 勝負あり!」
剣道部の女子部員達から盛大な拍手が沸き上がる。直哉の名前を呼ぶ女子もいる。直哉は爽やかに笑って女子部員に手を振る。
女子部員達は喜びの歓声をあげる。
さすが学校NO1イケメンの直哉だけのことはある。女子からの人気度は抜群だ。しかし男子部員の視線は鋭い。
次は刀祢と五十嵐との対戦だ。2人共開始線に座って試合開始を待つ。心寧が試合開始の合図を送ると、2人は礼をして竹刀を構える。
刀祢は竹刀を中断に構えて五十嵐を見据える。五十嵐も同じ中段だ。竹刀の先を刀祢の竹刀に当てて、刀祢を挑発してくるが、そんな挑発に誘われることはない。
痺れをきらした五十嵐は体当たり気味に竹刀を振り下ろしながら、刀祢に体をぶつけてくる。それを見越していた刀祢は体を半歩ずらして、体当たりをヒラリと躱す。そして中段に構える。
次に五十嵐は中段に竹刀を構えて、面や籠手を狙って竹刀を振るう。刀祢は相手の竹刀を自分の竹刀を添わせて、軌道を変えて、相手に1本を取らせない。
五十嵐は必死に竹刀を繰り出してくるが、ことごとく刀祢に竹刀の軌道を変えられてしまう。
「キィェェー!」
気合を入れて上段から面を奪いにくる。刀祢は1歩後退して寸の見切りで竹刀を躱す。
五十嵐は体当たりを繰り返し、竹刀を必死にくりだすが、刀祢はひらりと躱し、自分の竹刀を相手の竹刀に添えて軌道をずらし、相手の攻撃の全てを無効にしてしまう。
そして常に五十嵐の攻撃が終わると平然とした顔で竹刀を中段に構える。その姿は何とも凛々しい。
「まさか、刀祢、試合中に稽古をつけてるの? 刀祢、すごい!」
この試合は正式な試合ではない。よって攻撃を仕掛けなくても注意を受けることはない。そして制限時間も設けられていない。どちらかが1本を取られるまで試合は続く。
心寧は心の中で刀祢の技術を褒める。通常は木刀を使用している刀祢にとって竹刀を使うことは、剣のブレを起こす原因になりやすい。しかし、刀祢は自分の竹刀を自在に操っている。
そして五十嵐の竹刀を打ち返すのでもなく、受け止めるのでもなく、竹刀を添えるようにして受け流していく。そしてさりげなく、五十嵐の普段の体勢の悪さを正すように、誘導している。
刀祢は試合をしているわけではなく、五十嵐に稽古をつけているのだ。試合中に稽古をつけるという発想が心寧にはなかった。
五十嵐はとうとう体力が尽きて、道場の真中でヘタリこんだ。その頭の上にポンと刀祢が竹刀を軽く叩く。
「面あり! 勝負あり!」
五十嵐は面をすぐに取って、仰向けに倒れて大きく深呼吸をしている。体中、汗だくだ。その姿を見て、剣道部の女子部員達はビックリしている。心寧だけが小さく拍手をして満面の笑みを浮かべる。
「五十嵐、よく耐えたな。でも練習不足だ。毎日の練習を怠っているから、こんなことぐらいで倒れるんだぞ。これからは遊ばずに練習しろよ。勝ったら、何でも言うことを聞くんだろう。これからは毎日、稽古に励め。そして心寧の言うことをキチンと聞け。俺と直哉も時々は顔をだすからな」
「息がツライ―――息を整えるからちょっと待って―――」
「ああ、ゆっくりと息を整えろ。それまで待ってやる」
五十嵐はまだ息が荒く、倒れたまま動けない状態だが、段々と息が整ってきて、口を開く。
「ああ、約束は守る。これだけ動いて、まだ余裕って、どれだけ体力があるんだよ。化け物か。お前はすごいわ」
「心寧の通う道場では、俺クラスは何人もいるぞ。だから心寧は強いんだ。だから心寧の言う通りに稽古していれば、お前達も強くなる」
「わかった。これからは心寧の言う通りにする。それでいいか?」
「時々、俺と直哉も武道場へ来て、稽古をつけてやる」
「もう来るな! 体がもたん!」
五十嵐は黙ったまま天井を眺めている。まだ呼吸は荒いままだ。
心寧がタオルを持って刀祢に元へ歩いてくる。タオルをもらって軽く汗を拭く。
「これで稽古はつけたぞ。これで心寧との約束は守ったからな。後は直哉に任せて、俺はバイトに行く」
「ありがとう、刀祢」
心寧が慌てて、刀祢の道着の袖を引っ張る。
「せっかくだからさ。剣道部の皆と自己紹介をしようよ。刀祢にも新しい知り合いができるよ。刀祢のこともわかってくれると思うしさ」
(ん?話が違う。もしかすると、心寧の本当の目的はこれか!)
「お前もお節介な女だな。俺は今の友達で十分だ」
「そんなこと言わずに皆と友達になろうよ。剣道部の皆も刀祢達に稽古を付けてもらうと強くなるし、私も助かるし――」
「ああ、時々ならな。普段は直哉に任せる。それでいいだろう」
それを聞いた心寧は安堵したような顔になり、優しい目で刀祢を見て、にっこりと微笑んだ。