五月丘高校の剣道部は決して強くない。剣道部としては弱小高校だ。しかし、剣道部の歴史は古く開校当時から続いている部だという。

 今は剣道部の女子部の部長を心寧が務めている。心寧が部長になった理由は、心寧が一番強かったからだ。

 女子部員は8名おり、男子部員は5名という有様で、剣道部の中で1番強い心寧が男女部員達に稽古をつけているという。

 顧問の先生達は剣道をしたこともなく、全くの無関心らしい。

「弱小剣道部なのに歴史だけは古いんだよな」

「刀祢、弱小剣道部って言わないで! 一応、個人の部では私も頑張ってるんだし」

「心寧だけ頑張っても意味ねーじゃん!」


 心寧も部長として務めているが、部員達には強さを求めているわけではなく、剣道の楽しさ、剣道を通じての礼儀、向上心を持ってもらえれば良いと考えて、部長を引き受けたと語る。

 女子部員達は心寧を中心に結束力が高く、意気投合し練習に励んでいるが、問題は男子部員らしい。

 男子部の部長、五十嵐亮太(イガラシリョウタ)は男子部員の中では一番剣道ができ、男子部員5人を従えて、勝手放題なことをしているという。いくら心寧が注意しても無視される状態になっている。

 そこで、心寧が刀祢にお願いをしてきたという訳だ。


「そんな男子部の奴等、放っておけばいいじゃないか。やる気のない奴に教えても仕方がないぞ」

「きちんと練習させないと、私達まで顧問の先生に怒られるでしょ!」

「顧問なんて、練習も見に来ないじゃん」

「気分の問題よ! せっかくの部活なんだから、キッチリとしてほしいし」


 刀祢に巻き込まれて連れて来られた直哉が納得いかない顔でいう。刀祢も全くの同意見だ。稽古をする気のない者に教えても伸びない。

 心寧が用意した道着だけに着替えた直哉と刀祢は、心寧に連れられて体育館に併設してる武道場へ向かっている最中である。


「俺が道場のバイトに行くまでだからな。後のことは直哉に任せるから」

「刀祢、そのつもりで俺を連れてきたのか。ちょっと酷くないか」

「直哉にはすまないと思ってる。だが俺にはバイトがあるんだ。頼むよ」

「それを知ってるから、付いてきたんだけんどな」


 直哉には申し訳ないと思ったが、最近、道場をサボり気味の直哉にこの案件を預けるのが丁度良いと刀祢は勝手に判断した。

 男性部員が直哉のことをどう思うかわからないが、学校NO1のイケメンが剣道部へ行けば、女子部員達が喜ぶに違いない。それで心寧も信望も高まれば良い。


(直哉には尊い犠牲になってもらおう)


「ごめんね直哉。本当は刀祢に頼んだことなのに、巻き込んじゃって」

「別に暇だから良いけどさ。バイト代が入ったら刀祢には何か奢ってもらうから」

「ああ、直哉にはいつも奢ってもらっているからな。バイト代が入ったら、直哉に奢るのは当然さ」

「直哉だけ特別扱い。刀祢、私にも奢ってよ。お弁当を作ってきてるじゃん」

「仕方ないな。心寧も連れて行ってやるよ」


 和気あいあいと3人で武道場へ向かうと武道場の中では剣道部員の女子部だけが熱 心に稽古をしていた。男子部はチャンバラをして遊んでいる。

 武道場の中へ入り、心寧が剣道部員の男女全員を集める。


「私が通っている剣術道場の同じ門下生の2人を連れてきたわ。紹介するわね。京本刀祢(キョウモトトウヤ)君と斎藤直哉(サイトウナオヤ)君ね。私と同じ2年1組よ。今日は2人に稽古をつけてもらうからよろしくね」


 学校NO1イケメンの直哉の名前は学校中で有名だ。女子部員達は直哉を見て、顔をほんのりと赤らめて恥ずかしがっている。

 そして、刀祢は学校で一番悪名が高いことで有名だ。剣道部員達全員は刀祢の顔を見ないようにしている。

 刀祢の顔は常に目が吊り上がっていて、眉間に皺があり不機嫌な顔をしている。しかし、これが普段の刀祢の顔なので仕方がない。だからいつも初対面の段階で誤解を受ける。

 1人の男性部員が刀祢達に近寄ってくる。


「俺は五十嵐亮太(イガラシリョウタ)だ。2年3組。剣道部男子部の部長を努めている。別にお前達に稽古をつけてもらう必要はない。帰ってくれ」

「いきなり、帰ってくれはないだろう。まだ来たばかりだぞ」

「いいから、帰れ!」


 刀祢が顔を向けると、五十嵐亮太は、お前達なんて怖くないぞという感じで刀祢達に向かって胸を張る。


「チャンバラを続けていたいなら、俺は邪魔はしないぞ。教えるのも面倒くさいからな。今日は心寧に頼まれて来ただけだ」

「刀祢の言う通りだな。俺達だって暇じゃない。遊びで剣術をやっている者にも興味はないしな。今回はなかったことということで帰ってもいいか?」


 刀祢と直哉が五十嵐のことなど相手にしていないように、自分達は帰ると言い出す。


「俺達だって、真剣に剣道に打ち込んでいる。今日はたまたま息抜きをしていただけだ。バカにするな」

「チャンバラしていて、真剣に稽古してるって。剣道はそんなに簡単なスポーツなのか?」

「お前達に何がわかる。俺達だって真剣に稽古してる時もあるんだ。今は息抜きをしていただけだ」


 こういう類の相手は、少し挑発するとすぐに乗ってくる。刀祢と直哉の思う壺である。五十嵐は顔を真っ赤にして怒っている。


「どれだけお前達が強いか、部長の俺と、副部長の新浜(ニイハマ)が試してやる。もし俺達に勝てたら認めてやる。何でも言うことを聞いてやる」

「わかった。試合をしよう。ちょっと準備運動するから待っていてくれ」

「準備運動?」

「準備運動は重要だぞ。よく覚えておけ」


 直哉と刀祢は竹刀を持つと、ゆっくりと竹刀を振って、止めてを繰り返す。

 竹刀と木刀では重さが違う。その微妙な差が剣の乱れを生む。そのことを理解している2人は竹刀をゆっくりと振って、重さを確かめ、竹刀を止めることで、竹刀がブレないかを確かめて、身体に馴染ませていく。

 その間、五十嵐と新浜は竹刀を持って、大振りに竹刀を振り回して身体を温めている。刀祢達から見れば、構えも体重移動もバラバラで素人にしか見えない。

 直哉が小さな声で呟く。


「刀祢、本当にこんな奴らと試合する意味があるのか?」

「心寧に頼まれているからな。約束は果たしたほうが良いだろう」


 刀祢と直哉は竹刀が体に馴染んできた所で、両腕を小さく折りたたんで、適度な筋力で、竹刀を振る。そして段々と竹刀を振るスピードを上げていく。

 竹刀を振る度に「ヒューン」という風切り音が聞こえるようになる。体が温まり、準備ができたところで刀祢が五十嵐達に声をかける。


「おまたせ! 準備ができた! さあ、試合をやろうか!」