きみとずっと、この空を眺めていたい ~さくら坂の縁結び~

 言葉の意味は理解できるけれど、状況が理解できない。
 だって、そんなはずない。
 侑希はずっと誰かが好きだったじゃない。
憎らしいくらい純粋に、誰かさんを想っていたじゃない。

「俺が好きなのは雫だよ。もう……ずっと前から」

 困ったように侑希は首を傾げる。

「嘘なんだ、彼女がいたなんて。雫に迷惑がかかるのが嫌で、あんなこと言った。それで、本当のことを言い出すタイミングを見失っちゃって──」
「嘘……?」

 その口から紡がれる言葉は、信じられないことばかりだった。私は只々侑希を見つめことしかできなかった。

「だから……」

 すっと息を吸った侑希が片手を差し出した。

「雫。俺と付き合ってくれませんか? 幼なじみじゃなくて、彼女として」

 色々な感情が溢れてきて、頬を熱いものが伝う。
 今日は絶対に流さないと誓ったはずの涙は、予想だにしていなかった嬉し涙だった。

 すっかりと暗くなった川沿いの向こうが不意に明るくなる。空に一筋の光が打ち上がり、大輪の花を咲かせた。

 ドーンという音と共に、わあっと歓声が聞こえた。

   ◇ ◇ ◇

 夏帆ちゃんがようやく戻ってきたとき、私は驚きを隠せなかった。なぜなら、夏帆ちゃんはにこにこの笑顔で松本くんと一緒に戻ってきたのだ。皆がグルだったなんて!

「ええー! じゃあ、最初からそのつもりで誘ってきていたの?」
「ごめん、ごめん!」

 舌をペロッと出してごめんねのポーズをする夏帆ちゃんを、私は半ば呆れ顔で見返した。
 今日の花火大会について侑希から相談を受けた松本くんが彼女である夏帆ちゃんに相談し、夏帆ちゃんが二人で出掛けようと私を誘い出すように最初から計画を練っていたらしい。私はそのことに全く気が付いていなかった。

「いやー、駄目だったら無茶苦茶気まずいけど、倉沢くんと雫ちゃんなら絶対に大丈夫ってわかっていたから。だって、雫ちゃんの好みの人は『優しくて、格好よくて、頭がいい人』でしょ? 倉沢くんそのまんま」

 夏帆ちゃんはいつか私が言った言葉を引用すると、悪びれることなく、あっけらかんと笑う。そして、こちらを向いて嬉しそうに目を細めた。

「雫ちゃん。改めておめでとう」
「……うん。ありがとう」

 いつから夏帆ちゃんは私の気持ちに気が付いていたのだろうと思い、頬が赤らむのを感じる。侑希は松本くんに「よかったなー」と肩を組まれて祝福されていた。

「さ、花火はこれから本番だよ。見ようよ」

 夏帆ちゃんが手招きしたのを合図に、私や侑希もレジャーシートに座る。自然と夏帆ちゃんの隣に松本くんが座ったので、私と侑希は隣同士になった。今の今で、ちょっぴり気恥ずかしい。

 チラリと隣を窺い見ると、大空を見上げていた侑希が視線に気が付いてこちらを向く。そして、照れたようにはにかんだ。

 胸が、トクンと跳ねた。そして、じんわりと温かさが広がる、不思議な感覚。
 慌てて上を眺めると、大空にまた赤や黄色の大輪の花が咲く。ドーンと大きな音がした。

 今日見たこの花火を、きっと一生忘れないだろう。そんな、確信めいた予感がした。

 恋は、切なくて、嬉しくて、楽しくて、──そして温かいものだと思った。

    ◇ ◇ ◇

 侑希と付き合い始めて二週間。

 まだまだぎこちない二人だけれど、先日は一緒にショッピングモールに行ってデートをした。たまたま目に付いたショップでお揃いのチャームを買ってスマホに付けると、なんだか胸がこそばゆい。
 次は、デートに人気のテーマパークとカフェに行ってみようねと約束した。

 幼なじみでずっと一緒にいた私達だけれど、こういうところには二人で出かけたことがなかったので、何もかもがとても新鮮。もちろん、図書館での勉強もきちんと続けている。

 この日は通い慣れたさくら坂商店街を二人で訪れていた。そこで会話していた私は、ちょっと信じられない思いで隣にいる侑希を見上げた。

「え? 田中精肉店のメンチカツでしょ?」
「違うよ。風来堂の抹茶白玉」

 侑希は首を傾げて、同じことを繰り返す。

 晴れて侑希と付き合い始めた私は、さくら坂神社のさくらに会って侑希の縁結びの手伝いをしろとお告げを受けたことをカミングアウトした。それを聞いて吃驚(びっくり)した様子の侑希が話したことに、私は本当に驚いた。
 なんと、侑希も同じくさくらに私に勉強を教えろとお告げを受けていたというのだ。

「私達、結局さくら様の手のひらで転がされていたんだね」

 顔を見合わせて、二人で苦笑する。けれど、全く嫌な気持ちはしなかった。

 今日はさくら様にお礼を言いに行こうと二人で話し合って、夏休み中だけれども高校のあるさくら坂駅まで来た。けれど、さくら様へのお供え物を買う段階で、田中精肉店のメンチカツを買うのか、風来堂の抹茶白玉を買うかで議論になったのだ。

 結局、私達は相談して両方とも買っていくことにした。

「私、さくら様にお土産は田中精肉店のメンチカツがいいって言われたよ。ご主人のお父さんが、売り上げアップでお客様とのご縁をお祈りしたら夢にさくら様が立ったんだって」
「俺は風来堂の抹茶白玉をリクエストされたよ。いつもそうしていたし」

 さくら坂を下りながら、困惑したように侑希がそう答える。その表情を見ていた私は、とあることに気付いた。

「いつも? ということは、抹茶白玉を持って何回も行っているってことだよね? ──もしかして、いつも二つ買って一緒に食べていたのって……」
「さくら様だよ。あのときはまだ雫がさくら様を知っているなんて知らなかったから、適当に濁したけど」

 侑希はなんでもないことのように、そう答える。私は、予想外のことに目を丸くした。

「私、てっきり塾の女の子と食べているんだと思った」
「なんで塾の女の子?」
「…………。侑くんの好きな子が、塾の女の子だと思っていたから……。お花見も一緒に来ていたし……」

 それを聞いた侑希は目を見開いた。そして、口元に手を当てて考え込むような仕草をする。
 
「お花見?」
「うん。さくら坂公園に塾の子と二人でいるのを見たの」
「それ、他の奴も一緒だったよ。もしかして、風来堂に行った日に雫が急に落ち込んだのも、花見の日に機嫌が悪かったのも──」
「わー! 余計なことは思い出さないで!!」

 急激な気恥ずかしさが込み上げてきた。
勘違いで無関係な塾の女の子に嫉妬していたら、まさか相手がさくら様だったなんて! それに、塾のみんなで花見に来たのに二人きりだと早とちりするなんて、正直、恥ずかしすぎる。

 侑希は色々と悟ったようでくすくすと笑い、肩を揺らす。こちらを覗き込んだ侑希と目が合うと、手を差し出された。

「雫、手繋いでいい?」
「え!? なんで?」

 突然の提案に、私は戸惑った。学校の近くで手を繋ぐなんて、ちょっぴり恥ずかしい。
 地元の駅でもやっぱり恥ずかしいけど。

「繋ぎたいから」
「恥ずかしいよ」
「嫌?」
「嫌じゃないけど……」

 そう言うと、侑希はとっても嬉しそうに笑った。
 ぎゅっと握られた手が温かい。触れ合った部分から熱が広がり、胸までじんわりと温かくなるような不思議な感覚。

「もうすぐ修学旅行だな」
「うん」

 高校二年生の秋には、修学旅行がある。三泊四日で京都と奈良に行くのだ。
自由班が一緒だといいな。そんな気持ちはすぐに侑希に伝わったようだ。

「一緒に行動できるといいな。班が違くても、一緒に抜けようぜ」

 侑希がこちらを見つめてニヤリと笑う。

「うん」

 いつもは真面目キャラの私だけれど、そんなことも侑希と一緒ならいいかな、と思ってしまう。

「雫、部活はいつまで?」

 侑希がこちらを見つめて聞いてくる。さくら坂高校では高校三年生は完全に受験勉強に集中するため、部活は二年生で引退するのだ。

「さくら祭までだよ。侑くんは?」
「俺は今度の県大会で引退。いいところまで行けますようにって、さくら様にお願いしようかな。中三のときは腕の怪我で最後の試合に出られなかったから、今回は頑張る」
「そっか。私、応援に行くね」
「うん」

 満面に笑みを浮かべる侑希を見て、なんだか可愛いなぁなんて思った。
 
「私はもっとしっかり努力しろって、さくらさまに活を入れられる気がするなあ。このままだと、希望の大学にいけない。頑張らないと」
「雫、秋から塾にも入るんだろ? きっと伸びるよ。それに俺もわからないところがあったら教えるよ。一緒に頑張ろう」
「うん」

 さくら様は、縁とはそれを摑むための努力をした人が繋ぐことができるのだと言った。だから、悔いのないように頑張りたい。

 この一年間の不思議な体験が走馬灯のように脳裏を過る。
 
 願わくは、再来年の春は地元の国立大学で桜を眺めたい。そのときは、隣にきみがいたらいいな、なんて。

 それを教えるのはちょっぴり恥ずかしいから、そのときまで秘密にしておくね。

「さーくーらーさーまー」

 赤い鳥居を抜けて、小さな祠に呼びかける。
 ふわりと空気が揺れて、笑顔を浮かべた綺麗な少女が現れた。


 ◆◆◆


 さくら坂には小さな神社がある。

 道路沿いの建物の陰に埋もれるように、ひっそりと佇むのは鳥居と祠とお賽銭箱だけ。けれど、小さくとも立派な縁結びの神様です。

 もしも近くを訪れたのなら、そこの角を曲がってごらん。
 そうそう、抹茶白玉とメンチカツをお忘れなく!

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