ここに行けば会えることを私は知っていた。

「不機嫌が顔に出ている。」


「すみません…。しかし同期の知り合いだかなんだか知らないですけど、本当はた迷惑な話ですよね。」



愛知県警に勤める鴟擾恭輔(シジョウ キョウスケ)が気難しい顔でたしなめるも、部下の網走(アバシリ)は苦い顔のまま悪態をつく。



「……とにかく聞き込みだ。居なくなってから時間も経っていないし、徒歩ならそう遠くへは行っていないだろう。」


「そうですね。」



管轄外の人探しだったとしても、本部長命令なのだから致し方なかった。





*****





同じ頃、頼り無くもどこかへ向かって歩く無表情の女性がいた。




―――それはただ、逃げているだけ。―――



何も知ろうとせずに護られているだけ、

何も知らずに囚われているだけ。



―――耳を塞いで、目を閉じて。―――



籠の鳥だから、

安全なところで危険が過ぎ去るのを待つ。



卑怯者の、



《私。》



けれどその《私》は一体、



「誰なの?」



小さく呟いた言葉に意味はあるのか、女性自身には分からない。

ただ、孤独とは虚毒になってしまうというのが事実だと感じてしまったから。


だから変えられないなら帰らない、逃げることから逃げてみたのだ。





*****





「鴟擾さんってー、独身ですよねぇ?」


「そうだけど、それがどうかしたの?」



永錵(ナガニエ)警察署交通課の豹童(ヒョウドウ)と先輩である須戎(スガイ)は、取り締まり警ら中にも関わらず呑気に雑談を交わしている。



「いやだってぇ。キャリアでー、イケメンでー、身長高くてー、更には女の影がまぁったく無い、あんなハイスペックが未だに独身なんて。何かあるのかなぁって。」



「忙しいんでしょ、なんてったってキャリア様だし。」


「でもぉ、どんなに忙しくたって、恋する時間っていうのは必ずありますよぅ。」



「まさか、こっち系ってこと?」


「そうじゃなきゃぁ、あたしに振り向かないなんてあり得ないじゃないですかぁ!」



根拠の無い自信は無敵だと誰かが言っていた気がするが、正しくその通りだったと須戎は確信した。



「貴女に振り向こうが振り向かまいが、どっちでもいいんだけど。確かに謎よね、あの鉄仮面。」


「ムッツリって感じでもないしぃー………。あれ?ねぇ、先輩。あの人、何かおかしくないですかぁ?」


「ん?どの人?」



指差す先には、疎らに人が行き交う道の真ん中で空を見上げる女性がいた。





*****





「鴟擾さん!それらしき人物の居所が分かりました。服装で確認も取れています。」


「…!どこだ?」


「それが…、サバサバ系とブリッコ系の二人とミニパトに乗ったらしいです。」



今度は鴟擾が不機嫌になる番だった。





*****






「お疲れちゃ~ん!…って誰だ、その美人ちゃんは?」


「事件の被害者?ってかいい加減、その昭和チックな挨拶止めて下さい。」



永錵警察署 刑事課所属の各務(カガミ)と相棒の潭穆(タンボク)は、須戎と豹童、そしてソファーに座る一人の女性を見やる。



「ううん。警ら中に歩道の真ん中で立ってて、職質しようと思って声かけたんだけど。」


「全然喋らないんですよぉ。身元を確認出来る物も無いし困っちゃってぇー。」



「女豹でも女は落とせないか…。ナイスガイならバシッといけるんじゃないか?」


「あたしは女豹じゃありませんー!残念そうに言わないでくださいぃー!」


「ナイスガイでも無いし。っていうか、ガイじゃないって何回訂正すればいいんですか!?」



各務は名字からあだ名をよく付ける。


自分のことは刑事の鏡とか良く言うが、他人から言わせれば反面教師のお手本。

潭穆に至ってはうどの大木と不名誉極まりなく、あだ名というより親父ギャグの域である。


もはや訂正のくだりが日常化してきている感は否めない。



「とにかく!そんなこんなで、とりあえず保護してきた訳ですよ。あの辺は事故や轢き逃げが多いから。」


「保護なら生安課だよな?なんでここにいるの?」



「俺に会いに来たんだよなぁ~」


「……………………。」



ニッコリ顔を覗き込む各務に驚きもせず、女性は無表情のままだ。



「止めて、くだ、さいっ!もー各務さんの顔はただでさえ強烈なんですから、ドアップはキツイです。」



潭穆は心底嫌そうに各務を引き離す。



「俺の顔は凶器じゃねえ!」


「なにもそこまで言っていないですけど…。」


「きゃはっ!コントみたーい。」



「喜ばない。行ったわよ生安課に。だけど手いっぱいでね、取り敢えず、よ。それに……」



ないしょ話のように声をひそめる。



「今のわたし達の会話を聞いて驚いたり呆れたり全くしないし、ピクリとも表情が変わらないなんてなんか怖くてね。」



怒号や胡散臭いのには慣れているが、こうも無反応だと気味が悪い。



「確かに。各務さんに無反応なのはおかしい。」



「どういう意味だ、それは。俺が」


「須戎と豹童はいるか?」



各務が不満を口にしかけた時、不機嫌全開な鴟擾と見るからに頭をかかえる網走が入ってきた。

「マジでいたし。」


「……………連絡してくる。」



目的を達成したのにも関わらず何故か浮かない顔の網走を残し、鴟擾は女性を一瞥した後部屋を出ていった。



「え、網走、なにあれ?」


「鴟擾さん、わたし達に用があったんじゃないの?」


「いつになく不機嫌でしたけどぉ。」


「おいパシリ、説明しろ。」



「い、いっぺんに言うな!俺だって来たくなかったんだからな!」



鴟擾の態度と矢継ぎ早な質問にヤケクソになりそうなのを何とか堪え、網走は深呼吸して事の経緯を話始めた。



「本部長に呼び出し食らったんだ。本部長の同期の知り合いの娘が、今朝家から居なくなったから探してくれと。それで聞き込みしていたら、ミニパトに乗せられているとこを見たっていう目撃者がいたんだよ。管轄と目撃者の話からあんたら二人だと思って来てみたら案の定だったって訳だ。」


「へー、大変だな。本部長直々にしかも管轄外だなんてさ。」



「お前ほどじゃないさ。俺をパシリ呼ばわりする相方と組まされる方が気の毒だからな。同期として心が痛いよ。」



相方に苦労しているのは自分も同じだが、度合いが違い過ぎるから同情さえする。



「貴方達が来た理由は分かったわ。だけど、いくらなんでも子供じゃあるまいし。探していたのがこの人なら、わざわざ貴方達が探さなくてもよくない?今朝なら尚更。」


「そうですよねぇ。見るからに大人だし、居なくなったの家なら家出の方が可能性としては高いしぃ。」



「ただ居なくなっただけなら本部長も本部長の同期も、ここまでしなかったさ。こちらの女性の名前は淡守紬(アワガミ ツムギ)、旧家のお嬢様だからみんな神経質になっちゃったんだよ。まさかの鴟擾さんまでな。」



「マジで?!」

「大マジ。」



網走の疲れた雰囲気が事実だと物語る。



「でもなんで旧家のお嬢様が家出?しかもこんなあっさり見付かる上に無言な訳?」


「あたしらちょー困ったんですよぉ。」



「それが」

「紬っ!」

「紬。」

「紬さん。」



網走の言葉を遮った上に押し退けながら紬を呼んだのは、少し神経質そうな婦人と厳格そうな紳士、温厚そうな男性の三人。


その後ろでは、鴟擾が硬い表情で居心地が悪そうにいる。



「怪我ない?大丈夫?ま~やつれているんじゃないの?」


「少し落ち着きなさい。みなさん娘が失礼した。果妙、紬、行くぞ。」


「お送りします。」

「結構だ。」



鴟擾の申し出を拒絶するように断り事情説明はおろか自己紹介すらなく、紬を奪い去るかのごとく婦人と紳士は出ていった。



「何なんだあいつら。」


「ちょ、各務さん失礼ですよ、まだ紬さんのお連れの人いるんですから。」



「いえ、こちらこそ無作法で申し訳ありませんでしたね。先程の二人は、紬さんのご両親で淡守晟俟瑯(アワガミ セイシロウ)と淡守果妙(アワガミ ハタエ)、私は礼礁京豊(レイショウ ケイト)と申します。紬さんの婚約者という立場になります。紬さんを見付けていただきましてありがとうございました。後日またお礼に伺わせていただきます。急ぎます故、今日はこれで失礼致します。鴟擾くん、下までいいかな?」



「はい。こちらです。」



礼礁はにこやかな微笑みで、硬い表情のままの鴟擾を連れて出ていった。

「まるで嵐ね。色々聞きたいこと山ほどあるけれど。保護対象もいなくなっちゃったし、これ以上は係長に怒られるから戻るわ。」


「後日報告よろしくですぅ。」



須戎と豹童は後ろ髪を引かれる思いながら警らに戻っていった。



「さてパシリよ、続きを聞こうではないか。」


「もー突っ込まないぞ、俺は突っ込まないぞ!」


「気持ちは分かる、分かるぞ網走。さあ、切り替えて頼む。」



横柄な態度の各務にヒートアップしそうな網走へ深呼吸を促して、潭穆は場を静めにかかる。


手慣れたものだ。



「こほん。まず最初に言っておくと、紬さんには十年前からの記憶がない。」



十年前、何者かに乱暴されて以来、過去の記憶も家族のことも、自分の名前さえも分からなくなってしまった。



「相当ショックだったんだろうな、感情も感じなくなってしまったそうだ。今も療養中らしいんだが、あの通りだ。」


「ご両親があんな態度だったのも今なら頷ける。」




「確かに、そりゃそうなるわな。で?鉄仮面がえらく嫌われているみたいだったが、知り合いか?」


「さあそこまでは……。本部長から聞いたのは、旧家のお嬢様で乱暴されて感情を失っているから注意してくれ。服装に特徴があるからそれで探してくれってだけだったからな。」



確かに鴟擾の態度の豹変ぶりには網走も驚いた。


鉄仮面と揶揄されるだけの表情の変わらなさの定評は普段からあるのだが、動揺と必死さが探している間にかなり見受けられたから。




「でも何なんだあの毛糸。気持ち悪い笑み浮かべやがって。」



「毛糸じゃなくて京豊ですから。優しい感じでよかったじゃないですか。婚約者って言っていましたし、お似合いだと思いますけど。」



「でも俺は好かない。」


「各務さんの好みは聞いていない。」




「まあまあまあ。野生の勘ってことで。………居なくなった理由は分からないし、お礼に来るとも言ってました、け・ど。俺達はもう会うこともないだろうし、この件はここまで!俺達も報告書作りますよ。溜まっているんですから。」


「珍しく始末書じゃないんだな。」




「うるさい!俺の始末書はな、人助けの勲章なんだよ。」


「どこがですか。単に被害を拡大させているだけじゃないですか。」


「子供にはヒーローだって人気なんだぞ。」


「そう自慢するなら子供にリスペクトされるような大人になってください。」



「そんなのなくったって俺は俺でいいんだよ、なんてったって俺の人生なんだから。」


「各務さんだけの人生じゃなくなっているんですよ。組まされている俺も始末書なんですからね!」



「じゃお前も勲章たくさんあるじゃねぇか。良かったな。」


「良くないですよ!」






「……ああ、………………帰ろう。」



自分のあるべき場所へ。




敬意を払って貰える人物になりたいと、常々思っているのだがなかなかそうはいかない。


ただ、こうだけはなりたくないと思う人物ならたくさんいるんだがな、などと同期の苦労を哀れみつつ網走は本庁へと戻った。





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