日曜日、僕は待ち合わせ場所である駅前にいた。
女の子と生まれての待ち合わせだった。まあ練習だけど。
彼女は青いワンピース姿でひょこんと僕の目の前に現れた。
その姿はいつもの学校の制服とは全く印象が違うもので、一瞬誰だか分からなかったほどだ。青がとても似合っていて、率直に可愛いと思ってしまった。
「さあ。今日はデートの練習始めようか。どこ行く? なんかリクエストある?」
「あの・・・鈴鹿さんが行きたいところでいいよ」
男として情けない答えだった。でも僕にデートをエスコートをする技量は無かった。
「んーそうだな。お魚とか見たいかな」
「え? 魚・・・魚市場とか?」
彼女はきょとんとして僕を見た。
「ごめん、今、笑うところ?」
彼女はまたケラケラと笑い出した。
「やっぱり君、おもしろいよ」
ここのショッピングセンターには水族館が併設されており、僕たちはそこに行くことになった。水族館なんて小学校の遠足以来だ。
数年ぶりに入る水族館は、小学校の時に入ったイメージとかなり変わっていた。何よりも、みんなおしゃれに作ってある。
「水族館はデートコースの定番だから。嫌いな女の子はいないよ。憶えといて」
僕は女の子と二人で歩くだけでも緊張でいっぱいいっぱいだった。
歩き方もぎこちないのが自分でも分かった。
館内には色鮮やかな熱帯魚や珍しい深海魚が多くおり、普段なら落ち着いて楽しめそうなところだが、今の自分にはそんな気持ちの余裕は無かった。
「ねえ、見て見て。クラゲだって。綺麗だね!」
彼女が目を輝かせる。
確かに綺麗だ。そもそも水族館にクラゲがいること自体が意外だった。
クラゲって気持ち悪いイメージがあったのだがこんなに綺麗だったとは驚いた。
「本当、綺麗だね。クラゲってなんかのんびりしていて羨ましいな」
「どういう意味?」
何も考えずに言ったセリフに突っ込まれた僕は言葉に詰まった。
「いや・・・なんか何も考えずボーっと浮いているだけみたいな感じがするから」
「クラゲはクラゲでいろいろと悩みがあるかもよ、きっと・・・」
彼女はさらりと笑いながら言った。
確かにそうだ。そう、見た目で判断するのは僕の嫌いなことだった。彼女のさりげない大人のツッコミは僕の心に突き刺さった。
「わー見て見て! ペンギンさんだよ。かっわいー!」
彼女の目がさらに輝き出す。
「私ね、ペンギンって大好きなんだ」
「へえ、どうして?」
「ペンギンってさ、鳥なのに飛べないでしょ。だけどその分パタパタッと一所懸命に動いて、がんばってるーって感じがして、そこがすっごく可愛いくて好きなの」
「ダチョウや鶏も飛べないし、その分がんばって動いてるよね? やっぱり可愛いかな?」
「なんか君とは話が合わない気がしてきたよ」
僕の回答が気に食わなかったのか、彼女は僕を横目で睨んだ。
「だから言ったでしょ。僕と話してもつまんないって」
何を威張っているのか、僕は妙に開き直ったように答えた。やっぱり僕には女の子と洒落た会話は無理のようだ。
「わー見て見て可愛い! 何だろう、この小さい魚さん」
「ああ、これはシラスだね」
「え? シラスう? じゃあ、これがちりめんじゃこになるの?」
「鈴鹿さんは発想のポイントがユニークだね・・・」
僕は褒めたつもりだったのだが、彼女には皮肉に聞こえたのだろうか、横眼で睨まれた。
「あ、本当だ。ここに書いてある。シラスがイワシになるまでって・・・ええ? シラスって大きくなるとイワシになるのお???」
「知らなかったの?」
「知らなかったよ。びっくりだあ。ブリとハマチが一緒くらいは知ってるけどさ。いやあ、長生きするもんだね」
まだ高校生だろう、と突っ込もうと思ったが、また睨まれそうなので言うのを止めた。
「ちなみにブロッコリーとカリフラワーが同じ植物だって知ってる?」
彼女の大きい目がさらに大きく開いた。
「うそおー・・・・・知らない・・・かった」
「おたまじゃくしが大きくなるとカエルになるのは知ってる?」
「ひょっとしてバカにしてる、私のこと・・・」
彼女の顔がちょっと怒った顔になる。
そうか。これは言ってはいけなかったのか。女の子とのコミュニケーションが極端に少ない僕は、会話の塩梅が掴めない。
僕たちは水族館を出たあと、ショッピングモール内をぶらぶらと歩きながらまわった。
彼女はある雑貨ショップに興味が湧いたようで、僕の手を引っ張り店の中に入った。
「見て見て! この日記帳可愛いと思わない? これ買っちゃおっかな」
彼女が見つけたのは花柄でベルト式の鍵が付いた日記帳だった。
「鈴鹿さん、日記つけてるんだ」
「ううん。私、文章書くの苦手だから」
彼女は当たり前のように首を横に振った。
「じゃあ、なんで日記帳なんか買うの?」
「なんでって・・・可愛いからだよ」
「そういう・・・もんなの?」
「そういうもんだよ。女の子の買い物なんて」
「ふーん・・・そういうもんなんだ・・・」
理解し難い女の子の買い物感覚に対し、僕は違和感よりも新鮮さを感じた。
買い物をしたあと、僕たちはまたショッピングモール内をぶらついた。午後になると、家族連れやカップルで徐々に人が増えて賑わってきた。
「なんか喉乾かない? 喋りすぎたせいかな。何か飲んでいこうよ」
僕はすぐ賛成した。確かに喉がカラカラだった。僕の場合は喋ることより緊張が主な原因だったかもしれないが。
僕たちはショッピングセンター内にあるアメリカンスタイルのカフェに入った。
僕は無難にアイスコーヒーを注文する。
彼女は小慣れたようにナントカという長いカタカナ文字の飲み物を注文していた。詳細は分からないが女子向けの甘い飲み物だということは名前から推測できた。
品物を受け取ると、店の奥に入って席を探す。
店内は買い物客がちょうど休憩に入るタイミングのようで混み合っていたが、運よく窓際のカウンター席がふたつ空いていたので僕たちはそこに並んで座った。
女の子と横並びで座ってお茶を飲むなんてことは生まれて初めてのことだったので、僕は舞い上がっていた。
テーブルに向かい合って座るのとは全く距離感が違った。横を向くと彼女の吐息さえ感じられる。彼女に心臓の鼓動が漏れないように精一杯平然を装おうとしたが、多分駄目だったかもしれない。
――何か話さないと・・・。
そう思えば思うほど焦って気持ちが空回りする。何を話せばいいのやら、僕の頭の中は全然まとまらない。すると彼女のほうから質問をしてきてくれた 。
「君さ、交換日記ってしたことある?」
「あの・・・『女の子と』って意味かな?」
「ごめん! 男子とならあるの?」
元々大きい彼女の目がさらに大きくなり、疑うような顔で僕を見つめた。
「ああ、いや。どっちも無いよ。女の子と付き合ったことも無いのに。あの・・・鈴鹿さんは?」
「よかった。君、そっちの方面の人かと思ったよ。うん。私も交換日記は無いかな。私あんまり文章力無いし。本当は文章を書くより絵を描くほうが好きなんだけど。でもね、好きな男の子と交換日記って昔から憧れてたんだ」
「今時、交換日記なんてする人なんていないんじゃないの? 僕らの両親の時代ならけっこうあったみたいだけど・・・今はラインとかメールがあるし」
「んもう、分かってないなあ。自分の字で心を込めて書くから気持ちが伝わるってもんなの。それに日記帳なら紙に書くから言葉がずっと残るでしょう?」
「気持ちだけが伝われば、わざわざ言葉を字にしなくてもいいんじゃない?」
「女の子はねえ、気持ちだけじゃなく言葉を形にして残したいの」
「そういう・・・もんなの?」
「そういうもんだよ」
――そういうもん・・・なんだ。
僕は心の中で呟いた。女の子とまともに話をしたことのない僕にとって、彼女との会話は新鮮なことばかりだった。
女の子と生まれての待ち合わせだった。まあ練習だけど。
彼女は青いワンピース姿でひょこんと僕の目の前に現れた。
その姿はいつもの学校の制服とは全く印象が違うもので、一瞬誰だか分からなかったほどだ。青がとても似合っていて、率直に可愛いと思ってしまった。
「さあ。今日はデートの練習始めようか。どこ行く? なんかリクエストある?」
「あの・・・鈴鹿さんが行きたいところでいいよ」
男として情けない答えだった。でも僕にデートをエスコートをする技量は無かった。
「んーそうだな。お魚とか見たいかな」
「え? 魚・・・魚市場とか?」
彼女はきょとんとして僕を見た。
「ごめん、今、笑うところ?」
彼女はまたケラケラと笑い出した。
「やっぱり君、おもしろいよ」
ここのショッピングセンターには水族館が併設されており、僕たちはそこに行くことになった。水族館なんて小学校の遠足以来だ。
数年ぶりに入る水族館は、小学校の時に入ったイメージとかなり変わっていた。何よりも、みんなおしゃれに作ってある。
「水族館はデートコースの定番だから。嫌いな女の子はいないよ。憶えといて」
僕は女の子と二人で歩くだけでも緊張でいっぱいいっぱいだった。
歩き方もぎこちないのが自分でも分かった。
館内には色鮮やかな熱帯魚や珍しい深海魚が多くおり、普段なら落ち着いて楽しめそうなところだが、今の自分にはそんな気持ちの余裕は無かった。
「ねえ、見て見て。クラゲだって。綺麗だね!」
彼女が目を輝かせる。
確かに綺麗だ。そもそも水族館にクラゲがいること自体が意外だった。
クラゲって気持ち悪いイメージがあったのだがこんなに綺麗だったとは驚いた。
「本当、綺麗だね。クラゲってなんかのんびりしていて羨ましいな」
「どういう意味?」
何も考えずに言ったセリフに突っ込まれた僕は言葉に詰まった。
「いや・・・なんか何も考えずボーっと浮いているだけみたいな感じがするから」
「クラゲはクラゲでいろいろと悩みがあるかもよ、きっと・・・」
彼女はさらりと笑いながら言った。
確かにそうだ。そう、見た目で判断するのは僕の嫌いなことだった。彼女のさりげない大人のツッコミは僕の心に突き刺さった。
「わー見て見て! ペンギンさんだよ。かっわいー!」
彼女の目がさらに輝き出す。
「私ね、ペンギンって大好きなんだ」
「へえ、どうして?」
「ペンギンってさ、鳥なのに飛べないでしょ。だけどその分パタパタッと一所懸命に動いて、がんばってるーって感じがして、そこがすっごく可愛いくて好きなの」
「ダチョウや鶏も飛べないし、その分がんばって動いてるよね? やっぱり可愛いかな?」
「なんか君とは話が合わない気がしてきたよ」
僕の回答が気に食わなかったのか、彼女は僕を横目で睨んだ。
「だから言ったでしょ。僕と話してもつまんないって」
何を威張っているのか、僕は妙に開き直ったように答えた。やっぱり僕には女の子と洒落た会話は無理のようだ。
「わー見て見て可愛い! 何だろう、この小さい魚さん」
「ああ、これはシラスだね」
「え? シラスう? じゃあ、これがちりめんじゃこになるの?」
「鈴鹿さんは発想のポイントがユニークだね・・・」
僕は褒めたつもりだったのだが、彼女には皮肉に聞こえたのだろうか、横眼で睨まれた。
「あ、本当だ。ここに書いてある。シラスがイワシになるまでって・・・ええ? シラスって大きくなるとイワシになるのお???」
「知らなかったの?」
「知らなかったよ。びっくりだあ。ブリとハマチが一緒くらいは知ってるけどさ。いやあ、長生きするもんだね」
まだ高校生だろう、と突っ込もうと思ったが、また睨まれそうなので言うのを止めた。
「ちなみにブロッコリーとカリフラワーが同じ植物だって知ってる?」
彼女の大きい目がさらに大きく開いた。
「うそおー・・・・・知らない・・・かった」
「おたまじゃくしが大きくなるとカエルになるのは知ってる?」
「ひょっとしてバカにしてる、私のこと・・・」
彼女の顔がちょっと怒った顔になる。
そうか。これは言ってはいけなかったのか。女の子とのコミュニケーションが極端に少ない僕は、会話の塩梅が掴めない。
僕たちは水族館を出たあと、ショッピングモール内をぶらぶらと歩きながらまわった。
彼女はある雑貨ショップに興味が湧いたようで、僕の手を引っ張り店の中に入った。
「見て見て! この日記帳可愛いと思わない? これ買っちゃおっかな」
彼女が見つけたのは花柄でベルト式の鍵が付いた日記帳だった。
「鈴鹿さん、日記つけてるんだ」
「ううん。私、文章書くの苦手だから」
彼女は当たり前のように首を横に振った。
「じゃあ、なんで日記帳なんか買うの?」
「なんでって・・・可愛いからだよ」
「そういう・・・もんなの?」
「そういうもんだよ。女の子の買い物なんて」
「ふーん・・・そういうもんなんだ・・・」
理解し難い女の子の買い物感覚に対し、僕は違和感よりも新鮮さを感じた。
買い物をしたあと、僕たちはまたショッピングモール内をぶらついた。午後になると、家族連れやカップルで徐々に人が増えて賑わってきた。
「なんか喉乾かない? 喋りすぎたせいかな。何か飲んでいこうよ」
僕はすぐ賛成した。確かに喉がカラカラだった。僕の場合は喋ることより緊張が主な原因だったかもしれないが。
僕たちはショッピングセンター内にあるアメリカンスタイルのカフェに入った。
僕は無難にアイスコーヒーを注文する。
彼女は小慣れたようにナントカという長いカタカナ文字の飲み物を注文していた。詳細は分からないが女子向けの甘い飲み物だということは名前から推測できた。
品物を受け取ると、店の奥に入って席を探す。
店内は買い物客がちょうど休憩に入るタイミングのようで混み合っていたが、運よく窓際のカウンター席がふたつ空いていたので僕たちはそこに並んで座った。
女の子と横並びで座ってお茶を飲むなんてことは生まれて初めてのことだったので、僕は舞い上がっていた。
テーブルに向かい合って座るのとは全く距離感が違った。横を向くと彼女の吐息さえ感じられる。彼女に心臓の鼓動が漏れないように精一杯平然を装おうとしたが、多分駄目だったかもしれない。
――何か話さないと・・・。
そう思えば思うほど焦って気持ちが空回りする。何を話せばいいのやら、僕の頭の中は全然まとまらない。すると彼女のほうから質問をしてきてくれた 。
「君さ、交換日記ってしたことある?」
「あの・・・『女の子と』って意味かな?」
「ごめん! 男子とならあるの?」
元々大きい彼女の目がさらに大きくなり、疑うような顔で僕を見つめた。
「ああ、いや。どっちも無いよ。女の子と付き合ったことも無いのに。あの・・・鈴鹿さんは?」
「よかった。君、そっちの方面の人かと思ったよ。うん。私も交換日記は無いかな。私あんまり文章力無いし。本当は文章を書くより絵を描くほうが好きなんだけど。でもね、好きな男の子と交換日記って昔から憧れてたんだ」
「今時、交換日記なんてする人なんていないんじゃないの? 僕らの両親の時代ならけっこうあったみたいだけど・・・今はラインとかメールがあるし」
「んもう、分かってないなあ。自分の字で心を込めて書くから気持ちが伝わるってもんなの。それに日記帳なら紙に書くから言葉がずっと残るでしょう?」
「気持ちだけが伝われば、わざわざ言葉を字にしなくてもいいんじゃない?」
「女の子はねえ、気持ちだけじゃなく言葉を形にして残したいの」
「そういう・・・もんなの?」
「そういうもんだよ」
――そういうもん・・・なんだ。
僕は心の中で呟いた。女の子とまともに話をしたことのない僕にとって、彼女との会話は新鮮なことばかりだった。