廊下を歩いていると、前方から男子生徒がこちらに向かって歩いてきた。僕と同じライン上を歩いている。このまま行くとぶつかってしまいそうだったので僕は右側に避けるように歩いた。すると、その男子も僕と同じ方向に向かってきた。
そして、その男子は僕の行く手を塞ぐように目の前で立ち止まった。
 ――何? 僕、何かした? 別にガン見とかしてないし・・・。
僕は下に向けていた自分の目線を恐る恐るその男子の顔に向けた。
「あの君さ、鈴鹿のこと、好きなの?」
――え?
あまりにも唐突な質問に僕の頭は固まった。

クラスメートではなかった。けっこうイケメンで、活発そうな・・・そう僕とは真逆のいわゆる『アクティブタイプ』の男子だ。いかにも遊んでそうな感じだ。
 ――あれ? でも、どこかで見たことが・・・。
そして思い出した。そうだ。この前、中央公園の遊歩道で彼女と一緒に歩いてた男子生徒だ。
さっきまで浮かれていた僕の体は頭から冷や水を浴びせられたように急激に冷めていった。

僕はショックを受けると同時に『まずいな』と思った。
「君、最近ちょこちょこ屋上で咲季と二人で会ってるよね?」
今度は予想された内容のセリフだった。しかも彼女の名前を呼び捨てにしている。 
やっぱり彼氏だったようだ。さっきも見られていたんだろう。僕に文句を言いに来たのだろうか。 
でも僕は彼女に対し、何をしたわけでもないからやましくはない。しかし、言い訳を考えようにも何も言葉が出てこない。
僕がビクビクしながら黙っていると、男子生徒のほうから驚きの言葉が出る。
「かわいそうだから教えといてやるよ。あいつには気をつけな」
 ――え?
想定外の言葉に僕の口はぽっかり開いた。

「あいつ、どんな男にもホイホイついていくタイプで、とっかえひっかえ男と遊んでるから。中学の時もかなりグレてて一年留年してるって噂もあるし。お前、純情そうだから本気になって傷付きでもしたらかわいそうだから、教えといてやろうと思ってさ」
――男と遊んでる? グレてて留年? 彼女が・・・そんな・・・。
僕は愕然とした。
この彼は彼女と付き合ってるんじゃなかったのか・・・。

「いや、僕は別に、そういうつもりは・・・」
僕はそう答えるのが精一杯だった。。
そうなんだ。僕は彼女と付き合っているというわけではないし。
「そうか。ならいいんだけどさ。ま、そういうことだから気をつけな。じゃあな!」
そう言い残し、彼は去っていった。彼の言葉は、恋愛に脆弱な僕を落ち込ませるには十分なものだった。

確かに、彼女については男遊びが多いという噂を聞いたことがあった。
でも、僕はそれをずっと無意識に否定していた。
そもそも、あんな可愛い子が僕を好きになるはずもなかった。それによく考えたら、彼女から好きと言われたこともないし、当然付き合っているわけでもない。
僕はさっきまで浮かれていた自分にだんだんと腹が立ってきた。

―――付き合う? 
そもそも僕は女の子と付き合ったことが無いので、どこまでが友達で、どこからが付き合うっていうことなのか線引きすら分かっていなかった。
確かに彼女の近くにはいつも多くの男子がいた。さっきの彼とも遊びのつもりで付き合ってるのか。もしかしたら本命の彼氏が別にいるのかもしれない。
―――じゃあ、彼女はどういうつもりで僕を誘ったんだろう?
本当に僕を応援するためのデートの練習なのか。でも、そもそも何で僕を応援してくれるのかが分からない。
やっぱり僕がめずらしいタイプなので興味本位の暇つぶしなのだろうか。
次々といろいろな考えが僕の頭の中を走馬灯のようにぐるぐる回っていた。
そして胸が苦しくなっていくのが分かった。
なぜだろう? 
こうなることが嫌だったから、僕は今まで無意識に女の子を避けていたのかもしれない。
そうだった。僕は思い出した。そうやって僕は自分が傷付かないようにひっそり生きてきたんだ。

急に日曜日が気重になった。
でも行かないわけにはいかない。約束は約束だから。
僕は気持ちがどん底の状態で初めてのデート(練習?だけど)に臨むことになった。