「やあ、真面目くん・・じゃなくって名倉くんだったね」
――あれ?
びっくりしたのは言うまでもない。
昼休みの屋上の給水塔に久しぶりに現れた彼女は、前に逢った時と同じ眩しい笑顔をしていた。
三月に入ってもまだ寒い日が続いていた。でもこの日は風も弱く、とても暖かく感じられる晴れた日だった。
僕の気持ちは、前より複雑だった。彼女に彼氏がいることが分かったため、もう変な期待を抱かないように忘れようと決めたばかりだった。
彼女はどういうつもりなのかと僕は悩んだ。
僕をからかっているのだろうか。もしくは暇つぶしか。それならば、はっきり言って迷惑な話だった。
「あっ、もしかして私がいたら迷惑? 一人でのんびりしていたいのかな?」
「あ、いやごめんね。別に・・・」
迷惑っぽさが顔に出てしまっていたのだろうか。焦った僕は慌てて否定した。
「本当? よかった」
彼女から笑いがこぼれる。
僕は本当に優柔不断だ、何に対しても。でも、また会えて嬉しいという気持ちはもちろんあった。
ただ、彼氏がいる彼女がどういうつもりで僕に話し掛けてくるのかが理解できず、中途半端なモヤモヤ感は拭えなかった。
「鈴鹿さんって、なんかいつも笑ってるね」
僕はめずらしく自分から声を掛けた。
「そう? 何、いつもヘラヘラしてるって意味? それってひどくない」
「あっ、ごめんね。そういう意味じゃないよ」
「ふふっ、そんなに慌てて謝んなくていいよ。別に怒ってないし」
彼女はくすっと小さく笑った。
僕は女の子とこういう会話のやりとりが苦手だった。洒落た言葉が出てこない。
「君はいつも笑ってない・・・っていうよりいつも無表情だよね。もっと笑ったら?」
「意味も無く笑えないよ・・・」
「笑うとね、病気が逃げていくんだって」
「じゃあ、僕はあまり先が長くなさそうだ・・・」
「何それ? 笑うところ?」
彼女はまた笑い出した。
今のっておもしろかったのだろうか。それとも、あまりにもつまらないので笑ってるのだろうか。僕にはそれすら理解できなかった。笑いの感覚が人とズレているのだろう。
でも、彼女もそんな無邪気な笑顔は僕の心を不思議に心地よい気持ちにしてくれた。
「この前も話したけどさ、永遠に生きられたらいいって思ったことない?」
また彼女の突拍子もない質問攻勢が始まった。
「さあ。でも永遠に生きられないって分かってるから、みんな懸命に生きるんじゃないかな?」
僕は何を偉そうなことを言っているのだろうか。僕自身が懸命に生きているって言える人間とは程遠いのに。そう思いながら心の中で失笑した。
「この前も話したけどさ、永遠に生きられたらいいって思ったことない?」
また彼女の突拍子もない質問が始まった。
「ううん。まあ無くはないかな。でも永遠に生きられないって分かってるから、みんな懸命に生きるんじゃないかな?」
僕は何を偉そうなことを言っているのだろうか。
懸命に生きている人間とは程遠い僕は自嘲した。
「なるほどね。ねえ、君は将来何かになりたいとか、もう考えてたりする?」
――何でそんなのこと訊くんだろ?
「別に・・・まだ将来のことなんて考えてないよ」
――嘘だった。僕は中学にころから趣味で小説を書いていて、将来は小説家になりたいという夢があった。でもそんな大それたこと他人(ひと)にはとても言えない。
「あのさ、もしかして、漫画家とか、小説家とかじゃない?」
――え
僕はあっけにとられた。そんなこと誰にも言ったことないのに・・・。
「よく・・・分かるね・・・」
「アハ、やっぱりねぇ。君みたいなタイプはそうじゃないかなって思ったんだ」
「実は僕、中学のことからずっと小説を書いてるんだ。まだ子供の作文みたいなもんだけどね。大人になってもずっと書いていきたいと思ってる。まあ小説家って本格的なものは無理だと思うけど、まあ夢っていうか憧れって感じかな」
「小説家かあ。どうして作家になりたいの?」
「物語ってさ、読んだ人を冒険の世界や恋愛の世界、未来の世界、いろんな世界に連れてってくれるでしょ。今までに何度も僕を勇気づけたり感動させてくれた。僕も将来そんなふうに大勢の人を楽しませる物語を書いてみたいんだ」
彼女は黙って微笑みながら僕の顔を見つめていた。
僕はハッとなった。
――僕、何を言ってるんだろう・・・。
こんなこと他人に喋ったのは初めてだった。ましてや女の子に。
「ごめん。つまんないこと言ったね」
彼女は黙ったままゆっくり横に首を振った
「いいと思うよ、すごく」
会話が止まって、しばらく沈黙になる。
「名倉くんってさ、本当に真面目・・・っていうかすごい正直だよね。お世辞やおべっかも使わないし」
「使わないんじゃなくて使えないんだ。人を持ち上げたり、合わせるのが得意じゃない。人付き合いが上手い人って、基本的に頭の回転が速いんだと思うんだ。その場その場の会話の中で、臨機応変に的確な言葉を選んで交わすことができる。これってすごいことだと思う。僕はそういうところの頭の回転の速さが無いんだ。そんなふうにできればいいなとは昔から思ってるんだけどね」
「いいんじゃない、今のままの君で」
「え?」
彼女はさらりと言った。どうしてだろう。彼女から出てくる言葉は、なぜか僕の心に深く染みてきた。
「そういえばさ、名倉くんは、彼女とかいるの?」
――え?
思いがけない質問に僕は戸惑った。
どういう意味で言っているのだろう。
「いないよ。いるわけないよ」
僕は素っ気なく答えた。実際にいなかったのは事実だし、気の利いた答えも思い浮かばなかったから。
「作らないの?」
彼女は気やすい感じで僕の隣にチョコンと腰かけた。
「いればいいとは思うよ。でも彼女って、作りたいと思って作れるもんでもないでしょ」
「でもデートくらいしたことあるでしょ?」
「・・・ないよ」
僕の言い方がちょっとつっけんどんになった。
「したいとか、思わないの?」
「そりゃあ、できれば楽しいと思うけど・・・」
本当にどういうつもりで言ってるんだうか。やっぱり僕をからかってるんだろうか。彼女のペースの質問に僕は戸惑っていた。
「女の子を誘う勇気なんて僕には無いんだよ。誘って断られたらどうしよう、とかすぐ考えちゃうし。大体、僕とデートしたい子なんていないしね。仮に僕なんかとデートしてもつまんないと思うよ。おもしろい話とか全然できないし」
「君、自己否定すごいね。それじゃ、できるものもできないよ」
「別にいいよ。僕に彼女なんかできないよ。かっこよくないし、おもしろいことは言えない」
「自分で決めつけなくていいんじゃない?」
「自分のことは自分が一番分かってるよ。それに僕は女の子の前だと全然喋れなくなっちゃうんだ」
「自分のことを一番分かるのって、本当に自分なのかな? その人のいいところって、他人のほうが分かるってこともあると思うよ。それに今だってほら、喋ってんじゃん。私としっかり」
―――あれ? 本当だ。
僕は女の子と普通に喋っている自分に今更ながらびっくりしていた。
「でもさ、クラスに好きな女の子くらい、いるんでしょ?」
彼女はストレートにグイグイ攻めてきたが、僕は答えに困った。
「まあ・・・気になってる子くらいは・・・」
僕は嘘をついた。半分だけだが。
確かに気になっている女の子はいた。でもその子はクラスメートではなかったから。
「なんだあ、いるんじゃん! その子に告白とかした?」
「いや、僕にはそんな度胸は無いよ。何を話したらいいかも分からない」
「分かった! 君に足りないのは経験と自信だよ。よし、じゃあ練習してみようよ」
「練習?・・・」
「うん。まずはデートしよう」
「何? デートって?」
「デート知らないの? 男の子と女の子が一緒に映画行ったり、買い物したりするの」
やっぱり僕をからかっているようだ。
「ごめん。ひょっとして僕のことバカにしてる?」
僕はちょっとムッとした顔になる。しかし、彼女は全く悪気が無さそうにきょとんとしていた。からかっているわけではない。これらはどうも本気で言っているようだ。
「あのデートって・・・いつ? 誰と?」
「今度の日曜日に・・・」
そう言いながら彼女は自分の顔を指さした。
「はあ?」
「だからあ、女の子と付き合う練習だって! きっと役にたつよ。じゃあ・・どこにしよっか?」
「あの・・・ごめんね、ちょっと待って。何が?」
「もう! 何がじゃないよお。待ち合わせの場所だよ! マルチ前でいいね」
彼女はだんだんとイライラした口ぶりになってくる。いつの間にか僕が悪いような雰囲気になっていた。
「あの・・・ごめん。突然言われてもさ、僕にもつごう・・・」
「何時にする?」
「あの・・・何の・・・時間?」
「もう! 何のじゃないよお。待ち合わせの時間に決まってるじゃん!」
僕はもう何も言えない雰囲気になっていた。
「九時じゃちょっと早いか。十時でいいね」
「・・・・・・」
「どこ行こうか? シティパークとかがいいかな?」
「・・・・・・」
「君さあ、ずっと黙ってるけど、私の話、聞いてる?」
―――それ僕のセリフ・・・。
そう言いたかったけど言えなかった。
「日曜日、晴れるといいね!」
彼女は僕の話を全く聞いていないようだった。
昼休み終了の鐘が鳴った。
「あ。昼休み終わっちゃう。じゃあね。日曜日サボるなよ」
そう言うと、彼女は足早に階段を降りていった。
何だったのだろう、今のは。気がつくと、全てが勝手に決められていた。まるで台風が去っていったあとのような感覚で僕は一人でたたずんでいた。
彼女はいつもあんな感じでマイペースなのだろうか。あの自分勝手さはB型に違いない、そう確信した。
大体、デートを『サボる』という表現は聞いたことがない。それを言うなら『すっぽかす』だろう。いや、正式なデートではなく、デートの練習という概念だからサボるという表現を使ったのか? なるほど・・・。
―――いや違う!
僕は何を感心しているんだろう。解決すべく問題はそんなことではないということに気づいた。
―――デート? 彼女と?
女の子と付き合った経験がない僕は、頭の中が錯乱していた。
これってデートに誘われたってことなのだろうか?
物事に対し、いつも期待しない僕が何かを期待していた。心の中がニヤけている。
いや違う。彼女には彼氏がいたんだ。でも、そんな彼女が何で僕にデートの練習なんかを?。
僕の貧弱な恋愛経験から答えを出すことは困難だった。
そんな疑問と格闘しながら僕は午後の授業に出るため教室へと向かった。
――あれ?
びっくりしたのは言うまでもない。
昼休みの屋上の給水塔に久しぶりに現れた彼女は、前に逢った時と同じ眩しい笑顔をしていた。
三月に入ってもまだ寒い日が続いていた。でもこの日は風も弱く、とても暖かく感じられる晴れた日だった。
僕の気持ちは、前より複雑だった。彼女に彼氏がいることが分かったため、もう変な期待を抱かないように忘れようと決めたばかりだった。
彼女はどういうつもりなのかと僕は悩んだ。
僕をからかっているのだろうか。もしくは暇つぶしか。それならば、はっきり言って迷惑な話だった。
「あっ、もしかして私がいたら迷惑? 一人でのんびりしていたいのかな?」
「あ、いやごめんね。別に・・・」
迷惑っぽさが顔に出てしまっていたのだろうか。焦った僕は慌てて否定した。
「本当? よかった」
彼女から笑いがこぼれる。
僕は本当に優柔不断だ、何に対しても。でも、また会えて嬉しいという気持ちはもちろんあった。
ただ、彼氏がいる彼女がどういうつもりで僕に話し掛けてくるのかが理解できず、中途半端なモヤモヤ感は拭えなかった。
「鈴鹿さんって、なんかいつも笑ってるね」
僕はめずらしく自分から声を掛けた。
「そう? 何、いつもヘラヘラしてるって意味? それってひどくない」
「あっ、ごめんね。そういう意味じゃないよ」
「ふふっ、そんなに慌てて謝んなくていいよ。別に怒ってないし」
彼女はくすっと小さく笑った。
僕は女の子とこういう会話のやりとりが苦手だった。洒落た言葉が出てこない。
「君はいつも笑ってない・・・っていうよりいつも無表情だよね。もっと笑ったら?」
「意味も無く笑えないよ・・・」
「笑うとね、病気が逃げていくんだって」
「じゃあ、僕はあまり先が長くなさそうだ・・・」
「何それ? 笑うところ?」
彼女はまた笑い出した。
今のっておもしろかったのだろうか。それとも、あまりにもつまらないので笑ってるのだろうか。僕にはそれすら理解できなかった。笑いの感覚が人とズレているのだろう。
でも、彼女もそんな無邪気な笑顔は僕の心を不思議に心地よい気持ちにしてくれた。
「この前も話したけどさ、永遠に生きられたらいいって思ったことない?」
また彼女の突拍子もない質問攻勢が始まった。
「さあ。でも永遠に生きられないって分かってるから、みんな懸命に生きるんじゃないかな?」
僕は何を偉そうなことを言っているのだろうか。僕自身が懸命に生きているって言える人間とは程遠いのに。そう思いながら心の中で失笑した。
「この前も話したけどさ、永遠に生きられたらいいって思ったことない?」
また彼女の突拍子もない質問が始まった。
「ううん。まあ無くはないかな。でも永遠に生きられないって分かってるから、みんな懸命に生きるんじゃないかな?」
僕は何を偉そうなことを言っているのだろうか。
懸命に生きている人間とは程遠い僕は自嘲した。
「なるほどね。ねえ、君は将来何かになりたいとか、もう考えてたりする?」
――何でそんなのこと訊くんだろ?
「別に・・・まだ将来のことなんて考えてないよ」
――嘘だった。僕は中学にころから趣味で小説を書いていて、将来は小説家になりたいという夢があった。でもそんな大それたこと他人(ひと)にはとても言えない。
「あのさ、もしかして、漫画家とか、小説家とかじゃない?」
――え
僕はあっけにとられた。そんなこと誰にも言ったことないのに・・・。
「よく・・・分かるね・・・」
「アハ、やっぱりねぇ。君みたいなタイプはそうじゃないかなって思ったんだ」
「実は僕、中学のことからずっと小説を書いてるんだ。まだ子供の作文みたいなもんだけどね。大人になってもずっと書いていきたいと思ってる。まあ小説家って本格的なものは無理だと思うけど、まあ夢っていうか憧れって感じかな」
「小説家かあ。どうして作家になりたいの?」
「物語ってさ、読んだ人を冒険の世界や恋愛の世界、未来の世界、いろんな世界に連れてってくれるでしょ。今までに何度も僕を勇気づけたり感動させてくれた。僕も将来そんなふうに大勢の人を楽しませる物語を書いてみたいんだ」
彼女は黙って微笑みながら僕の顔を見つめていた。
僕はハッとなった。
――僕、何を言ってるんだろう・・・。
こんなこと他人に喋ったのは初めてだった。ましてや女の子に。
「ごめん。つまんないこと言ったね」
彼女は黙ったままゆっくり横に首を振った
「いいと思うよ、すごく」
会話が止まって、しばらく沈黙になる。
「名倉くんってさ、本当に真面目・・・っていうかすごい正直だよね。お世辞やおべっかも使わないし」
「使わないんじゃなくて使えないんだ。人を持ち上げたり、合わせるのが得意じゃない。人付き合いが上手い人って、基本的に頭の回転が速いんだと思うんだ。その場その場の会話の中で、臨機応変に的確な言葉を選んで交わすことができる。これってすごいことだと思う。僕はそういうところの頭の回転の速さが無いんだ。そんなふうにできればいいなとは昔から思ってるんだけどね」
「いいんじゃない、今のままの君で」
「え?」
彼女はさらりと言った。どうしてだろう。彼女から出てくる言葉は、なぜか僕の心に深く染みてきた。
「そういえばさ、名倉くんは、彼女とかいるの?」
――え?
思いがけない質問に僕は戸惑った。
どういう意味で言っているのだろう。
「いないよ。いるわけないよ」
僕は素っ気なく答えた。実際にいなかったのは事実だし、気の利いた答えも思い浮かばなかったから。
「作らないの?」
彼女は気やすい感じで僕の隣にチョコンと腰かけた。
「いればいいとは思うよ。でも彼女って、作りたいと思って作れるもんでもないでしょ」
「でもデートくらいしたことあるでしょ?」
「・・・ないよ」
僕の言い方がちょっとつっけんどんになった。
「したいとか、思わないの?」
「そりゃあ、できれば楽しいと思うけど・・・」
本当にどういうつもりで言ってるんだうか。やっぱり僕をからかってるんだろうか。彼女のペースの質問に僕は戸惑っていた。
「女の子を誘う勇気なんて僕には無いんだよ。誘って断られたらどうしよう、とかすぐ考えちゃうし。大体、僕とデートしたい子なんていないしね。仮に僕なんかとデートしてもつまんないと思うよ。おもしろい話とか全然できないし」
「君、自己否定すごいね。それじゃ、できるものもできないよ」
「別にいいよ。僕に彼女なんかできないよ。かっこよくないし、おもしろいことは言えない」
「自分で決めつけなくていいんじゃない?」
「自分のことは自分が一番分かってるよ。それに僕は女の子の前だと全然喋れなくなっちゃうんだ」
「自分のことを一番分かるのって、本当に自分なのかな? その人のいいところって、他人のほうが分かるってこともあると思うよ。それに今だってほら、喋ってんじゃん。私としっかり」
―――あれ? 本当だ。
僕は女の子と普通に喋っている自分に今更ながらびっくりしていた。
「でもさ、クラスに好きな女の子くらい、いるんでしょ?」
彼女はストレートにグイグイ攻めてきたが、僕は答えに困った。
「まあ・・・気になってる子くらいは・・・」
僕は嘘をついた。半分だけだが。
確かに気になっている女の子はいた。でもその子はクラスメートではなかったから。
「なんだあ、いるんじゃん! その子に告白とかした?」
「いや、僕にはそんな度胸は無いよ。何を話したらいいかも分からない」
「分かった! 君に足りないのは経験と自信だよ。よし、じゃあ練習してみようよ」
「練習?・・・」
「うん。まずはデートしよう」
「何? デートって?」
「デート知らないの? 男の子と女の子が一緒に映画行ったり、買い物したりするの」
やっぱり僕をからかっているようだ。
「ごめん。ひょっとして僕のことバカにしてる?」
僕はちょっとムッとした顔になる。しかし、彼女は全く悪気が無さそうにきょとんとしていた。からかっているわけではない。これらはどうも本気で言っているようだ。
「あのデートって・・・いつ? 誰と?」
「今度の日曜日に・・・」
そう言いながら彼女は自分の顔を指さした。
「はあ?」
「だからあ、女の子と付き合う練習だって! きっと役にたつよ。じゃあ・・どこにしよっか?」
「あの・・・ごめんね、ちょっと待って。何が?」
「もう! 何がじゃないよお。待ち合わせの場所だよ! マルチ前でいいね」
彼女はだんだんとイライラした口ぶりになってくる。いつの間にか僕が悪いような雰囲気になっていた。
「あの・・・ごめん。突然言われてもさ、僕にもつごう・・・」
「何時にする?」
「あの・・・何の・・・時間?」
「もう! 何のじゃないよお。待ち合わせの時間に決まってるじゃん!」
僕はもう何も言えない雰囲気になっていた。
「九時じゃちょっと早いか。十時でいいね」
「・・・・・・」
「どこ行こうか? シティパークとかがいいかな?」
「・・・・・・」
「君さあ、ずっと黙ってるけど、私の話、聞いてる?」
―――それ僕のセリフ・・・。
そう言いたかったけど言えなかった。
「日曜日、晴れるといいね!」
彼女は僕の話を全く聞いていないようだった。
昼休み終了の鐘が鳴った。
「あ。昼休み終わっちゃう。じゃあね。日曜日サボるなよ」
そう言うと、彼女は足早に階段を降りていった。
何だったのだろう、今のは。気がつくと、全てが勝手に決められていた。まるで台風が去っていったあとのような感覚で僕は一人でたたずんでいた。
彼女はいつもあんな感じでマイペースなのだろうか。あの自分勝手さはB型に違いない、そう確信した。
大体、デートを『サボる』という表現は聞いたことがない。それを言うなら『すっぽかす』だろう。いや、正式なデートではなく、デートの練習という概念だからサボるという表現を使ったのか? なるほど・・・。
―――いや違う!
僕は何を感心しているんだろう。解決すべく問題はそんなことではないということに気づいた。
―――デート? 彼女と?
女の子と付き合った経験がない僕は、頭の中が錯乱していた。
これってデートに誘われたってことなのだろうか?
物事に対し、いつも期待しない僕が何かを期待していた。心の中がニヤけている。
いや違う。彼女には彼氏がいたんだ。でも、そんな彼女が何で僕にデートの練習なんかを?。
僕の貧弱な恋愛経験から答えを出すことは困難だった。
そんな疑問と格闘しながら僕は午後の授業に出るため教室へと向かった。