その日記を読み終えた時、僕は、彼女はもういないんだ、ということを心で理解した。
そして、急に目がかすんで何も見えなくなった。

涙が・・・彼女がいなくなってから初めて涙が流れた。

 ――そうか・・・彼女は、死んだんだ・・・。

心の奥に押し固めていた感情が溶け始めた。一度流れ出した涙は・・・もう止まらなかった。

「何だよ、交換日記って。交換日記だったら君が・・・咲季がもう一回受け取れなかったら意味が無いじゃないか。自分だけ言いたいこと言って・・・」
徐々に視界が歪んでかすれていった。

「僕だって・・・僕だって君に伝えたかったこと、いっぱい、いっぱいあったんだ。
何でいつも勝手なんだよ。本当に君は最期まで・・・」
もう何も抑えらなかった。

僕の中にある想い全てが、涙となり、声となって吐き出された。 
そして心の中は空っぽになった。

空を見上げた。今までモノクロにしか見えなかった空が青く見えた。
とても・・・とても青かった。
色の付いた景色を僕は久しぶりに見たような気がする。雲ひとつ無い真っ青な空だった。

 ――あれ? この真っ青な空、どこかで・・・。

そうだ、彼女と行った海で見た空だ。最初で最後になった一度きりの二人での遠出の思い出だ。
彼女の眩しい笑顔が目に浮かんだ。すると、空っぽになっていた心の奥底に、小さな嬉しさが込み上げてきた。

「届いてた・・・彼女に・・・」

僕の心の中に沈んでいた、ある気持ちがゆっくりと溶かされていくのが分かった。
それは、自分の気持ちを伝えられなかったという悔しい気持ちだった。
「届いてた。僕の気持ちが・・僕の声が・・・届いてた」

彼女はあの日の夜にこれを書いてくれた。
もう最期になるかもしれないということを覚悟しながら。

「ありがとう、咲季」

そう呟いて僕はペンを取った。そして、そのまま彼女の書いた最後のページの隣にペンを置いた。
今書けば、今書けば彼女に届く・・・そんな気がした。僕はペンを走らせた。

 ――届け・・・届け・・・彼女に。
    
◇ ◇ ◇ ◇ ◇

咲季、ありがとう
一度も言葉に出して言えなくてごめんね
僕は咲季が好きだ

人を好きになるすばらしさを教えたのは 
僕じゃないよ
咲季が僕に教えてくれたんだ
ありがとう

僕は咲季が好きだ
人を好きになるすばらしさを教えたのは僕じゃないよ
咲季が僕に教えてくれたんだ

今度は僕のことを書くよ
そう、これ交換日記だもんね

僕は分析大好きなAB型
これは知ってたね
趣味は読書
これも知ってたか
好きな色は青
これは同じだ  
好きな食べ物はカレーライスで
苦手な食べ物は梅干し
笑っちゃうな、これも同じだよ
性格はメチャ内気の人見知り
実はこれも一緒だったんだなんて
びっくりしたよ

今年は咲季とクラスメートだね
もし君が隣の席に来たら、それはうるさそうだ
でも、きっと楽しいだろうな
学校に行くのも、毎日楽しくなるよ

僕も咲季と出逢えてよかった
心からそう思ってる
運命の神様に感謝してる
本当だよ

僕は咲季のどこが好きになったかすぐ言えるよ
僕は君の何よりも眩しい笑顔が大好きだった
でもその笑顔は君の生きていたいという希望だったんだね

命のバトンリレー
僕も君と一緒にしたかった

咲季を好きになって、本当によかった
君にはどんなに感謝してもしきれない

咲季
好きだ
大好きだ
ずっと 大好きだ
・・・・・・・・・・・・・・

・・・もう・・・これ以上書けなかった。
再び視界が大きくかすんで何も見えなくなってしまったから。

「ねえ、どうして人は人を好きになるのかな?」
彼女の声が聞こえた。

とても短い時間だったが、咲季と過ごした日々の思い出がどんどん湧き上がる。
もしかしたら、僕は彼女に最初に出逢った時に、彼女を好きになっていたのかもしれない。誰よりも輝いていた、あの眩しい笑顔に。
そうだ。僕は彼女に出逢ってから、ずっと彼女のことを想っていたような気がする。
僕の心の中にはいつも咲季がいた。そして、今でも彼女は僕の心の中にいる。彼女は僕の中で、生きている。

僕は前を見ながら生きることに決めた。咲季という女の子を好きになった自分を誇りに思いながら、彼女が好きになってくれた僕を誇りに思えるようになるために。
でも、今すぐ自分を誇りに思うのは、まだ難しそうだ。だから将来、自分を誇りに思える自分にきっとなるよ。

――ありがとう、咲季。
心の中でそう呟いた時だ。僕の心の中でまた何かが崩れた。そして視界が大きくかすんだ。決意とは裏腹に涙が滲む。
もう一度、もう一度だけでいい。君に逢いたい。君の笑顔がもう一度見たい・・。
僕は心の中で叫んだ。
そんな願い叶うはずがなかった。そんなこと、分かっていた。
でも僕は叫んだ。何度も、何度も・・・。

携帯のメール受信の振動が響いた。咲季のお母さんからだ。
突然のことに僕は少しびっくりしながらそのメールの開いた。

「ごめんさない。名倉君に渡し忘れたものがもうひとつありました。大切にして下さい」
そのメールには、ひとつの画像ファイルの添付されていた。
―――渡し忘れたものって? 画像ファイル?・・写真?
僕はその添付ファイルをクリックした。
それを開いた瞬間、僕の視界は再び大きく霞んで何も見えなくなった。
そこには澄み切った真っ青な空と大きな青い海が映っていた。そして見慣れない笑顔の僕、そのすぐ隣に彼女の眩しい笑顔があった。

「咲季・・・」
最後に二人で海に行った時、学生のカップルに撮ってもらった写真だった。最初で最後、たった一枚、一緒に撮った写真だ。僕はその画面をそのまま抱きしめた。
咲季。今日だけ、今日だけ思いっきり泣いてもいいかな? 
これを最後にするから・・・。
そう心の中で呟き、僕は泣いた。
思いっきり泣いた。
もう、これが最後だから・・・最後にするから・・・。
そう心の中で叫びながら。