翌日、部屋の東の窓から朝日が強く射し込んでいた。空は雲ひとつ無く、とても青く澄んでいる。
僕の心の中は夕べからモヤモヤした気持ちでいっぱいだった。
そのモヤモヤの正体は分かっていた。
結局、僕は自分の気持ちをはっきりと伝えてることができなかった。
何もできず、何も言ってあげられなかった。
情けなくて仕方なかった。
僕はいつも通りの時間に家を出た。そして、いつも通りの時間のバスに乗る。
バスが学校の前に停車すると、生徒たちがゾロゾロと降車口から降りていく。ブザー音とともにバスの扉が閉まる音がした。でも、僕は動くことなく、そのままバスに乗っていた。病院に向かうためだ。
学校をサボるなんて彼女と海に行った時以来、人生二度目だ。
ただ、その時のようなドキドキする高揚感は全く無い。
ただ彼女に会いたい、手術前に一目だけでいいから会って、自分の気持ちを伝えたい、それだけだった。
病院前でバスを降りた。朝の病院のエントランスホールは診察待ちの人でいっぱいだった。
彼女の病室に着いた。でもそこに彼女の姿は無かった。お母さんの姿も見えない。
――あれ、どこに行ったのかな?
僕は彼女の姿を捜しに病室を飛び出た。
例えようもない不安感が僕を襲った。
待合室を捜したが誰もいない。
すると、長い廊下の向こう側に見覚えのある一人の男性が下を向いて長椅子に座っていた。
この人の顔は忘れない。彼女のお父さんだ。
会うのはあの海へ行った日の病院以来だ。
――あ、まずいな。でも挨拶しないと・・・。
そう思い悩んでいるうちに、お父さんが先に僕に気づいてしまった。
「君は確か・・・なぜ君がここにいるんだ? 学校は?」
お父さんはかなり怒ってるようだった。あたり前だが。
「あの・・・すいません。僕、鈴鹿さんのお見舞いに・・・」
「見舞いって、よくもまあ・・・」
かなりイライラしている様子が伺える。
前に会った時も怒ってはいたが、今日はその時とは明らかに違う雰囲気が漂っていた。
お父さんが今にも怒鳴り出しそうな瞬間だった。ちょうど彼女のお母さんが帰ってきた。
「あなた、やめて! 名倉君は私が呼んで来てもらったの!」
お父さんは訳が分からないというような困惑した顔になり、黙ったまま顔を背けた。
そしてそのまま頭をかかえて長椅子に座り込んだ。
僕はその只ならぬ雰囲気に息を飲んだ。
――何か、あったのかな?
「名倉君、ごめんなさい。咲季、朝から緊急手術することになったの。実はもう手術室に入ってる」
「え、もう? だって手術は午後からじゃ」
あまりにも突然のことに僕は愕然とした。どうやら彼女の容態が予想より早く悪化して、予定を急遽早めたらしい。
「そんなに悪いんですか彼女。大丈夫・・なんですか?」
お母さんはしばらく黙ったまま下を向いていた。その様子から、大丈夫なんてことはないということが容易に想像がついた。
「ごめんさない名倉君。今日は帰ってもらえる。何かあったらすぐに連絡するから」
僕は黙って頷くしかなかった。
――大丈夫。心配ない。心配ないよ。
僕は自分にそう言い聞かせた。
いつも物事を悪い方向にばかり考えている自分だったが、今回だけは大丈夫と信じていた。いや、無理やり信じ込んだ。そう思わないと僕自身の感情を保てなかった。
僕は夕べ彼女に何も言ってあげられなかったことを悔やんだ。
――いや、変なことは考えないようにしよう。
僕は慌てて思いを否定した。
僕はこのまま学校へ行かないでサボってしまおうかとも考えたが、学校から家に連絡が行くと面倒なことになるので学校へは行くことにした。
授業は三時限目から出ることができた。
でも頭はうわの空の状態で、先生の声なんか全く耳に入らなかった。
僕はもう気が気ではなく、何回も携帯の画面を見直した。
四時限目が終わり、昼休みとなる。携帯の画面を見たが、やはり着信は無かった。
――やっぱり病院に戻ろうか。
そう思った時だ。メール着信の振動音が響いた。僕はすぐに携帯の画面を見る。すると彼女のお母さんの名前が表示されていた。
心臓の鼓動が一気に高まった。僕は祈りながらメールを開いた。
『名倉君、連絡遅くなってごめんなさい。咲季の手術は無事に成功しました。本当にありがとう。明日には面会できると思うから、時間が分かったらまた連絡します』
――よかった!
心の中でめいっぱいに叫んだ。
僕の視界は急激に大きく広がり、まわりのものすべてが明るく輝いて見えた。
――よかった! 本当によかった!
心の中で何度も叫んだ。
心なしか風も暖かくなった気がした。
明日、彼女に会ったら真っ先に言葉で伝えよう。言えなかった僕の本当の気持ちを。
家に帰ってからも時間が経つのが異様に長く感じた。
――早く、早く明日になあれ!
僕の心の中は夕べからモヤモヤした気持ちでいっぱいだった。
そのモヤモヤの正体は分かっていた。
結局、僕は自分の気持ちをはっきりと伝えてることができなかった。
何もできず、何も言ってあげられなかった。
情けなくて仕方なかった。
僕はいつも通りの時間に家を出た。そして、いつも通りの時間のバスに乗る。
バスが学校の前に停車すると、生徒たちがゾロゾロと降車口から降りていく。ブザー音とともにバスの扉が閉まる音がした。でも、僕は動くことなく、そのままバスに乗っていた。病院に向かうためだ。
学校をサボるなんて彼女と海に行った時以来、人生二度目だ。
ただ、その時のようなドキドキする高揚感は全く無い。
ただ彼女に会いたい、手術前に一目だけでいいから会って、自分の気持ちを伝えたい、それだけだった。
病院前でバスを降りた。朝の病院のエントランスホールは診察待ちの人でいっぱいだった。
彼女の病室に着いた。でもそこに彼女の姿は無かった。お母さんの姿も見えない。
――あれ、どこに行ったのかな?
僕は彼女の姿を捜しに病室を飛び出た。
例えようもない不安感が僕を襲った。
待合室を捜したが誰もいない。
すると、長い廊下の向こう側に見覚えのある一人の男性が下を向いて長椅子に座っていた。
この人の顔は忘れない。彼女のお父さんだ。
会うのはあの海へ行った日の病院以来だ。
――あ、まずいな。でも挨拶しないと・・・。
そう思い悩んでいるうちに、お父さんが先に僕に気づいてしまった。
「君は確か・・・なぜ君がここにいるんだ? 学校は?」
お父さんはかなり怒ってるようだった。あたり前だが。
「あの・・・すいません。僕、鈴鹿さんのお見舞いに・・・」
「見舞いって、よくもまあ・・・」
かなりイライラしている様子が伺える。
前に会った時も怒ってはいたが、今日はその時とは明らかに違う雰囲気が漂っていた。
お父さんが今にも怒鳴り出しそうな瞬間だった。ちょうど彼女のお母さんが帰ってきた。
「あなた、やめて! 名倉君は私が呼んで来てもらったの!」
お父さんは訳が分からないというような困惑した顔になり、黙ったまま顔を背けた。
そしてそのまま頭をかかえて長椅子に座り込んだ。
僕はその只ならぬ雰囲気に息を飲んだ。
――何か、あったのかな?
「名倉君、ごめんなさい。咲季、朝から緊急手術することになったの。実はもう手術室に入ってる」
「え、もう? だって手術は午後からじゃ」
あまりにも突然のことに僕は愕然とした。どうやら彼女の容態が予想より早く悪化して、予定を急遽早めたらしい。
「そんなに悪いんですか彼女。大丈夫・・なんですか?」
お母さんはしばらく黙ったまま下を向いていた。その様子から、大丈夫なんてことはないということが容易に想像がついた。
「ごめんさない名倉君。今日は帰ってもらえる。何かあったらすぐに連絡するから」
僕は黙って頷くしかなかった。
――大丈夫。心配ない。心配ないよ。
僕は自分にそう言い聞かせた。
いつも物事を悪い方向にばかり考えている自分だったが、今回だけは大丈夫と信じていた。いや、無理やり信じ込んだ。そう思わないと僕自身の感情を保てなかった。
僕は夕べ彼女に何も言ってあげられなかったことを悔やんだ。
――いや、変なことは考えないようにしよう。
僕は慌てて思いを否定した。
僕はこのまま学校へ行かないでサボってしまおうかとも考えたが、学校から家に連絡が行くと面倒なことになるので学校へは行くことにした。
授業は三時限目から出ることができた。
でも頭はうわの空の状態で、先生の声なんか全く耳に入らなかった。
僕はもう気が気ではなく、何回も携帯の画面を見直した。
四時限目が終わり、昼休みとなる。携帯の画面を見たが、やはり着信は無かった。
――やっぱり病院に戻ろうか。
そう思った時だ。メール着信の振動音が響いた。僕はすぐに携帯の画面を見る。すると彼女のお母さんの名前が表示されていた。
心臓の鼓動が一気に高まった。僕は祈りながらメールを開いた。
『名倉君、連絡遅くなってごめんなさい。咲季の手術は無事に成功しました。本当にありがとう。明日には面会できると思うから、時間が分かったらまた連絡します』
――よかった!
心の中でめいっぱいに叫んだ。
僕の視界は急激に大きく広がり、まわりのものすべてが明るく輝いて見えた。
――よかった! 本当によかった!
心の中で何度も叫んだ。
心なしか風も暖かくなった気がした。
明日、彼女に会ったら真っ先に言葉で伝えよう。言えなかった僕の本当の気持ちを。
家に帰ってからも時間が経つのが異様に長く感じた。
――早く、早く明日になあれ!