僕は彼女のお母さんからのメールを待つのが日課になっていた。彼女に会える時間を知らせてくれるメールだ。

携帯のメール着信音が響く。
『今日、私はお昼くらいに病院へ行きます。三時以降であれば大丈夫なので、よかったら病院に来てください』

 ――よかった。今日も彼女と逢える。

そのメールはいつにも増して嬉しかった。今日は絶対に逢いたかったから。
僕は学校が終わったあと、すぐに病院へ向かった。
病室の入口から中を覗くと、すぐに彼女の姿を見つけた。

「こんにちは」
いつも通りの挨拶をする。
「あ、来てくれたんだ」
彼女はベッドの上でオレンジゼリーを美味しそうに食べていた。昨日僕らがお見舞いで買ったやつだ。
こうして見ると重い病人とは思えなかった。
「雄喜はいつもタイミングいいね。さっきお母さん帰ったとこだよ」
 
 ――知ってる・・・とは言えなかった。

「そうだ! なんで昨日帰っちゃたの? あの後、一人で戻ってきてくれるのかと思って待ってたのに。もう退屈で死にそうだったよ」
彼女は口を尖らせて膨れっ面をした。
「ええ? だって鈴鹿さん、みんなにはもう来なくていいって言ってたじゃない」
「ああ、みんなにはね。だって友達には病気の姿とかあんまり見せたくないしさ・・・」

 ――友達?・・・。

「あ、ちなみに君は私の友達リストから除名されてるから」
 流すようにさらっと彼女は言った。
「除名されてるの? 僕」
「うん」
驚いている僕をよそに、彼女はゼリーを口いっぱいに頬張っていた。

「あのさ・・・それ、どういう意味?」
「別に。分かんないならいいよ。あ、これ食べる? 美味しいよ」
彼女は呆れたような顔をしながらお見舞いのゼリーをひとつ僕に差し出した。
「まさか・・・昨日帰っちゃったから絶交ってこと?」
「ああ、そうかなあ?・・・フフッ」
彼女は首を捻りながら悪戯っぽく笑った。

僕は昨日の武田君のことがずっと気になっていた。このままじゃだめだと思い、僕は思い切って訊くことを決意した。
「あの・・・きのう武田君がさ・・・」
「あ! 気になる?」
彼女は待ってましたと言わんばかりに顔を乗り出して反応した。
「いや、別に・・・」
僕はその彼女の反応に何も言えなくなる。
そんな素直になれない自分の性格にイラついた。

「なーんだ。気になんないの?」
彼女は少し寂しい顔をして、黙ったまま窓の外へ目を向けた。
しばらく沈黙が続いた。

「あのね・・またやり直さないかって言われたんだ」

 ――やっぱり!

彼女の言葉にショックを受ける。僕は動揺しまくっていたが、覚悟をしていた答えだっただけに目いっぱい平然を装った。
「あれ?全然動揺してくれないんだね」
僕は彼女の顔を見ることができず、悟られないよう窓の外に目をやった。

「断ったよ」
「え?」
思わず彼女を見ると、こちらを見つめながら笑っていた。
「な・・・何で?」
「何でって君が言ったんだよ! 好きでもない人と簡単に付き合っちゃダメだって。勉強し過ぎで脳みそ沸騰しちゃったんじゃないの?」
「彼のこと・・好き・・じゃないの?」
「うーん。もちろん嫌いじゃないよ。でも、前は好きになるって気持ちがどういうことなのかよく分からなかったんだ。今は、人を好きになるってことがどういうことか分かったから・・・」
僕は彼女の言葉に何も言うことができなかった。

「あの・・・ごめん。昨日はさ、あの後ちょっと急に用事思い出して・・・」
「ちょっと何? 私のお見舞いより大事な用事ってこと?」
「うん。ちょっと買い物に。咲季にお見舞い持ってきたんだ」
「え、なあに? 今、食事制限に苦しんでる私にチーズケーキとかいうオチじゃないよね」
「ケーキじゃなくて・・・焼き鳥かな」
「焼き鳥?」
彼女は怪訝そうにに訊き返す。
僕はカバンの中からペンギンのストラップを取り出して見せた。

「あの・・・これ」
彼女の目が幼い少女のように煌(きら)めいた。
「前のペンギン、ドライヤーで焦がしちゃったからさ、新しいやつ・・・・」
「もしかして、わざわざあそこまで行って買ってきてくれたの?
僕は静かに頷いた。
「アハ、ありがとう。でもこの焼き鳥にしちゃったペンギンさんも気に入ってるんだよね。よし、合わせてカップルにちゃおっと」
彼女は子供のようにはしゃぎながら、ふたつのストラップを合わせて纏めていた。

「あれ? そういえば海って誰と行ったの? まさか私以外の女の子と? 酷い、また海に落ちちゃえばよかったのに!」
「あのさ、君以外に僕に海まで付き合ってくれる女の子がいると思う?」
「分かんないよ。他にもモノ好きな女の子いるかもしれないし・・・ 」

 ――モノ好きって、誰のこと?・・・。

「やっぱり君といると楽しいな・・」
「なに、急にらしくないこと言ってんの?」
僕は何か言いようもない不安に襲われた。
「フフッ、ごめん」
「何か・・・あった?」
「え? なんもないよ。何で?」
驚いた顔で彼女は逆に訊いてきた。
「いや、何でもない。ごめんね」
これ以上何も訊けなかった。

「ね、雄喜。運命って信じる?」
「運命?」
「いいことも悪いことも偶然に起きたと思うことも、実はすべては運命なの。運命というのは、そこには必ず何か意味があるってこと。前にも言ったことあったかな? 人と人との偶然の出会いもみんな運命なの。やっぱりそこには必ず意味がある。意味の無い偶然なんてない。私そう思ってるんだ」
彼女はそう言いながら黙って外を見つめた。僕も何か言ってあげたかった。でも今の僕には言える言葉は見つからなかった。

「じゃあ、そろそろ行くね。また明日来るから」
「・・・」
僕の別れの挨拶の言葉に彼女は何も言わず、ただ下を向いたまま黙っていた。
「どうしたの?」
「雄喜。これから受験だし、大変だから雄喜も無理して毎日来なくてもいいよ」
「え?」
何を突然言い出すのか。しかも彼女らしくない弱気な声だった。

 ――やっぱり彼女、今日は何かおかしい?・・・。

「本当に来なくても・・・いいの?」
僕は少し怒った口調で言った。いや、自分でも分からないが僕は明らかに怒っていた。
めずらしく感情的になった僕に彼女はびっくりしたようで、しばらく黙ってしまった。
「・・・やっぱり来てくれる?」
俯いたまま、彼女にしてはめずらしく甘えた声で呟いた。

「じゃあ、また明日」
僕は何かホッとした感じで笑って答えた。
「うん、また明日。じゃあね」
彼女はこちらを向いて笑顔で答えた。
でも、いつもとは明らかに違う彼女を僕は感じていた。