今日は四月の最初の登校日、いわゆる始業式の日だ。

僕も今日から三年生になる。
これからは大学受験で勉強も忙しくなりそうだ。

でも、そういった緊張感をよそに、もっと緊張することが僕にはあった。それはクラス替えの編成だ。
もちろん彼女と同じクラスになれるかどうかという期待だった。

ドラマや漫画だったら、こういう場合必ずに同じクラスになるものだ。
でも僕は常に悪いほうを考えてしまう。漫画じゃないんだから、そううまい話は無いだろう・・・と。

まずは全員、みんな二年の時の古いクラスの教室へと集まる。ここで新三年のクラス編成表が張り出され、自分の新しいクラスを確認してからその教室へと向かう仕組みだった。

前の教室に入ると、大勢の二年の時のクラスメートが黒板に張り出されているクラス編成表を見ながら歓喜していた。
喜ぶ生徒、悔しがる生徒、その中に混じりながら僕もクラス編成表を覗き込んだ。

『名倉雄喜』――『D組』 

今年からはD組か・・・。自分の新クラスを確認する。
これに対して何か感動があるということはない。問題はことあとだ。

僕はすぐに教室を出て、隣の教室へと入った。隣の教室とは旧2年A組の教室だ。そこに張り出されている新クラス編成表を他の旧A組の生徒に混じって確認する。
あらためて僕の心に緊張感が走る。
そう、気になるのは彼女の新クラスだ。

僕は祈る気持ちで最初にD組から捜し始める。するといきなり僕の心が思わずガッツポーズをした。

『鈴鹿咲季』――『D組』

彼女の名前の横に間違いなく僕と同じD組と記されている。

 ――やった! やった! やった!

僕は心の中で三回叫んだ。

 ――彼女と一年間クラスメートになれるんだ!

こんなに喜んだのは高校の合格発表の時以来だろうか。いやそれ以上の喜びかもしれない。
僕は喜び勇んで新しいクラスの教室に向かった。

教室に入ると、すでに多くの生徒が集まっていた。でも顔の知っている生徒は四分の一程度もいないだろうか・・・。
元々人の顔の名前を憶えるのが苦手な僕は、ほとんどが知らない生徒のように見えた。だがそんなことはどうでもよかった。
彼女と同じクラスになれた。それだけで十分だった。

もちろん教室内に彼女の姿はない。
教室の奥のほうで彼女のことを話している五、六人のグループがいることに気づいた。恐らく彼女の二年の時のクラスメートだろう。

彼女が春休み中に入院したという話をしている。どうやらみんなで彼女のお見舞いに行こうという話らしい。
僕は二年の時はクラスは別だったので、当然声は掛からないだろうと思っていた。だが、そのグループの中の男子から声を掛けられたのでびっくりした。
見覚えのある顔だった。

「確か名倉君…だったよね? 今、鈴鹿さん病気で入院してるんだ。明日みんなでお見舞いに行くんだけど、よかったら一緒に行かないか?」
声を掛けてきたのは彼女の元彼である武田君だ。まさかの誘いだった。

僕は学校の帰りにそのまま病院へと向かった。彼女と同じクラスになったことを一刻も早く報告したかったから。
お母さんとかち合わない時間はお母さん本人から既にメールで連絡を受けている。

「こんにちは」

病室に入ると、僕はいつもと変わらない挨拶をする。
「や! 真面目くん。相変わらずタイミングいいね。さっきお母さん帰ったとこだよ」
彼女もいつも通り明るかった。

「あ、そうだ。今日三年の始業式だよね。クラス替え・・・どうだった?」
彼女も新しいクラスはやはり気になるようだ。

「ああ、僕はD組だったよ」
僕のその言葉に対し、彼女はもの言いたげな顔でこちらを見つめた。
「僕・・・は? で、私・・・は?」

「あ、ごめんごめん。君のは見てこなかった」
彼女は腹を空かした虎のような目で僕を睨みつける。
「嘘だよ!」
僕は慌てて答えたあと、ニッと笑った。

「え、ウソ? もしかして、もしかした?」
僕はピースサインを出した。
「うん。僕たち今年からクラスメートだよ」
「えー嬉しい! 雄喜も嬉しい?」
「もちろんだよ」
「そっかあ。雄喜と同じクラスかあ。となりの席になれたらいいね」
「はは、それはうるさそうだな」
「ひどーい。あ、そうだ。何か二人で一緒に委員とか係やろうよ。学級委員やろうか?」
「やめてよ。僕、そういう目立つポジションだめなんだ」
「あはは、そーだよね。実は私も苦手だんだ。委員長に立候補する人とか見ると尊敬しちゃう」
「あと、今年は修学旅行もあるよ」
「わあ、同じバスに乗れるね」
「あと、三年生っていうことは将来、同窓会も一緒になるね」
「なあに? 将来は私と同窓会でしか会わないつもり?」
「いや、そういう意味じゃないけど・・・どういう意味?」
「君、今度は海じゃなくて病室の窓から落ちてみる?」
彼女はなぜか横目で僕を睨んだ。
最近、何か睨まれることが多くなったような気がする。

「あと咲季にもうひとつ報告。僕、今日で十八になったよ」
「あっ、そうか。今日は四月五日だから雄喜の誕生日だ。おめでとう!」
「ありがとう。ようやく咲季に追いついたよ」
「ようやくって、たった二週間じゃん。でもよかった。これで君よりおばさんじゃなくなったよ」
彼女は嬉しそうに笑った。

「あっ、そうだ。ごめん、私、誕生日プレゼント・・・」
「ああ、それならもう貰ってるよ」
「え?」
「これ!」
僕は海で一緒に買って、交換したペンギンのストラップを見せた。
「え? それで・・・いいの?」
彼女は申し訳なさそうに言った。
「これがいいんだ!」
僕がそう言うと、それを聞いた彼女はくすっと笑った。

「え? 何?」
「いや、今の、なんか、ちょっとだけカッコよかったよ」
「ちょっとだけ、なの?」
僕は皮肉っぽく訊いた。
「うん。ちょっとだけかな」
彼女は当たり前だと言わんばかりに答えた。僕は思わず吹き出して笑った。彼女もまた笑い出した。

「ああ、それから、クラスの有志で明日、咲季のお見舞いに行こうって話が出たんだけど聞いてる?」
「あ、聞いてるよ。お母さんのところに今日連絡が来たみたい。もしかして雄喜も一緒なの?」
「うん。僕は二年の時はクラスが違うから誘われないと思ってたんだけど、あのサッカー部の彼・・武田君だっけ。彼が僕を誘ってくれたんだ」
「へー克也がね。よかったね。早速新しいクラスで友達ができて。私のおかげだよ」
「別に、まだ友達になったわけじゃないけど・・・」
「そうなの? まあいいか。じゃあ明日待ってるね。久しぶりだなあ、みんなと会うの」
彼女はとても嬉しそうな顔で窓の外に目を向けた。