気がつくと僕は彼女と一緒に駅の改札口まで来ていた。
彼女のいつものペースでここまで来てしまった僕は、ここでふと現実に戻った。
「ねえ、学校サボるのはやっぱりマズいんじゃない? 今からでも学校に戻ろうよ。まだ三時限目間に合うよ」
僕の中の“真面目”な小心者がひょっこりと顔を出し始めた。
“通常のレール”から外れそうになると、僕の体内にあるセンサーがアレルギーのように拒絶反応を起こすのだ。
「ふん、いいよ。もう分かった。真面目くんは学校に戻んなさい。私一人で行くから」
ウジウジしている僕に彼女は呆れたように言い残し、そのまま一人で改札口を抜けて行った。
自動改札の電子音の響きが『意気地なし!』と叫んでいるように聞こえた。
僕はしばらく動けなくなり、改札口の前でぼーっと立っていた。
相変わらずの真面目さと臆病さに自己嫌悪に陥っていた。
――ええい!
僕は慌てて彼女を追って改札口を抜ける。自動改札の電子音の響きが、今度は『がんばれ!』と応援しているように聞こえた。
この時、僕は何も考えていなかった。
いや、考えることを止めたんだと思う。
プラットホームでようやく彼女に追いつく。
ホームの前のほうに立っていた彼女は僕に気づいた。
「来て・・・くれたんだ・・・」
彼女は驚いた顔をしたあと、優しく微笑んだ。
電車がゆっくりとホームに入ってくる。目の前のドアが開くと、電車に中から数人の乗客が降りてきた。
降りる乗客がいなくなったあと、ホームで待っていた人が電車に乗り始める。
しかし、なぜか彼女は動かなかった。
「どうしたの?」
彼女は下に俯いたまま黙っていた。
「やっぱり・・・戻ろうか?」
彼女がぽつりと呟いた。
「え?」
彼女らしくない弱々しいその声に僕は一瞬、息が止まった。
――どうしたんだろう?
発車のチャイム音がホーム内に響く。彼女は何かがっかりしたように俯いていた。
シュッとドアが閉まる音が鳴る。
その瞬間だった。僕はその音に対し、百メートル走のスタートホイッスルのように反応した。
僕の右手は彼女の左手をしっかりと掴み、次の瞬間ドアの内側へと飛び込んだ。
ガッチャっとドアの閉じた音が自分の後ろで響くのが聞こえた。
――あ? 乗っちゃった!
電車はガタンという大きな音と同時にゆっくりと動き始める。モーターの回転音が徐々に高くなってスピードが上がっていくのが分かった。
彼女はびっくりした顔をしていたが、それ以上のびっくりしていたのは僕自身だった。僕の右手は彼女の左手をまだしっかりと握っていた。
男声のアナウンスが車内に流れる。
『発車間際の駆け込み乗車は、まことに危険ですのでご遠慮願います』
「ダメじゃん。怒られてるよ」
彼女はそう言いながら僕を横目で見た。僕らはしばらく黙って顔を見合わせた。
僕は思わずプッとふき出したあと、堪え切れず笑い出してしまった。
でも彼女は笑わずに、そんな僕の顔をじっと見つめていた。
「えっ? 何?」
「名倉くん、初めて私の前で笑ってくれたね」
「え? そうだっけ?」
「そうだよ」
そんなこと僕は全然意識したことはなかった。
「そうだった? ごめんね」
「だから謝んなくていいって」
彼女もようやく笑い出した。
「どこ行く?」
僕は笑いながら問いかけた。
「んー、海!」
彼女は上を向きながら叫んだ。
「え?」
「海、見たいなあ」
「海?」
「そう、海!」
「海か・・・いいね!」
僕は今、学校の授業を抜け出して、女の子と二人で電車に乗っている。
ずっとルールを守るのが当たり前だった僕には考えられないシチュエーションだ。
僕の心は不思議な気分で満ちていた。
学校をサボっているという罪悪感、不安感。そしてそれを払しょくするような高揚感。それは生まれて初めて感じる感覚だった。
「なにボーっとしてるの? あー、まさかエスケープしたこと今更後悔してるとか」
「違うよ。いや、なんか自分じゃないような気がしてさ。僕、授業をサボるなんて生まれて初めてだから。鈴鹿さんと違って」
「私だって初めてだよ」
「え? 鈴鹿さんはいつもやってるんだとばかり・・・」
「あのさあ、前から訊きたかったんだけど、君は私のこと、どういう風に見てるわけ?」
怪訝な顔で僕を睨んだ。
僕は彼女の元彼が言っていた、彼女が中学の時にグレていたという噂話が気になっていた。
――いや、あんなのはただの噂だ。僕は気にしない。
僕は心の中で叫んだ。
僕らはターミナル駅で降り、湘南方面行きの電車に乗り換えた。
平日の午前中のためか家族連れは少なく、買い物客とサラリーマン風の人がパラパラいる程度で、電車はわりと空いていた。
一時間ほどでその電車は終着駅に着いた。駅の改札口を抜けると、すぐ目の前に大きな海が広がっていた。そこから小さな島へと橋で陸続きになっている。
「うわー海だ、海だ! 潮の香りがするぅー! 気持ちいいー。ねえ、あっち行ってみよう」
彼女は子供のようにはしゃぎながら島に向かって伸びる橋のほうへと僕の手を引っ張る。相変わらずのマイペースだ。
平日ということもあるのか、思いの他に人は疎らだった。学生のカップルも多かったが、老夫婦の人たちがけっこういるのに驚いた。
「あんな歳になるまで仲良くできるなんていいね」
仲が良さそうに歩いている老夫婦を見て彼女が呟いた。
ちょっとびっくりした。僕も全く同じことを思っていたからだ。
彼女はいつも僕を不思議な気分にさせた。
海は壮大だ。ありきたりな表現だけど、やっぱりそう思う。
岸に打ち寄せる波の音が心地いい。小さい悩みなんか全て消し飛んでいってしまいそうだ。
長い橋を渡ると、島の奥に向かって路地が続いている。そこには多くのお店が連なっていた。
僕たちはゆったりとした坂道を登っていく。土産店や海の幸の食堂などが細い坂道沿いに所狭しと並んでいた。
「わー見て見て! 何あれ?」
彼女がある店の前に並ぶ人の行列を見つけた。ここの名物なのだろうか。
とても大きい下敷きのようなせんべいが売っていた。
「ねえ、おいしそうだよ。これ買っていこ!」
「え? これに並ぶの?」
「これだけ並んでるから美味しいんでしょ!」
僕は彼女に言うことに逆らっても無駄だということを既に学んでいた。
素直に僕は一緒に行列の最後尾に付いた。
結局、その行列に二十分ほど並んだだろうか。やっとのことで買った下敷きのようなせんべいをかじりながら、僕たちはさらに島を上へと登っていく。
徐々に標高が上がっていくにつれ、だんだんと見晴しが良くなってくる。
一面に広がっている春の花がとても綺麗だ。
僕はその花の美しさを噛みしめていたが、彼女はせんべいの味を噛みしめているようだ。
「美味しいねこれ。並んで買って正解だね!」
――幸せそうだな・・・彼女は。
思わず心の中で呟いた。
「あ! 神社があるよ。お参りしていこうか」
僕らは島の中腹にあった神社に立ち寄ることにした。
「見て見て! 絵馬がいっぱい掛かってるよ。『二人が結ばれますように』だってさ! きゃーはずかしー!」
一緒にいるこっちが恥ずかしかった。
そこには男女それぞれの想い想い恋の成就の願いが所狭しと並んで描かれていた。
「ここって縁結びの神様みたいだね」
彼女は何か言いたげそうに僕の顔を見つめた。
「あ、そうみたいだね・・・」
そう言いながら僕はなぜか恥ずかしくなり、思わず目を背けてしまった。
島の頂上に着くと、そこには展望台があり、正面には一面に青い海が広がっていた。空には雲ひとつ無く、見事に真っ青に染まっていた。
「うーん絶景だね! 来てよかったあ!」
彼女が叫んだ。
「うん。すごい気持ちいいね!」
素直に僕はそう答えた。
春の潮風が本当に気持ちよかった。
「ここね、中学の時に一度家族で来たことがあるんだ。その時に、またいつかここに来たいってずっと思ってたんだ。好きな人と・・・」
「ふーん」
僕は何て答えればいいのか皆目見当がつかず、無愛想な返事をしてしまった。彼女のほうを見てはいなかったが、何か刺すような視線を感じたのは気のせいだろうか。
「あのさ、人ってどうして春になると恋をしたくなるのかな?」
また彼女からの質問攻勢が始まった。しかし、こういう類の質問は僕にとっては難関大学の入試より難しい。
「鈴鹿さん、恋がしたいの?」
「君、したくないの?」
僕はまた答えに詰まってしまった。こういう時、何て言えばいいのだろう?
「したくても恋をするには相手が必要だよね?」
そう答えると、なぜかしら彼女は僕を横目で睨んだ。そしてその瞬間、僕の足の甲に激痛が走った。
――え?
「あいだあ!」
僕は思わず悲鳴を上げた。
その激痛の原因が彼女に足を踏まれたことなんだと認識するまでに数秒かかった。
「何するの?」
僕がそう言うと彼女はさっと僕から離れ、意地悪い顔をしてこちらを向いた。
「どうしたの? 大きな声出さないでよ、恥ずかしい」
彼女はくすっと笑うと先に歩き出して行ってしまった。
――何なんだよ。わけ分かんないな・・・。
「わー見て見て! すっごい綺麗!」
彼女が水平線を見ながら呟いた。確かにキラキラと輝く海面は綺麗だった。それを見ながら無邪気にはしゃぐ彼女の笑顔がとても輝いて見えた。
――あれ? 彼女ってこんなに可愛かった?
そう思ってしまった自分に僕はびっくりした。
「あっれー、何? もしかして今、私に見惚れてたあ?」
――えっ?
あまりにもタイミングよく突っ込まれたため、僕は何も言えずに固まった。
「ちょっとお、何か言い返してよ。言ったこっちのほうが恥ずかしいじゃん」
彼女はめずらしく照れながら反対のほうに顔を背けた。
彼女のいつものペースでここまで来てしまった僕は、ここでふと現実に戻った。
「ねえ、学校サボるのはやっぱりマズいんじゃない? 今からでも学校に戻ろうよ。まだ三時限目間に合うよ」
僕の中の“真面目”な小心者がひょっこりと顔を出し始めた。
“通常のレール”から外れそうになると、僕の体内にあるセンサーがアレルギーのように拒絶反応を起こすのだ。
「ふん、いいよ。もう分かった。真面目くんは学校に戻んなさい。私一人で行くから」
ウジウジしている僕に彼女は呆れたように言い残し、そのまま一人で改札口を抜けて行った。
自動改札の電子音の響きが『意気地なし!』と叫んでいるように聞こえた。
僕はしばらく動けなくなり、改札口の前でぼーっと立っていた。
相変わらずの真面目さと臆病さに自己嫌悪に陥っていた。
――ええい!
僕は慌てて彼女を追って改札口を抜ける。自動改札の電子音の響きが、今度は『がんばれ!』と応援しているように聞こえた。
この時、僕は何も考えていなかった。
いや、考えることを止めたんだと思う。
プラットホームでようやく彼女に追いつく。
ホームの前のほうに立っていた彼女は僕に気づいた。
「来て・・・くれたんだ・・・」
彼女は驚いた顔をしたあと、優しく微笑んだ。
電車がゆっくりとホームに入ってくる。目の前のドアが開くと、電車に中から数人の乗客が降りてきた。
降りる乗客がいなくなったあと、ホームで待っていた人が電車に乗り始める。
しかし、なぜか彼女は動かなかった。
「どうしたの?」
彼女は下に俯いたまま黙っていた。
「やっぱり・・・戻ろうか?」
彼女がぽつりと呟いた。
「え?」
彼女らしくない弱々しいその声に僕は一瞬、息が止まった。
――どうしたんだろう?
発車のチャイム音がホーム内に響く。彼女は何かがっかりしたように俯いていた。
シュッとドアが閉まる音が鳴る。
その瞬間だった。僕はその音に対し、百メートル走のスタートホイッスルのように反応した。
僕の右手は彼女の左手をしっかりと掴み、次の瞬間ドアの内側へと飛び込んだ。
ガッチャっとドアの閉じた音が自分の後ろで響くのが聞こえた。
――あ? 乗っちゃった!
電車はガタンという大きな音と同時にゆっくりと動き始める。モーターの回転音が徐々に高くなってスピードが上がっていくのが分かった。
彼女はびっくりした顔をしていたが、それ以上のびっくりしていたのは僕自身だった。僕の右手は彼女の左手をまだしっかりと握っていた。
男声のアナウンスが車内に流れる。
『発車間際の駆け込み乗車は、まことに危険ですのでご遠慮願います』
「ダメじゃん。怒られてるよ」
彼女はそう言いながら僕を横目で見た。僕らはしばらく黙って顔を見合わせた。
僕は思わずプッとふき出したあと、堪え切れず笑い出してしまった。
でも彼女は笑わずに、そんな僕の顔をじっと見つめていた。
「えっ? 何?」
「名倉くん、初めて私の前で笑ってくれたね」
「え? そうだっけ?」
「そうだよ」
そんなこと僕は全然意識したことはなかった。
「そうだった? ごめんね」
「だから謝んなくていいって」
彼女もようやく笑い出した。
「どこ行く?」
僕は笑いながら問いかけた。
「んー、海!」
彼女は上を向きながら叫んだ。
「え?」
「海、見たいなあ」
「海?」
「そう、海!」
「海か・・・いいね!」
僕は今、学校の授業を抜け出して、女の子と二人で電車に乗っている。
ずっとルールを守るのが当たり前だった僕には考えられないシチュエーションだ。
僕の心は不思議な気分で満ちていた。
学校をサボっているという罪悪感、不安感。そしてそれを払しょくするような高揚感。それは生まれて初めて感じる感覚だった。
「なにボーっとしてるの? あー、まさかエスケープしたこと今更後悔してるとか」
「違うよ。いや、なんか自分じゃないような気がしてさ。僕、授業をサボるなんて生まれて初めてだから。鈴鹿さんと違って」
「私だって初めてだよ」
「え? 鈴鹿さんはいつもやってるんだとばかり・・・」
「あのさあ、前から訊きたかったんだけど、君は私のこと、どういう風に見てるわけ?」
怪訝な顔で僕を睨んだ。
僕は彼女の元彼が言っていた、彼女が中学の時にグレていたという噂話が気になっていた。
――いや、あんなのはただの噂だ。僕は気にしない。
僕は心の中で叫んだ。
僕らはターミナル駅で降り、湘南方面行きの電車に乗り換えた。
平日の午前中のためか家族連れは少なく、買い物客とサラリーマン風の人がパラパラいる程度で、電車はわりと空いていた。
一時間ほどでその電車は終着駅に着いた。駅の改札口を抜けると、すぐ目の前に大きな海が広がっていた。そこから小さな島へと橋で陸続きになっている。
「うわー海だ、海だ! 潮の香りがするぅー! 気持ちいいー。ねえ、あっち行ってみよう」
彼女は子供のようにはしゃぎながら島に向かって伸びる橋のほうへと僕の手を引っ張る。相変わらずのマイペースだ。
平日ということもあるのか、思いの他に人は疎らだった。学生のカップルも多かったが、老夫婦の人たちがけっこういるのに驚いた。
「あんな歳になるまで仲良くできるなんていいね」
仲が良さそうに歩いている老夫婦を見て彼女が呟いた。
ちょっとびっくりした。僕も全く同じことを思っていたからだ。
彼女はいつも僕を不思議な気分にさせた。
海は壮大だ。ありきたりな表現だけど、やっぱりそう思う。
岸に打ち寄せる波の音が心地いい。小さい悩みなんか全て消し飛んでいってしまいそうだ。
長い橋を渡ると、島の奥に向かって路地が続いている。そこには多くのお店が連なっていた。
僕たちはゆったりとした坂道を登っていく。土産店や海の幸の食堂などが細い坂道沿いに所狭しと並んでいた。
「わー見て見て! 何あれ?」
彼女がある店の前に並ぶ人の行列を見つけた。ここの名物なのだろうか。
とても大きい下敷きのようなせんべいが売っていた。
「ねえ、おいしそうだよ。これ買っていこ!」
「え? これに並ぶの?」
「これだけ並んでるから美味しいんでしょ!」
僕は彼女に言うことに逆らっても無駄だということを既に学んでいた。
素直に僕は一緒に行列の最後尾に付いた。
結局、その行列に二十分ほど並んだだろうか。やっとのことで買った下敷きのようなせんべいをかじりながら、僕たちはさらに島を上へと登っていく。
徐々に標高が上がっていくにつれ、だんだんと見晴しが良くなってくる。
一面に広がっている春の花がとても綺麗だ。
僕はその花の美しさを噛みしめていたが、彼女はせんべいの味を噛みしめているようだ。
「美味しいねこれ。並んで買って正解だね!」
――幸せそうだな・・・彼女は。
思わず心の中で呟いた。
「あ! 神社があるよ。お参りしていこうか」
僕らは島の中腹にあった神社に立ち寄ることにした。
「見て見て! 絵馬がいっぱい掛かってるよ。『二人が結ばれますように』だってさ! きゃーはずかしー!」
一緒にいるこっちが恥ずかしかった。
そこには男女それぞれの想い想い恋の成就の願いが所狭しと並んで描かれていた。
「ここって縁結びの神様みたいだね」
彼女は何か言いたげそうに僕の顔を見つめた。
「あ、そうみたいだね・・・」
そう言いながら僕はなぜか恥ずかしくなり、思わず目を背けてしまった。
島の頂上に着くと、そこには展望台があり、正面には一面に青い海が広がっていた。空には雲ひとつ無く、見事に真っ青に染まっていた。
「うーん絶景だね! 来てよかったあ!」
彼女が叫んだ。
「うん。すごい気持ちいいね!」
素直に僕はそう答えた。
春の潮風が本当に気持ちよかった。
「ここね、中学の時に一度家族で来たことがあるんだ。その時に、またいつかここに来たいってずっと思ってたんだ。好きな人と・・・」
「ふーん」
僕は何て答えればいいのか皆目見当がつかず、無愛想な返事をしてしまった。彼女のほうを見てはいなかったが、何か刺すような視線を感じたのは気のせいだろうか。
「あのさ、人ってどうして春になると恋をしたくなるのかな?」
また彼女からの質問攻勢が始まった。しかし、こういう類の質問は僕にとっては難関大学の入試より難しい。
「鈴鹿さん、恋がしたいの?」
「君、したくないの?」
僕はまた答えに詰まってしまった。こういう時、何て言えばいいのだろう?
「したくても恋をするには相手が必要だよね?」
そう答えると、なぜかしら彼女は僕を横目で睨んだ。そしてその瞬間、僕の足の甲に激痛が走った。
――え?
「あいだあ!」
僕は思わず悲鳴を上げた。
その激痛の原因が彼女に足を踏まれたことなんだと認識するまでに数秒かかった。
「何するの?」
僕がそう言うと彼女はさっと僕から離れ、意地悪い顔をしてこちらを向いた。
「どうしたの? 大きな声出さないでよ、恥ずかしい」
彼女はくすっと笑うと先に歩き出して行ってしまった。
――何なんだよ。わけ分かんないな・・・。
「わー見て見て! すっごい綺麗!」
彼女が水平線を見ながら呟いた。確かにキラキラと輝く海面は綺麗だった。それを見ながら無邪気にはしゃぐ彼女の笑顔がとても輝いて見えた。
――あれ? 彼女ってこんなに可愛かった?
そう思ってしまった自分に僕はびっくりした。
「あっれー、何? もしかして今、私に見惚れてたあ?」
――えっ?
あまりにもタイミングよく突っ込まれたため、僕は何も言えずに固まった。
「ちょっとお、何か言い返してよ。言ったこっちのほうが恥ずかしいじゃん」
彼女はめずらしく照れながら反対のほうに顔を背けた。