翌日の火曜日の昼休み、僕はいつものように屋上の給水塔の脇で本を読んでいた。
天気はいいが、少し肌寒い風が吹いている。

昨日の彼女の態度が気になって仕方なかった。
僕は彼女を待った。
でも、その日、彼女は現れることはなかった。

次の日の水曜日。曇ってはいたが、気温は昨日より高く、生暖かい南風が吹いていた。
僕はいつものように屋上で彼女を待った。
グレーの空が僕の不安感を写し出しているようだった。

彼女に逢いたい。素直にそう思った。
その気持ちは逢えないことで心の中でどんどん膨らんでいった。でも、その日も彼女は現れなかった。

強い不安感に襲われた僕は教室に戻る途中、A組の教室を覗いた。彼女の席には誰も座っていなかった。

 ――どこかに行ってるのかな?

僕は放課後にもう一度A組の教室を覗いた。
やはり、彼女はいなかった。

 ――いない?

僕は思い切って近くにいたA組の生徒に尋ねた。
「あの、すいません。鈴鹿さん、いますか?」
「ああ・・・鈴鹿さんなら昨日からお休みだけど・・・」
その生徒はどういう関係だろうかと不思議な顔をしながらも答えてくれた 。

 ――え?

「あの・・・風邪かなにか・・・?」
「いや、詳しいことは・・・でも今学期はもう来れないかもって」
僕は目の前が真っ暗になったような感じがした。

どういうことだろう。風邪? この前会った時は、そんな具合が悪いようには見えなかったが。
僕の不安感はさらに膨れ上がった。

三学期の授業は今週で終わりだ。
実質的にあと二日で高校二年も終わる。
このまま終業式まで来なければ春休みが終わるまで彼女とは会えない。
学校の休みが恨めしいなんて思うのは生まれて初めてだ。

翌日の木曜日。久しぶりに真っ青な空と太陽が眩しい快晴になった。
僕の心とは正反対の天気だった。
明日は終業式。正規の授業は今日の午前中で最後になる。昼休みも無い。

 ――鈴鹿さん、どうしてるのかな・・・。

気がつくと、そんなことを考えていた。

二時限目の授業の時間だった。
数学の予定だったが、先生がなかなか来る気配が無い。
授業開始チャイムから五分ほどたったころ、学年主任の先生が入って来きた。担当教師が急用により来れないので自習となるとの説明がされる。
クラス内は歓声と共にどっと盛り上がる。自習といっても、それはほぼ自由な休み時間のようなものだったからだ。
教室の生徒みんなが各グループで雑談やゲームを始めた。
僕はかばんの中から文庫本を取り出した。そして、その本の栞が挟まったページを開いたと同時に、その本を閉じて僕は立ち上がった。そして何かに導かれるようにそのまま教室の出口へと向かった。

今までに自習の時に教室を抜け出したという記憶は無い。
僕は無心で廊下を歩いていた。
行く先は屋上だ。そう。僕は彼女が今、そこにいる気がしてならなかった。
全く根拠は無い。でも、不思議と確信を持っていた。その確信は僕を屋上へと向かわせた。

屋上に出ると、そのまま一気にペントハウスの階段を昇る。
息が切れた。
給水塔のまわりを見渡した。でも、そこには誰もいなかった・・・。

 ――ハハ、そりゃそうだよな。いるわけないよな。しかも休み時間でもないのに。

自分の馬鹿さ加減に僕は思いっきり苦笑した。

給水塔からの学校の外の景色を見渡すと、まわりに植えられている桜並木がの花が薄いピンク色に染り始めていた。


 ――ああ、なんか青春っぽいな・・・。

そんな自己陶酔している自分に呆れながらまた笑った。

今からこんなに咲き始めて、来月の入学式まで持つのだろうか・・・なんて、そんないならい心配をしながらぼーっと外を眺め続けた。春の風はまだ少し冷たく感じた。

 ――鈴鹿さん、どうしてるのかな・・・?

「あれ? なに真面目くん、サボりかい?」
「え?」
給水塔の下から聞こえてきた明るい声が僕の心に突き刺さる。
思わず僕は階段の下に目を向けた。
そこには彼女が立っていた。

 ――え? まさか・・どうして?

「ち、違うよ。僕のクラス、二時限目が急に自習になったんだ」
僕は動揺しまくりながらようやく答えた。
「ふーん」
「あの、鈴鹿さんは・・・サボり?」
「違うよ! そっちこそ不良扱いしないでよね。うちのクラスもニ時限目が自習になったの。今日天気すごくいいからさー、なんか空が見たくなっちゃってね」

あとで分かったことだが、この日は二年生の学年担当全員が新学期からのクラス編成の件で一斉に召集がかかり、緊急会議が実施されていた。
つまり彼女のクラスと僕のクラスが同時に自習となったのは特に偶然ということではなかったようだ。

彼女はゆっくり外階段を昇ってくると、立っていた僕の横にさりげなく並んだ。
ちょっと強めの春の風が体の脇をすり抜ける。僕たちは黙ったまま、しばらく外を見ていた。

「あの・・・」
僕は彼女を見ずに言った。いや、見ることができなかった。
「うん?」
「学校休んでたよね。おとといから・・・」
「あ、心配してくれてたの?」
彼女はちょっと嬉しそうな顔をした。
「風邪か、なにか?」
「うーん。ちょっとね・・・」

 ――ちょっと・・・何なの?

そう言いたかったが、言えなかった。
彼女に会えたことで一時的に収まっていた僕の不安がまた膨らんだ。
今日の彼女にいつもと違う雰囲気を感じた。

 ――あの時の涙。何だったのだろうか・・・。

そう思いながら僕は真横にいた彼女の顔を横目でじっと見つめてしまった。彼女はそれに気づき、僕を見て静かに笑った。
でも、その笑顔はいつもの彼女のものではなかった。

「なあに?」
「え?」
「だって、私の顔じっと見てるから」
「あ、ごめんね」
「また謝ってる。別にいいよ、謝んなくて。こんな私の顔でよければずっと見てて」
彼女は笑いながらそう言ったあと、僕からすっと目を逸らした。やはりいつもの彼女ではない。

 ――何か、あったの・・・?

僕はまた彼女を見つめていた。
僕の視線に彼女がまた気づいた。
「ごめん。やっぱ恥ずかしいからあんまり見ないで」
「あ、ごめんね」
またしばらく沈黙が続いた。

「ね、二人で学校抜け出さない?」
彼女がぽつりと呟く。

「え?」
その言葉に僕は固まった。
「あの・・・今から?」
彼女は黙ってニコリと微笑んだままゆっくりと頷いた 。