高校二年の最後の週の月曜日。この日は朝から雨が降り続いていた。
雨の日の昼休みは屋上に上がることはない。
よって、そこで彼女と偶然(?)に会うこともなかった。
雨は放課後になっても降り続いた。
今日は部活の日ではあったが、雨で外で練習ができないため、部室でのミーティングとなった。
結局、簡単な打ち合わせのあと、解散となった。僕はラッキー、と思いながらカバンを取りに自分の教室へと向かう。
校内の生徒はすでに帰宅してしまったようで、どの教室も人は疎らだ。
A組の教室の前を通った時だった。後側の扉が開いていたため、一瞬だが教室の中が目に入る。
そこに女子生徒が教室の奥の席でぽつりと一人で座っているのが見えた。
――あれ、鈴鹿さん?
後ろ姿ではあったが、僕はすぐ分かった。
扉から教室を覗き込む。どうやら他の生徒はみんな帰っていて、彼女以外誰もいないようだ。
僕はそおっと教室の中に入る。
僕の姿が見えてないのか、彼女は下を俯いたまま気がついていない。
ちょっと脅かしてやろうか、と悪戯心が湧いた。
わっと声を出そうと思った瞬間だった。俯いてる彼女のとても寂しそうな顔が目に入り、僕はそのまま動けなくなってしまった。
何も言えず固まったまま、しばらくの時が過ぎた。
すると彼女は急に上を向いたと思うと、スッと立ち上がり、振り返ってこちらを向いた。
「えっ!」
彼女はびっくりした顔で僕を見る。
結局、驚かせてしまった。
「名倉くんじゃん! びっくりしたあ。どうしたの?」
「あっ、ごめんね、驚かせるつもりじゃ。今日は部活が雨で休みになったんで帰ろうと思ったんだけど、鈴鹿さんが見えたから…」
「ふーん」
彼女はあっけらかんと答えた。
その彼女の声に僕はちょっと拍子抜けする。
「あの・・・何かあった?」
「え? なんで?」
「さっき、何かとっても寂しそうな顔してたから」
「え? いつから見てたの? 恥ずかし・・・」
「あ、ごめんね」
「いいよ謝んなくて。相変わらずだねえ、真面目くんは。別になんもないよ」
彼女は惚けたように顔を背けた。
「ホントに?」
「まあ私も多感な乙女ですからねえ。実はね・・・君のことを想ってたんだ」
彼女は上目使いに悪戯っぽく笑って言った。
「やめてよ、そういう怖い冗談」
「ごめんね。私、冗談言うの苦手なんだ」
彼女はにこっと微笑んだ。
それはいつもの明るい鈴鹿さんだった。
「名倉くんて、何部だっけ?」
「ごめんね、テニス部だよ」
「フフッ、また謝ってる。そっかあ、テニス部かあ。ケイ君目指してるとか?」
「なれるわけないでしょ!」
「だよね」
彼女はそう言いながらクスッと笑った。いつもの眩しい笑顔だった。
うん。やっぱりいつもの鈴鹿さんだ。心の奥底で僕はホッとした。
「ね、テニスって楽しい?」
「うん、そうだね。練習はちょっと辛い時もあるけど。でも自分の思い通りのショットが打てた時はすごく気持ちいいよ」
「そっかあ、私も今度やってみたいな。テニス」
「鈴鹿さんは何かスポーツやるの?」
「ううん。私、運動苦手だから」
会話はここで止まった。
彼女は教室の正面にある時計のほうに目を向けると、ちょっと寂しい顔になった。
「あのさ・・・」
彼女がぽつりと呟く。
「何?」
「睨めっこしよ」
「え? ここで?」
「どこでやりたかった?」
「・・・・・」
「じゃあ、いくよ! 先に目を逸らしたほうが負けだよ。せーの、はい!」
彼女は僕をさっそうと睨み始めた。
僕は思わず周りを見渡したあと、慌てて彼女の顔を見つめた。
それはまさしく“睨めっこ”だった。
すると、不思議なことに時間が経つにつれて彼女から目を逸らさずに見続けることができるようになってきた。
それと同時に彼女の睨むような目が、だんだんと弱々しくなっていくように感じた。
そして、彼女の大きな瞳は急に潤み始め、ひとつの滴がゆっくりと頬を伝った。
――え? なに?
彼女はハッとしたように僕に背を向けた。
「どうしたの?」
思わず僕は叫んだ。
「ずるーい! そんな面白い顔しないでよ。笑いで涙が出ちゃったじゃない!」
彼女は僕に背を向けたまま窓のほうを見ながら叫んだ。
――え? 笑ってたの?
「今日は真面目くんの勝ちだね。参った参った」
「あ・・・あのさ・・・」
「ごめん。私もう行かなきゃ」
彼女は僕の声を遮るように立ち上がった。
「じゃあね、名倉くん」
彼女は僕のほうを見ずにそのまま出口へと向かった。
「あ・・・うん、またね・・・」
僕はただ挨拶を返すしかできなかった。
なにかモヤモヤと嫌な感じが残った。
彼女が教室の出口を出る直前、僕は彼女を呼び止めた。
「あの、一緒に帰らない?」
自分でもびっくりするような大きな声が出た。
「え?」
彼女はすっと振り向いた。
彼女は僕の声にびっくした顔をしていたが、その彼女の目が真っ赤だったことに僕もびっくりした。
――何?
「ごめん、今日はちょっと寄らなきゃいけないところがあるんだ」
彼女は顔を隠すように俯いた。
「あ・・・そう。ごめんね、じゃあ駄目だね。また・・・明日」
僕は苦笑いをしながら言った。
「じゃあね・・・」
彼女はぽつりとそう言うと足早に出口に向かい、一度も僕のほうに振り返らずにそのまま教室を出て行った。
彼女の後ろ姿を見送ったあと、静まりかえった教室に僕は一人きりになった。
さっき彼女は本当に笑っていたのだろうか。
僕にはそうは見えなかった。
何か言いようのない不安感に包まれた。一人には慣れているはずなのに、なぜか急に寂しさを感じた。こんな気持ち初めてだ。
雨の日の昼休みは屋上に上がることはない。
よって、そこで彼女と偶然(?)に会うこともなかった。
雨は放課後になっても降り続いた。
今日は部活の日ではあったが、雨で外で練習ができないため、部室でのミーティングとなった。
結局、簡単な打ち合わせのあと、解散となった。僕はラッキー、と思いながらカバンを取りに自分の教室へと向かう。
校内の生徒はすでに帰宅してしまったようで、どの教室も人は疎らだ。
A組の教室の前を通った時だった。後側の扉が開いていたため、一瞬だが教室の中が目に入る。
そこに女子生徒が教室の奥の席でぽつりと一人で座っているのが見えた。
――あれ、鈴鹿さん?
後ろ姿ではあったが、僕はすぐ分かった。
扉から教室を覗き込む。どうやら他の生徒はみんな帰っていて、彼女以外誰もいないようだ。
僕はそおっと教室の中に入る。
僕の姿が見えてないのか、彼女は下を俯いたまま気がついていない。
ちょっと脅かしてやろうか、と悪戯心が湧いた。
わっと声を出そうと思った瞬間だった。俯いてる彼女のとても寂しそうな顔が目に入り、僕はそのまま動けなくなってしまった。
何も言えず固まったまま、しばらくの時が過ぎた。
すると彼女は急に上を向いたと思うと、スッと立ち上がり、振り返ってこちらを向いた。
「えっ!」
彼女はびっくりした顔で僕を見る。
結局、驚かせてしまった。
「名倉くんじゃん! びっくりしたあ。どうしたの?」
「あっ、ごめんね、驚かせるつもりじゃ。今日は部活が雨で休みになったんで帰ろうと思ったんだけど、鈴鹿さんが見えたから…」
「ふーん」
彼女はあっけらかんと答えた。
その彼女の声に僕はちょっと拍子抜けする。
「あの・・・何かあった?」
「え? なんで?」
「さっき、何かとっても寂しそうな顔してたから」
「え? いつから見てたの? 恥ずかし・・・」
「あ、ごめんね」
「いいよ謝んなくて。相変わらずだねえ、真面目くんは。別になんもないよ」
彼女は惚けたように顔を背けた。
「ホントに?」
「まあ私も多感な乙女ですからねえ。実はね・・・君のことを想ってたんだ」
彼女は上目使いに悪戯っぽく笑って言った。
「やめてよ、そういう怖い冗談」
「ごめんね。私、冗談言うの苦手なんだ」
彼女はにこっと微笑んだ。
それはいつもの明るい鈴鹿さんだった。
「名倉くんて、何部だっけ?」
「ごめんね、テニス部だよ」
「フフッ、また謝ってる。そっかあ、テニス部かあ。ケイ君目指してるとか?」
「なれるわけないでしょ!」
「だよね」
彼女はそう言いながらクスッと笑った。いつもの眩しい笑顔だった。
うん。やっぱりいつもの鈴鹿さんだ。心の奥底で僕はホッとした。
「ね、テニスって楽しい?」
「うん、そうだね。練習はちょっと辛い時もあるけど。でも自分の思い通りのショットが打てた時はすごく気持ちいいよ」
「そっかあ、私も今度やってみたいな。テニス」
「鈴鹿さんは何かスポーツやるの?」
「ううん。私、運動苦手だから」
会話はここで止まった。
彼女は教室の正面にある時計のほうに目を向けると、ちょっと寂しい顔になった。
「あのさ・・・」
彼女がぽつりと呟く。
「何?」
「睨めっこしよ」
「え? ここで?」
「どこでやりたかった?」
「・・・・・」
「じゃあ、いくよ! 先に目を逸らしたほうが負けだよ。せーの、はい!」
彼女は僕をさっそうと睨み始めた。
僕は思わず周りを見渡したあと、慌てて彼女の顔を見つめた。
それはまさしく“睨めっこ”だった。
すると、不思議なことに時間が経つにつれて彼女から目を逸らさずに見続けることができるようになってきた。
それと同時に彼女の睨むような目が、だんだんと弱々しくなっていくように感じた。
そして、彼女の大きな瞳は急に潤み始め、ひとつの滴がゆっくりと頬を伝った。
――え? なに?
彼女はハッとしたように僕に背を向けた。
「どうしたの?」
思わず僕は叫んだ。
「ずるーい! そんな面白い顔しないでよ。笑いで涙が出ちゃったじゃない!」
彼女は僕に背を向けたまま窓のほうを見ながら叫んだ。
――え? 笑ってたの?
「今日は真面目くんの勝ちだね。参った参った」
「あ・・・あのさ・・・」
「ごめん。私もう行かなきゃ」
彼女は僕の声を遮るように立ち上がった。
「じゃあね、名倉くん」
彼女は僕のほうを見ずにそのまま出口へと向かった。
「あ・・・うん、またね・・・」
僕はただ挨拶を返すしかできなかった。
なにかモヤモヤと嫌な感じが残った。
彼女が教室の出口を出る直前、僕は彼女を呼び止めた。
「あの、一緒に帰らない?」
自分でもびっくりするような大きな声が出た。
「え?」
彼女はすっと振り向いた。
彼女は僕の声にびっくした顔をしていたが、その彼女の目が真っ赤だったことに僕もびっくりした。
――何?
「ごめん、今日はちょっと寄らなきゃいけないところがあるんだ」
彼女は顔を隠すように俯いた。
「あ・・・そう。ごめんね、じゃあ駄目だね。また・・・明日」
僕は苦笑いをしながら言った。
「じゃあね・・・」
彼女はぽつりとそう言うと足早に出口に向かい、一度も僕のほうに振り返らずにそのまま教室を出て行った。
彼女の後ろ姿を見送ったあと、静まりかえった教室に僕は一人きりになった。
さっき彼女は本当に笑っていたのだろうか。
僕にはそうは見えなかった。
何か言いようのない不安感に包まれた。一人には慣れているはずなのに、なぜか急に寂しさを感じた。こんな気持ち初めてだ。