僕と彼女は新興住宅街の少し下り気味の坂道を二人並んでゆっくり歩いている。
すぐ横に僕の歩幅に合わせて歩いている彼女がいた。彼女はずっと黙っていた。僕は一緒に歩いてくれている意味がまだ分からずにいる。
これは何だろう?
許してもらえたということだろうか? もしくは何かの罰ゲーム?
でも、言葉に出してそれを確認するのが怖かった。
「本当に・・・ごめんね」
僕はもう一度謝った。
すると、彼女はやさしく微笑みながら顔を横に振った。
「もういいよ。私こそ朝ごめんね。無視するつもりはなかったんだよ」
――え?
「私も君に『おはよう』って言おうと思ったんだけど、君とこんな風にもう話せないのかな、とか考えてたら悲しくなっちゃって声が出なかったんだ」
――え?
思いもしなかった彼女の優しい言葉に僕の頭の中は真っ白になった。
「あ、どれくらい待ったの? 陽菜がハンバーガー食べて行こうって言うからマックに寄ってきちゃったんだ。君が待ってるって分かってたら断ったのに・・」
「いや、僕が勝手に待ってただけだから」
「君はいっつも自分のせいにしちゃうんだよね・・・でも、よかった」
「え?」
「ううん。何でもない」
またしばらく沈黙が続いた。でも、さっきまで感じていた不安な気持ちは消えていた。
僕は彼女の歩幅に合わせて並んで歩いていく。歩く速さをお互いに合わせているような感覚だった。
なんだろう、この感じは。足に宙に浮いているような感覚だった。でも、何かとても気持ちがいい。
昨日も街中で一緒に歩いたが、人ごみの中で歩くのとは全く感覚が違った。二人きりでいるという感覚と春の暖かい風と香りが、僕を何とも例えようもない気持ちにさせていた。
目の前の夕焼け空が茜色に染まっていて、とても綺麗だった。
彼女の足が突然止まった。
「ここ・・・私の家」
ずっとボーっとしていた僕はハッとなった。
――あ、家に着いたんだ。
二人で歩いていた時間がすごく短く感じられた。
――ここでお別れか。
せっかくいい感じになったのに残念だがまあいいか。彼女と仲直りできたし。
「あの・・・ありがとう、送ってくれて」
「うん。じゃあ、また明日」
「うん。じゃあね」
名残惜しい気持ちを抑え、来た道をそのまま戻ろうと反対を向いたその時だった。
「あのさ!」
彼女の声に僕は振りかえる。
「え?」
「あの、ちょっと・・・寄ってく?」
彼女は僕に目線を合わせず、空を向きながらさらっと言った。
予想外の彼女の言葉に僕は戸惑った。
「え? 鈴鹿さんの家に?」
「誰の家に行きたかったの?」
「・・・・・」
気がつくと、僕は彼女に連れられてレンガづくりの門扉をぬけていた。
玄関までの長いアプローチのまわりに色とりどりの花が綺麗に咲き並んでいた。きっと家族がガーデニング好きなんだろう。
彼女は制服のポケットから鍵を取り出し、玄関のドアに差し込んだ。
「あれ?」
驚いたように彼女が呟いた。
「お母さん。帰ってるのかな・・・」
どうやら鍵が開いていたことが意外だったようだ。
「あ、名倉くん、どうぞ」
「あ、うん。おじゃまし・・・ます」
僕は彼女のあとに続き、恐る恐る玄関のドアをくぐる。とてもいい香りがした。
女の子の家に入るなんていうのは、僕の記憶の限りでは小学校の学芸会での劇の練習でクラスメートの女の子の家に集まった時以来ではないだろうか。
「ただいま!」
彼女が家の中に声を掛ける。
「おかえり」
中から上品そうで綺麗な女性が出てきた。彼女のお母さんだろう。どうやら彼女はお母さん似のようだ。
「お母さん、今日は早かったんだね」
「ええ。さっき帰ったばかりだけど。会社の用事で寄るところがあって、そこからそのまま帰ってきちゃったの」
スーツが綺麗に決まっていた。キャリアウーマンという感じがする。
「あら、お友達?」
「うん、学校のお友達なの。名倉くん。ここまで送ってくれたんだ」
彼女はちょっと戸惑った感じで答えた。
――やっぱり、来ちゃマズかったのかな・・・。
僕は半分後悔しながらも緊張しているのを悟られないよう平然を装おうとした。だが、恐らく顔が強張っていてバレバレだったろう。
「あ・・・突然すいません。名倉・・・です・・・おじゃまし・・ます」
声がひっくり返った。
――ああダメだ! 緊張して思うように声が出ない。
「いらっしゃい。どうぞ」
ガチガチに緊張している僕を見ておかしかったのか、お母さんはクスっと笑った。
顔から火が出るほど恥ずかしかった。そんなお母さんの様子を見てか、彼女はお母さんを睨んでいた。
お母さんは彼女に何か謝るような仕草をした。僕は意味が分からなかった。
「咲季の部屋にする? あとでお茶持っていくわね」
そのまま二階にある彼女の部屋へと案内された。
すぐ横に僕の歩幅に合わせて歩いている彼女がいた。彼女はずっと黙っていた。僕は一緒に歩いてくれている意味がまだ分からずにいる。
これは何だろう?
許してもらえたということだろうか? もしくは何かの罰ゲーム?
でも、言葉に出してそれを確認するのが怖かった。
「本当に・・・ごめんね」
僕はもう一度謝った。
すると、彼女はやさしく微笑みながら顔を横に振った。
「もういいよ。私こそ朝ごめんね。無視するつもりはなかったんだよ」
――え?
「私も君に『おはよう』って言おうと思ったんだけど、君とこんな風にもう話せないのかな、とか考えてたら悲しくなっちゃって声が出なかったんだ」
――え?
思いもしなかった彼女の優しい言葉に僕の頭の中は真っ白になった。
「あ、どれくらい待ったの? 陽菜がハンバーガー食べて行こうって言うからマックに寄ってきちゃったんだ。君が待ってるって分かってたら断ったのに・・」
「いや、僕が勝手に待ってただけだから」
「君はいっつも自分のせいにしちゃうんだよね・・・でも、よかった」
「え?」
「ううん。何でもない」
またしばらく沈黙が続いた。でも、さっきまで感じていた不安な気持ちは消えていた。
僕は彼女の歩幅に合わせて並んで歩いていく。歩く速さをお互いに合わせているような感覚だった。
なんだろう、この感じは。足に宙に浮いているような感覚だった。でも、何かとても気持ちがいい。
昨日も街中で一緒に歩いたが、人ごみの中で歩くのとは全く感覚が違った。二人きりでいるという感覚と春の暖かい風と香りが、僕を何とも例えようもない気持ちにさせていた。
目の前の夕焼け空が茜色に染まっていて、とても綺麗だった。
彼女の足が突然止まった。
「ここ・・・私の家」
ずっとボーっとしていた僕はハッとなった。
――あ、家に着いたんだ。
二人で歩いていた時間がすごく短く感じられた。
――ここでお別れか。
せっかくいい感じになったのに残念だがまあいいか。彼女と仲直りできたし。
「あの・・・ありがとう、送ってくれて」
「うん。じゃあ、また明日」
「うん。じゃあね」
名残惜しい気持ちを抑え、来た道をそのまま戻ろうと反対を向いたその時だった。
「あのさ!」
彼女の声に僕は振りかえる。
「え?」
「あの、ちょっと・・・寄ってく?」
彼女は僕に目線を合わせず、空を向きながらさらっと言った。
予想外の彼女の言葉に僕は戸惑った。
「え? 鈴鹿さんの家に?」
「誰の家に行きたかったの?」
「・・・・・」
気がつくと、僕は彼女に連れられてレンガづくりの門扉をぬけていた。
玄関までの長いアプローチのまわりに色とりどりの花が綺麗に咲き並んでいた。きっと家族がガーデニング好きなんだろう。
彼女は制服のポケットから鍵を取り出し、玄関のドアに差し込んだ。
「あれ?」
驚いたように彼女が呟いた。
「お母さん。帰ってるのかな・・・」
どうやら鍵が開いていたことが意外だったようだ。
「あ、名倉くん、どうぞ」
「あ、うん。おじゃまし・・・ます」
僕は彼女のあとに続き、恐る恐る玄関のドアをくぐる。とてもいい香りがした。
女の子の家に入るなんていうのは、僕の記憶の限りでは小学校の学芸会での劇の練習でクラスメートの女の子の家に集まった時以来ではないだろうか。
「ただいま!」
彼女が家の中に声を掛ける。
「おかえり」
中から上品そうで綺麗な女性が出てきた。彼女のお母さんだろう。どうやら彼女はお母さん似のようだ。
「お母さん、今日は早かったんだね」
「ええ。さっき帰ったばかりだけど。会社の用事で寄るところがあって、そこからそのまま帰ってきちゃったの」
スーツが綺麗に決まっていた。キャリアウーマンという感じがする。
「あら、お友達?」
「うん、学校のお友達なの。名倉くん。ここまで送ってくれたんだ」
彼女はちょっと戸惑った感じで答えた。
――やっぱり、来ちゃマズかったのかな・・・。
僕は半分後悔しながらも緊張しているのを悟られないよう平然を装おうとした。だが、恐らく顔が強張っていてバレバレだったろう。
「あ・・・突然すいません。名倉・・・です・・・おじゃまし・・ます」
声がひっくり返った。
――ああダメだ! 緊張して思うように声が出ない。
「いらっしゃい。どうぞ」
ガチガチに緊張している僕を見ておかしかったのか、お母さんはクスっと笑った。
顔から火が出るほど恥ずかしかった。そんなお母さんの様子を見てか、彼女はお母さんを睨んでいた。
お母さんは彼女に何か謝るような仕草をした。僕は意味が分からなかった。
「咲季の部屋にする? あとでお茶持っていくわね」
そのまま二階にある彼女の部屋へと案内された。