愛理沙と仮彼氏の約束を結んだ次の日の放課後、涼と愛理沙は楓乃、聖香、湊、陽太の4人を涼の席に集めた。
そして、涼が愛理沙の彼氏になったことを発表した。


「今、何て言ったの? もう一度、聞かせて!」


 頬を膨らませて、額をテカらせて楓乃が両手を腰に当てて仁王立ちになっている。内心は激オコだろう。


「―――涼ちゃん……そんな重要なことを、なぜ私に相談してくれないの?」


 一方、聖香は目に涙を溜めて、涼の心に訴えてくる。


「―――ああ……少し言葉が足りなかった。これは愛理沙の男子生徒除け対策で……仮彼氏みたいなもんだ」


 2人の緊迫した雰囲気に押されて、涼は思わず本当のことを漏らしてしまう。
涼の隣に立っている愛理沙の眉が少し上がる。

 いままで冷静に話の流れを聞いていた湊が腕組を解いて涼に質問する。


「涼の話しをまとめると……最近、愛理沙への男子生徒の告白が多くなった……そこで愛理沙と涼で相談して、涼が彼氏……仮彼氏になったということで間違いないか?」


「ああ……そうだ」


 陽太から、いつ愛理沙と2人で、そんな話を決めたのか問いかけられたが、まさか公園のことは言えない。
困っていると愛理沙が、カラオケに行った時に涼と連絡番号の交換をして、2人で相談したと助け舟を出してくれた。


「仮彼氏のことは、ここにいる皆だけの秘密にしてほしい。学校の中では愛理沙と俺は彼氏と彼女ということでお願いするよ」

「涼……このことが噂になって、学校中に広がれば、涼は男子学生全員の敵になるぞ……わかってるのか?」


 そんな大事になるのか。陽太、少し脅かし過ぎだろう。そこまでの騒ぎになるとは思っていなかった。
全くの予想外だ。人から過度に注目されるのは苦手だ。

 隣の愛理沙を見ると、愛理沙が冷たい微笑み浮かべている。
まるで、今更、取り消しはなしよと言われているようだ。


「少しは男子生徒達に嫉妬されると思う……しかし、これで愛理沙への告白が止まるなら、頑張ってみるよ」

「涼が思っているよりも大騒ぎになるからな、覚悟しておいた方がいいぞ……困った時は助けてやる」

「そうだな。困った時は相談に乗ってやるから……いつでも相談してこいよ」

「湊、陽太……そんなに脅かさないでくれ」


 湊の顔も、陽太の顔も、目が笑っていない。真剣な眼差しだ……これは冗談で言ってるんじゃない。
完全に本気だ。愛理沙が美少女であることは認めるが、2人が真剣になるほどとは思わなかった。


「大丈夫……いざとなったら、私が出るわ。涼は私の彼氏だもん」


 隣で目を白黒させている涼を助けるため、愛理沙が小さな声で答えた。


「ああ―――愛理沙ちゃん……今、涼ちゃんのことを、さりげなく彼氏アピールした」


 聖香の目にまた涙が溜まってきた。


「そんなことないのよ。聖香……私にとって涼はあくまで仮彼氏だから……涼と困ったことになったら、聖香に相談してもいいかな?」

「うん……いつでも相談して。涼ちゃんにキチンと注意させるから」

「私も愛理沙に協力するわ。涼が変なことをしたら私に言ってね」


 いつの間にか聖香と楓乃が愛理沙の味方についた。
そして、涼が要注意人物にされている。
この女子の連帯感はどこから来るのだろう。

 なぜ、涼が悪役になっているのか、意味がわからなかった。

 この後に湊、陽太、楓乃、聖香の4人から、涼に何かを奢るように要請が来たが、愛理沙が今日は調子が悪いと言って、4人からの要請を上手く断ってくれた。

 そして、青雲高校の校門を潜って皆と別れて、涼と愛理沙の2人だけで高台を目指して歩く。

 涼の自転車はロードレーサーなので、愛理沙を自転車の後ろに乗せることができない。仕方なく涼は自転車を押して、愛理沙が隣をゆっくりと歩く。


「涼……皆に仮彼氏のことを言っちゃうんだもん。少し焦ったわ」

「仕方ないだろう。あの4人は友達だし、あまり隠し事はしたくなかったんだ」

「そうね……涼らしいわね。私もそれで良かったと思う」


 青空の中に白い高層雲が見られる。空が澄んでいる証拠だ。とても空高くまで見ることができる。

 春の風が涼の頬をなでる。隣を見ると愛理沙のロングストレートの髪が風になびいている。


「学校ではどうしてたほうが良いかしら? やっぱりお弁当を作ったほうがいい?」

「愛理沙が学校で自由に生活できるスタイルで良いよ。愛理沙が作ってくれるというなら、ありがたくいただくけど」

「そうね……私も今の学校での生活パターンを崩したくないし、楓乃と聖香をあまり刺激したくないから、お弁当は当分の間、お預けね……気が向いた時に作ってくるね」

「ああ……それでいい。俺も愛理沙も少し心の距離が離れているほうが気楽な質だから、もう少し気軽に考えよう。愛理沙は自由に行動していいよ」


「―――ありがとう」


 愛理沙は少し頬を赤らめて、照れたように俯いて、ゆっくりと涼の隣を歩く。


「涼の仮彼女になったんだから、涼のアパートの部屋を見たいな。今度、案内してくれる?」


 あの埃とゴミと段ボールが積まれた部屋を愛理沙に見せることになるのか。
愛理沙を部屋へ案内する前に少しは自分でゴミと埃だけでも掃除しておこう。


「困っているようだけど、涼は部屋に見られたくないモノでも置いてあるの?」

「ち……違うんだ。少しだけ散らかっていてね。愛理沙に見せるのが恥ずかしいんだ」

「それぐらいなら、一緒に掃除しましょう。私も少しは掃除も片付けもできるから」


 愛理沙の気分は高揚しているようだ。
しかし、今の状態の部屋を愛理沙に見せることはできない。


「わかった。今日はもうすぐ夕暮れになるから、休みの日でもアパートへ案内するよ」

「うん……わかった。私も休日は家にいたくないんだ。だから……嬉しい」


 今度の休みの日は、愛理沙と部屋の片付けか。
なんだか愛理沙と出会ってから生活に変化が起こり始めているような気がする。

 空虚だった景色が、急に色鮮やかになったような感じだ。

 愛理沙は涼を見て、嬉しそうに微笑んでいる。そんな愛理沙を見て涼も嬉しくなる。


「今日は公園に寄ってから帰ろう」

「……うん。あまり長居できないけど」


 太陽が西に傾きいてきている。もうすぐ夕陽に変わる。
少し赤くなってきた陽光の中を、涼と愛理沙の2人は、穏やかな時間の中を公園まで歩いた。