カラオケボックスを抜け出した日から1週間が経った。

 カラオケボックスを抜け出した日に皆にLINEで、愛理沙が途中で気分が悪くなったので家の近くまで送って帰ったと嘘の言い訳をして、次の日に謝罪をした。

 湊と陽太は快く承知してくれた。しかし楓乃と聖香は疑いの眼差しを涼へ向ける。

状況を把握した愛理沙が涼の席へ歩いてきて、本当に気分が悪くなったと伝え、頭を下げて謝ると、楓乃と聖香の2人はすぐに疑うことを止めて、愛理沙の体を気遣った。

 なぜ、愛理沙の言うことは信じて、涼の言うことは信じないのか、納得できない部分もあったが、嘘の言い訳をしているのは涼である。そのことについては深く追求しないことにした。

 それから平和な日々が続いていると涼は思っていた。
 しかし、平和な日々の水面下で、愛理沙は3日に1回、中庭に呼び出され、男子生徒の告白を受けていた。

 そして、愛理沙は2人の男子生徒に頭を下げて謝り、交際を断った。

 今、愛理沙と涼はいつもの公園で夕陽が沈むのをじっと眺めている。今日は雲一つない快晴で、夕陽の太陽も一段と大きく、真っ赤な陽光が公園を照らす。


「モテる美少女も大変だね」

「他人事だと思って、気軽に言わないで。断る時、とても勇気がいるし……断った相手の心を傷つけたと思うだけで、すごく苦しくなるんだから」

「ごめん。気軽に言ったつもりはなかったんだ」


 今日は公園で愛理沙と会ってから、男子生徒の告白を断ったことについて、愛理沙から事情を聞いていた。

 愛理沙は人を傷つけるのも、人に傷つけられるのも極端に恐れる。だから人となるべくかかわらないように暮らしている。しかし、男子生徒の告白だけは無視できない。きっちりと断らないと後々問題になる。


「涼、質問なんだけど……あなたは私のことを好きになったりするの?……恋という意味で?」


 いきなりの愛理沙の質問にとまどう。どう答えて良いのかわからない。
涼の素直に自分の気持ちを言うことにした。


「正直に言うよ。愛理沙のことはすごい美少女だと思ってる。愛理沙の性格も気に入ってる。そういう意味では俺は愛理沙のことを好きだと思う」

「―――い……いきなり告白しないで……私にも心の準備が―――」

「ごめん。言葉が足りなかった。俺は愛理沙のことを好きだけど、恋愛や恋ということじゃない。人として好きだと言いたかったんだ」

「そ……それなら最初からそう言って……心臓が止まるかと思ったわ」


 言葉が足りなかったことで愛理沙に無用な心配をさせてしまったようだ。もう少し言葉を選べば良かったと涼は反省する。そして涼は言葉を続けた。


「たぶんとしか言えないけど、俺は人を好きになることができないと思う」


 人を傷つけることも好きではないし、傷つけられるのはもっと嫌だし……人が苦手なんだ。心の距離が近くなると逃げたくなるというか……。


「それが私でも?」

「たぶん愛理沙とは公園でベンチとブランコに座っている今の位置関係が好きなんだ。だから恋愛という意味では愛理沙を見ることはできないな」


 これ以上、心の距離が近くなると、愛理沙のことを苦手になると思う。


「そう……良かった。私と一緒で。私も今の涼との距離感が一番安定していて好きかな」


 これ以上、涼が愛理沙の心に踏み込めば、愛理沙は涼であっても拒否するだろう……そのことがわかる。


「同じだね」

「そうね」


 2人で顔を見合わせて微笑み合う。

 最近では、この公園に来て愛理沙とずいぶん話をするようになった。しかし2人共、無理に話を続けようというつもりはない。だから黙っていたい時は互いに黙っている時も多い。

 黙って2人でじっと夜空や夜景を眺めている時間がとても安らかで心が癒される。話ていても、急に黙って遠くを眺めている時もある。そのほうが居心地が良い。


 毎日、公園で愛理沙と会うようになって、わかったことがある。
それは涼も愛理沙も人が苦手だということ。
そして、ある一定の心の距離以上に人に近寄られことを極端に苦手だ。
そういう意味では涼と愛理沙は似た者同士といえる。


「たぶんだけど、楓乃や聖香は涼に好意をもっていると思うわ。自分でも自覚してるんでしょう?」


 愛理沙が鋭い所をついてくる。思わず涼は言葉に困る。


「楓乃は小さい時から一緒に育った。兄妹みたいなものだから、俺に好意を抱いているのはわかる」

「聖香のことは?」

「まだ知り合って2週間ほどしか経っていない。だからよくわからない。聖香のことなら愛理沙のほうがわかるだろう」

「聖香はかなり涼に好意と興味を持っているわ。なんとなくわかるもの」


 楓乃も聖香も、それぞれに違う魅力をもっている可愛い美少女だ。性格も申し分ない。しかし、涼は2人を恋愛対象として見ることができない。
困った問題が発生したと、心の中で頭を抱える。


「楓乃も聖香もフリたくないでしょう……でも、涼は付き合えないよね。困った問題ね」

「ああ、2人は魅力的な美少女だ。困った問題になった。できれば2人を傷つけたくない」


 愛理沙が薄く微笑む。何か良い方法でもあるのだろうか。


「知恵を貸してあげる? 協力してあげる……」

「2人が傷つかなくて済む方法なら、是非、教えてほしい。何でもする」

「何でも?」

「何でも!」

「涼が私の仮の彼氏になるの……」


 はあ? 自分が愛理沙の仮の彼氏? 意味が良くわからない。愛理沙の答えを聞いて一層パニックになる。


「だって私と涼は互いに問題があるから恋愛関係になることはないでしょう」


 恋愛関係になることがないから、互いに自分の心の距離を保つことができる。そして、涼は楓乃と聖香をフラなくて済む。愛理沙は男子生徒達の告白を受けなくて済む。涼も愛理沙も互いに心の負担を軽くすることができる。


「お互いに良い関係になると思うんだけど……嫌なら無理にとは言わないわ」


 それから涼と愛理沙は夜空の星を見たり、夜景を眺めたりして過ごす。
その間に、涼は必死で答えを見つけようと考えた。

 しばらくして、愛理沙の言っていることが、最良ではないが、良い解決方法だと理解する。


「わかった。愛理沙の意見を採用させてもらうよ」

「私も相手が涼だと助かる。本当にありがとう。こんな私だけど、よろしくね」


 愛理沙が少し顔を赤らめて照れたように微笑む。自分の顔も赤くなっているだろう。
こうして涼は生まれて初めて、愛理沙と仮彼氏の約束を交わした。