1限目の授業が終わると楓乃が涼の席まで歩いてきた。


「お父さんが、時には遊びに来なさいって」

「まだ一人暮らしをして1カ月も経ってないぞ。心配しなくてもキチンとしてるよ」


 楓乃は155cmの小柄な体を寄せて、涼の席に迫ってくる。

 楓乃は感情表現が豊かで、喜怒哀楽の感情が豊かだ。
小さい頃から孤立しようとする涼の手を引いて、皆の輪の中へ入れるのは楓乃の役目だ。

 中学ぐらいまで兄妹のように育ってきたので楓乃ことを女性として意識することはなかった。

 しかし、高校生になってから楓乃に女性的な身体的特徴が目立ち始めた。
その頃から、楓乃ことを女性として意識しているわけではないが……少し楓乃が苦手になった。

 ミディアムボブの栗色の髪が良く似合っている。

 今では、少し吊り上がった目尻に、くりっとした二重、感情豊かな瞳が特徴的で、細い鼻筋、きれいな唇の健康的な美少女といえる。

 品行方正で素行も優等生な楓乃は、クラスの男子にも人気が高い。自分でそう自覚していない所が困る。

 あまり近づいて、クラスの皆に誤解されたら楓乃も困るだろう。
だから、もう少し距離を開けてほしい。


「楓乃ちゃんが涼ちゃんの近くにいくなら、私も近くに行く」

「聖香は寄ってくるな。お前とは2日前に顔を合わせたばかりだろう」

「出会いに日数など関係ないのだ。顔を合わせた時からお友達」


 天音聖香(アマネセイカ)とは始業式の後に、同じクラスになり、席替えでたまたま隣の席になっただけで、今まで、顔を合わせたこともなければ、話をしたこともない。

 涼と隣の席の挨拶をして以降、気軽にどんどんと涼に話かけてくる。
非常に人懐っこくて、どこか憎めない性格の持ち主だ。


「涼ちゃんは心に壁を張る癖があるね。私は怖くないよ。困ったことがあったら、いつでも聖香に相談してね。涼ちゃんと聖香は、もう友達なんだから」


 いつの間にか、涼は聖香から友達認定されてしまった。

 聖香は少し垂れた目尻に、色気のある二重、そして好奇心旺盛で活発な瞳が印象的である。きれいな鼻筋にぽってりとした色っぽい唇、茶髪のミディアムふわゆるカールが、可愛さを増加させる。

 やはり、聖香も明るさと、優しい印象から、男子生徒達に人気の高い美少女といえる。


「聖香ちゃん、涼にそんなに近づいてはダメだよ。涼は人が苦手なんだから」

「そんなこと言って、楓乃ちゃんのほうが涼ちゃんの近くにいるじゃん。それってズルいよ」

「私は涼と兄妹みたいにして育ったから、涼も私だけは大丈夫なの」

「だったら、私は涼ちゃんとも楓乃ちゃんとも仲良くする! もっと仲良くなれるね!」


 聖香は楓乃の両手を握って、満面に微笑んでいる。


「そうね。聖香ちゃんは涼の隣の席だから、私も仲良くしないとね。よろしくね」

「私と楓乃ちゃんの仲じゃん。涼ちゃんも含めて、もっと仲良くなろうね」


 この時点で楓乃、聖香の仲良し同盟が結成された。

 できれば避けて通りたいが、1人が幼馴染で、1人が隣の席だから、涼に逃げ場はない。
美少女2人に囲まれて、涼も決して嫌なわけではない。ただ人との心の距離感が近いと苦手意識が出るだけだ。

 涼の席の目の前で嬉しそうに楓乃と聖香が談笑している。


「楽しそうにやってんな」


 少し遠くから声をかけて、歩いてきたのは涼の高校1年生からの友達で長瀬湊(ナガセミナト)。涼の性格を熟知してくれていて、いつも少し距離を保ってくれる、心遣いのできる男だ。

 いつも沈着冷静で、浮足立つことがなく、誰にでも知的な印象を与える好男子だ。女性にも優しくウケが良い。

 楓乃とは涼を通じて、高校1年生の時からの知り合いだ。聖香と湊は高校2年生の時に同じクラスだったという。


「初めての奴は聖香のことを突っ込んでくると思うかもしれないが、それは誤解だよ。聖香は無理強いは絶対にしない。涼が優しいことを見抜いてるんだよ」

「初めて人に優しいなんて言われたな」

「何を言ってるの。いつも涼は優しいよ。もう少し図々しくても良いと私は思う」

「それは楓乃ちゃんの言うとおりかも。すごく涼ちゃんは遠慮するもんね」


 会って、まだ3日しか経っていないのに、既に聖香に性格を見抜かれているのは何故だ。湊が言う通り、聖香はそういう感覚に鋭いのかもしれない。

 湊とは付き合いも長いし、信用がおける男だ。湊が言うのだから間違いないだろう。

 楓乃と聖香は湊に遊んでもらって嬉しそうだ。

 涼はそんな3人を見て、安堵のため息をつくと、窓際の席の前のほうへ視線を向ける。

 そこには愛理沙が座って読書をしていた。艶々のロングストレートの黒髪がすごく似合っている。キリッとした二重、多くて長いまつ毛、冷静で知的な瞳が印象的だ。きれいな鼻筋、大人びた唇、透き通った白い肌が美しさを一段と際立たせる。

 ただ、座って読書しているだけなのに、その美しさに視線を奪われてしまう。
公園で会っていた時は、いつも夕暮れ時から夜だったので、愛理沙がこれほどの美少女とは思わなかった。


「やっぱり涼ちゃんも愛理沙ちゃんのことが気になるんだね。でも彼女に告白してもダメだよ。今まで3年間、彼氏つくらないから。涼ちゃんも諦めたほうが良いよ」

 そんなことを考えてもいなかった。聖香が真剣な顔で愛理沙のことを諭してくる。


「いや……俺は別に……そういうつもりで見ていたわけじゃないぞ」

「じゃあ、どう思って見ていたの?」


 毎日、夕方にアパートの近くの公園で会っているとは言えない。


「確かに愛理沙のことは美少女だと思ってみていた。それだけで、感情的なものはない」


 それは本当のことだ。いつも公園で一緒にいて、無言で一緒に共有している時間は楽しい。しかし、男女の感情があるかと、自分に問いかけても否となる。

 皆に秘密だけど、あの夕暮れの公園で愛理沙と無言で一緒に居られる時間が好きなんだ。