楓乃の部屋で遊んでいると、誠おじさんにリビングへ降りてくるように呼ばれた。リビングのドアを開けて入ると愛理沙の姿がない。

 愛理沙は少し気分が悪くなったので和室で寝ているという。


「愛理沙ちゃんは大丈夫だ。少しだけ疲れただけだから、今、小梢が和室で休ませている」

「愛理沙とどんな話をしたんだよ」

「それは俺の口からは言えない……愛理沙ちゃんが話したいと思った時に、話してくれるだろう。その時は真剣に聞いて、愛理沙ちゃんを受け止めてあげてくれ」


 誠おじさんは、愛理沙の過去について2人で話をしたようだ。
しかし、涼には詳細を教えるつもりはないという。
 涼も話を話を聞くなら愛理沙から直接聞いたほうが良いと思う……これ以上、誠おじさんを追及してもしかたがない。

 涼は誠おじさんの対面に置かれているソファに座る。


「話は変わるが、最近の涼の近況報告を忘れているぞ。愛理沙ちゃんのことも含めて説明してくれ」


 高校3年生になってから誠おじさんに近況報告をしていなかった。
誠おじさんは涼の未成者後見人になるので、近況を報告しておかないと、誠おじさんに迷惑がかかる。


 涼は愛理沙との出会いから説明を始め、愛理沙の親戚の家へ行って、親戚のおばさんと大喧嘩をして、愛理沙をアパートに引き取ったことを説明すると、誠おじさんは複雑な顔をする。


「……とうことは、今は愛理沙ちゃんは涼と2人で同棲をしているということだな。このことは楓乃には話せないな。絶対に涼からも楓乃にバラすなよ」

「わかった……楓乃にバレないように注意する。別に学校で愛理沙とのことを話すつもりはないし」


 もし、愛理沙との同棲が男子学生達にバレたら、殺気と嫉妬の混じった視線に晒されることになる。
愛理沙の強烈なファンの1人ぐらいから、本気で刺されそうで怖い。


「それと、愛理沙ちゃんときちんと話し合って、仮彼女ではなく、きちんとした彼女になってもらうこと。そして涼は愛理沙ちゃんのきちんとした彼氏になること。そうでなければ交際を認めない」


 涼としては愛理沙に好意を抱いている自分を自覚している。だから、恥ずかしいが何も問題はない。
しかし、愛理沙が涼のことをどう思っているのかわからない。こればかりは愛理沙に直接、質問する必要がある。


「俺だけで決められる問題じゃない。愛理沙と近いうちにキチンと話をしてみるよ。もし……愛理沙にフラれたらどうしよう。相当に凹むだろうな」

「好意も持っていない男性のアパートへ同棲する女性なんていない。そんなことも理解していないのか。涼は他人のことになると敏感にわかるのに……自分のことには鈍感すぎるぞ」

 そのことについては最近になって自覚がある。他人のことは理解できても、自分の気持ちがわからない時がある。愛理沙と暮らし始めて、そのことをよく経験している。


「愛理沙ちゃんの親戚は、愛理沙ちゃんをそんな酷い扱いをしていたのか。涼が引き取ったのは正解かもしれないな。この件に関しては、少し俺に預からせてもらえないか。俺も一度、愛理沙ちゃんの親戚の家へ行って、きちんと話をつけてこようと思う」


 誠おじさんが愛理沙の親戚の家に行くという。どういうことなんだろう?誠おじさんの言っている意味がわからない。


「俺が愛理沙ちゃんの未成年者後見人になってもいいと言ってるんだ。これから愛理沙ちゃんには大学にも行ってもらいたい。愛理沙ちゃんもまだ未成年者だ。誰かが後見人になったほうがいいだろう」


 このことについては涼も頭を悩ませていたところだ。誠おじさんが愛理沙の未成年者後見人になってもらえれば、これほど信頼できる人はいない。


「愛理沙のこと、よろしくお願いします」

「涼、お前こそ、愛理沙ちゃんを泣かせるような、ツライことをさせるなよ」

「はい……ありがとうございます」

「愛理沙ちゃんから、何かを打ち明けられたとしても、常の涼のように冷静に対処しろ。困った時は連絡をすぐにしてこい。それと1カ月に1度の近況報告は絶対に忘れるな」


 誠おじさんは楓乃に内緒で、愛理沙と同棲することを許してくれた。
月に1度は近況報告に来て、愛理沙のことを相談することもできる。涼にとってありがたいことばかりだ。

 さすがに信頼できる大人に相談できることは、涼にとっても大きなことだ。これからは愛理沙のことを堂々と誠おじさんに相談できるかと思うと心が安心する。


「これで涼との話は終わりだ。くれぐれも楓乃には愛理沙ちゃんのことは秘密にしてくれ。自分の娘が悲しむところを見たくないからな」

「どうして楓乃が悲しむんですか?」

「そんな楓乃は涼に好意を抱いている。小さい頃から男性として涼に好意を抱いてるんだ。涼が愛理沙ちゃんを選んだと知れば楓乃が悲しむだろう。その顔を見たくないといってるんだ……少しは理解してくれ」


 楓乃の涼に対する好意には気づいていたが、兄妹みたいにして育ったため、そういう扱いとして、目を逸らしてきた。

 しかし、誠おじさんから聞かされると、楓乃の気持ちから目を逸らしてきた不誠実な自分の配慮の無さに情けなくなる。涼は楓乃の好意に甘えて、無視してきたのだ。

 楓乃にどう謝れば良いのだろう……すぐには思いつかないが、できるだけ誠実に謝罪しようと思う。


「すみませんでした。配慮が足りませんでした」


 しばらくすると、小梢おばさんが愛理沙を連れてリビングへ入ってきた。
愛理沙の顔色はピンク色をしていて、体調は良さそうだ。


「心配させてゴメンなさい…もう大丈夫だから……アパートへ帰りましょう」

「そうしようか。誠おじさん、小梢おばさん、お世話になりました。また来ます」

「ああ……2人共、元気でな」

「いつでも遊びにいらっしゃいね」


 誠おじさんと小梢おばさんに見送られて三崎家を出る。そしてアパートへ向かって2人で帰った。







 アパートへ帰ってきてから2時間ほどが経つ。窓から差し込む陽光は真っ赤に染まっている。
ダイニングテーブルに座って、2人で紅茶を飲んでいる最中だ。


「改めて、私に話って何?」


 涼は今、一番大事なことを愛理沙に質問する場面に立っている。
涼の体から汗が噴き出す。


「今日、誠おじさんに言われたんだ。ハッキリさせろって」


 その意味を悟って、愛理沙の顔も真っ赤に染まる。


「今は俺は愛理沙の仮彼氏をしているけど……愛理沙としては俺のことを、どう思ってるんだ?」


 愛理沙は黙ったまま、照れて俯いてしまっている。


「そんなこと急に聞かれても……恥ずかしいよ」


 涼は黙ったまま、愛理沙の答えを待った。
愛理沙は大きく深呼吸をして、息を吐く。


「涼のことは公園で出会った時から興味があった……そして段々と涼に惹かれて……今では涼のことを大好き」

「そうか…良かった。フラれなくて本当に良かった」


 愛理沙が目をウルウルと潤ませて、訴えるような眼差しを向けてくる。


「私だけ答えさせてズルい……私も涼の気持ちを聞きたい」


 そう言えば自分の気持ちを愛理沙に伝えていない。
いざ伝えようとすると体に緊張が走って、顔が火照って、体が上手くいうことをきかない。


「俺も公園で出会った時から、愛理沙に惹かれていた。一緒に公園にいるのが楽しかった。今では愛理沙を彼女にしたいと本気で思ってる」


 涼は自分の想いをストレートに愛理沙へ伝えた。


「――――涼……ありがとう……とても嬉しい」


 愛理沙は嬉しそうに微笑むが、目から涙が頬を伝う。
涼は慌ててタオルと取ってきて、愛理沙に手渡す。
愛理沙は微笑みながら頬の涙をタオルで拭う。


「でも正式に彼氏、彼女になるのは待ってほしいの」


 これで愛理沙と正式にカップルになれると思っていたのに愛理沙から待ったがかかた。


「きちんと私が聖香と楓乃から、涼の彼女に相応しいと認められてから彼女になりたいの。だって聖香も楓乃も真剣に涼のことを好きなんだから……抜け駆けみたいなことをするのは間違ってると思う」


 愛理沙の気持ちを尊重しよう。
お互いの気持ちは確かめあえたわけだし……ここから急いでもしかたがない。


「それじゃあ、学校の中では今まで通り仮の彼氏と彼女。2人っきりの時はカップルで良い?」

「アウ……そんな恥ずかしいことを聞かないで……もちろんそれでいい」


 涼は感極まって、テーブルの上に置かれている愛理沙の両手を自分の手でギュッと握る。


「それだけでも、すごく嬉しいよ。俺も愛理沙の彼氏として、恥ずかしくないように頑張るな」

「涼はそのままでいい……今までと同じように、優しい涼でいてほしい」

「わかった。愛理沙がいうなら、そうするよ」

「涼……今から公園へ行きたい……私にとって、あの公園は大事な思い出の公園なの」


 その気持ちは涼も同じだ。あの公園で愛理沙と出会っていなければ、今の自分達はいない。


「わかった。今から公園へでかけよう」


 2人は私服の上を厚着にして、アパートに鍵をかけて、手を繋いで公園へと向かった。太陽は西の空に沈み、段々と空が変化し始めている。
いつも愛理沙と一緒に公園へ行く時間だ。

 この時間を大事な思い出として覚えておきたいと涼は心の中で思った。