朝7時のアラームで目を覚ます。ベッドから起きて、目の前を見ると足の踏み場もないほど、段ボールが置かれている。
まだ、引っ越ししてきてから、荷解きをしていない。

 昔から片付けや掃除は苦手だ。

 未成年後見人の三崎さんの家にいれば、不自由はしないだろうけど……これ以上、迷惑をかけるのも申し訳ない。三崎さんは涼の父親の親友で、涼が生まれた時は家が隣同士だった。

 涼が幼稚園の頃に、両親の休みが取れたので、弟も含めて家族旅行に出かけた。
家族全員で高速の旅行バスに乗ってのパックツアーだった。
弟はまだ小さな赤ちゃんで母親に抱かれていたのを覚えている。

 高速道路を走っている車のスピードが速くて、涼は自分がはしゃいでいたことを覚えている。


「パパ― 車って早いねー。 僕もバスの運転手になる!」

「そうか、涼はバスの運転手になるのか!」


 こんな他愛もない会話が父親との最後の言葉になるとは思っていなかった。

 今でも何が起こったのか理解できていない。
急にバスが何か大きな物とぶつかって急ブレーキがかかり、大きくスピーンする。
父親は必死で涼の体を抱きしめて、シートの下に隠した。

 その後にバスはダイナミックに回転し、横転したまま高速道路を滑っていった。

 バスの動きが止まってからも、涼はその場を動けなかった。
両親からの温かい言葉を待っても、両親は涼に話しかけてこない。


「パパ、ママ、何が起こったの? パパ……ママ……」


 不審に思った涼が体を動かして、両親を見ると……

 その時の両親の顔を涼は覚えていない。
ショックで、その時の記憶を失っていると医者はいう。

 そして涼は一瞬の間に両親と弟の家族全員を失った。

 高速道路の分離帯が薄くなっている箇所で、反対車線から一般車が分離帯を超えて飛び込んできたのだ。事故は一瞬の出来事だったという。


「パパもママも誰もいなくなっちゃったのよ……もう会えないの」


 涼はバスに同乗していた大人達に助けられて、警察に保護された。
そして、未成年後見人である三崎さんの家でお世話になることになった。

 年齢が経ていくうちに、段々と三崎さんの家にお世話になっていることが申し訳なく思うようになった。
 三崎さんはいつも『気にするな』と言ってくれていたけど、やはり自分の家と違うのだと思ってしまう。

 高校へ入学してから、三崎さんと奥さんの2人と話し合いを重ねてきた。
そして高校3年生になった春、やっと条件つきで一人暮らしを認めてもらった。

 三崎さん夫婦の出した条件は、高校生の間は同じ街に住むこと。
時々、三崎さんの家に近況報告に行くこと。

 そして、独り暮らしのために借りたアパートの部屋が、この部屋というわけだ。

 シャワールームで顔と体を洗い、歯を磨いて、髪を乾かす。
そしてシャツのブレザーを着て、学校へ行く準備をする。

 このアパートで住み始めてから朝食を食べる習慣はない。

 家に鍵を閉めてロードレーサーに乗って、高台の坂をスピードに乗って降りていく。

 県立青雲高校の校門を潜って、自転車置き場に自転車を置いて、指定された靴箱へ向かう。靴箱で上履きに履き替えて、1階の自分の教室へ向かう。

 始業式が終わり、クラス替えが行われてから、まだ2日しか経っていない。
まだ、はっきりとクラスの皆の顔と名前が一致しない。

 涼の席は窓際の一番後ろ席だ。誰とも話さなくて良い席なので、涼としては安堵している。

……そこへ元気の良い声が聞こえてくる。


「涼、おはよう。今日は朝ごはんをキチンと食べてきた?」


 同じクラスになった三崎楓乃(ミサキカエノ)が元気よく声をかけてくる。
楓乃は三崎さんの一人娘で、涼とは兄妹のように育った仲だ。


「ああ、食べた。サンドイッチをな」


 朝食を食べていないというと、また三崎さん夫婦に報告される可能性がある。
ここははぐらかしておいたほうがいいだろう。


「涼ちゃん、おはようーさん!」


 普段から人に不愛想な涼は、昔から親しい友人を作ろとしない。
だから、お隣の席である天音聖香(アマネセイカ)とも、心の距離を取っているつもりだ。
しかし、聖香はその距離を乗り越えて元気に涼に挨拶をする。


「ああ、おはよう」


 そんなに嬉しそうな顔で、笑顔で挨拶をされたら、返事をするしかない。
涼の顔にも苦笑が浮かぶ。

 楓乃と聖香は仲良く、朝の挨拶を行っている。
涼は自分の席に座って、元気の良い2人を見る。
実に平和な光景だ。

 朝から少し暗い過去を思い出してしまった。気分を入れ替えて授業を受けることとする。
教室を見回すと、涼と同じ窓際の席に座っている……艶々のロングストレートの黒髪が美しい美少女を見つけた。

―――あの公園でいつも会う、ブランコの美少女。思わず視線を奪われる。


「やっぱり涼ちゃんでも、愛理沙(アリサ)ちゃんは気になるんだ?」


 聖香は笑顔で涼の顔を覗き込んでくる。


「少し、似た子と会ったことがあるような気がしただけだよ」

「愛理沙ちゃんはモテるからね。今までもいっぱいの男子がフラれてるんだよ」


 涼の家がある高台の公園にいつも来ているから、家が近いのかなとは思っていたが、まさか同じ高校の同級生だとは思いもしなかった。

 涼は何気なく、窓際の愛理沙を見てしまう。

 愛理沙が一瞬だけ、こちらを振り返った。一瞬だけ涼と目が合うと、少し目を大きくして驚いた顔をするが、すぐに平静な顔に戻り、涼から顔を背けた。