知恵との約束の時間の三十分前に拓海たちは店を出た。そして鈴が通う中学校の近くにある公園に向かうと、既に知恵たちが待っていた。
「悪い。待たせた」
「いえ。私たちが早く来すぎてしまっただけですから」
拓海は知恵と他の少女たちの顔を順に見て軽く頭を下げた。すると知恵だけつられるように会釈をして、それから拓海の後ろにいる西松に目を向けた。
「あの、お兄さんのお知り合いですか?」
知恵は不安そうにたずねた。
「あの人のことは気にしなくていいから。いないと思っていい」
拓海は公園までの道中、西松に中学生の前では一言もしゃべるなと約束させていた。西松は不服そうにしていたが、最後にはわかったよと納得してくれた。
「でも、あの」
「本当に気にしないで。それより、今日は来てくれてありがとう。みんな、前も会ったことがあるよね。俺は町村鈴の兄、町村拓海です」
拓海は西松から無理やり意識を逸らそうと、まず自己紹介をした。すると三人の中で一番背の高い少女、加賀美亜里沙が拓海に聞こえるように舌打ちした。亜里沙の隣では顔のそばかすが目立つ少女、小田詩織が携帯電話を弄っていて、反応すら示さなかった。
二人とも以前家に遊びに来たことがある子で、拓海は二人の名前も顔も知っていた。だけど以前会った時よりもだいぶ態度が悪くて、二人は嫌々ここに足を運んでいることがわかった。
「それで、なにが聞きたいんですか?」
亜里沙が気怠そうに口を開く。拓海は改めて二人を呼び出した目的を思い出した。
「鈴のことなんだけど。君たちと鈴って、喧嘩でもしていたの?」
「別に。喧嘩なんてしてないですけど」
「喧嘩はしてないにしても、鈴との間になにかがあったんじゃないの?」
「なにかって、なんですか? てか、仮になにかがあったとして、それを知ってどうなるんですか? もしかして、鈴は私たちのせいで事故にあったと思っているなら大きな間違いですよ。鈴は勝手に道路に飛び出したんです。事故の時、私たちは学校にいて、なにか細工ができたわけがありません」
「事故のことは、鈴が不注意だったんだと思う。そうじゃなくて、事故の前に、鈴が登校拒否になる前に、鈴と君たちの間でなにがあったのか知りたいんだ」
「知りたいとか言って、最初から答えを決めているんでしょ。鈴はいじめられていたんだって、言ってほしいんですよね?」
亜里沙はなぜ呼び出されたのか、最初からわかっていたようだ。
わかっていて、強気な態度を隠さない。
一方で詩織は携帯電話に視線を落としたまま関係のなさそうな顔をしていた。
拓海は亜里沙よりも詩織の態度が気になった。詩織が携帯電話を傾けた時、チラリと画面が見えた。詩織は誰かとスタートでやり取りをしているようだった。
「実際、どうだったの? いじめは、なかったの?」
「さぁ。どうですかね。そもそも、いじめって、どこからどこまでがいじめなんですか? 本人がいじめと思った時点でいじめだとしたら、鈴次第なんじゃないですか? あなたは鈴本人の口からいじめにあっていると聞いたことがあるんですか?」
「俺は聞いていない。ただ確実になにかがあったと思っている。そうじゃなきゃ、登校拒否になんてならないだろ」
「ほら、やっぱり私たちを疑っているんですね。証拠もないのにひどくないですか?」
「君たちと鈴は、二年生の時はものすごく仲が良かっただろ。それがここまでこじれて、気にならないわけがない」
亜里沙は拓海を睨みつける。拓海は亜里沙がなにかを話してくれるのをじっと待った。しばらく沈黙が続いていると、どこからか猫の鳴き声が聞こえてきた。
亜里沙の視線が、拓海から外れる。その視線の先では、西松が野良猫とじゃれていた。
拓海は気楽な西松に呆れ、つい大きなため息をついてしまった。
「……お兄さんには、同情しますよ。私たちだって、鈴がこんなふうになって、喜んでいるわけじゃないですから。だから、早く良くなってほしいです」
拓海がため息をついたことで亜里沙はなにか勘違いをしたのか、少しだけ喧嘩腰の姿勢を緩めた。
「本当に、鈴と喧嘩とかはしていないです。鈴とは気が合わなくなった。それが一緒に行動しなくなった理由です。教室の中にあるいくつかのグループから抜けたり入ったりするのは別に珍しいことじゃないですよ。気が合う、合わないはその時々で変わっていきます。違うと思って、どうして無理に仲良くしなければいけないんですか。無理に調子を合わせたところで、お互い苦痛なだけですよ」
付いたり、離れたり。拓海のクラスの女子たちもいくつかのグループをつくり、コロコロとメンバーを変えている。性格の合う、合わないがあるのは当然で、だから拓海は亜里沙の言いたいこともなんとなく理解できた。
「鈴のどんなところが違ったの?」
「……なんか、気持ち悪かったんです」
亜里沙は言いにくそうに答えた。拓海はその理由に納得できず、亜里沙と詩織と知恵の顔を順に見た。詩織は携帯電話を眺めたままで、知恵は俯いていた。
「つまり、どういうこと?」
「鈴は、私と詩織しか知らないはずのスタートのやり取りを知っていたり、今日はいないけど、江口彩夏って子と詩織と私の三人でやってるグループのやり取りを把握していたりしたんです」
スタートでは自由にグループを作ってメッセージのやり取りができる。仲良し四人組でグループを作っていただろうし、鈴を除いた三人のグループができていたとしてもおかしくない。その上で自分が参加していないグループのやり取りは、普通では知れるはずがなかった。
「それって、気のせいじゃなくて?」
「最初は、なにかの勘違いかなって思ったけど、何回も知らないはずのことを口にされて、だんだん気味が悪くなりました。それで、授業中に鈴が参加していない三人のグループで実験をしてみたんです。私たちは鈴にスマホの画面が見えないようにして、それぞれ鈴の悪口を送り合いました」
亜里沙の話を聞いている間、拓海は携帯電話から顔を上げていた詩織と目が合った。けれど直ぐに逸らされて、詩織はまた携帯電話を弄り出した。
いったい誰とそんなに熱心にやり取りをしているのか。
画面が少し見えたところで、内容など読み取れない。ただ自分の悪口を相手に送っているのだろうと、なんとなく予測できた。
「悪い。待たせた」
「いえ。私たちが早く来すぎてしまっただけですから」
拓海は知恵と他の少女たちの顔を順に見て軽く頭を下げた。すると知恵だけつられるように会釈をして、それから拓海の後ろにいる西松に目を向けた。
「あの、お兄さんのお知り合いですか?」
知恵は不安そうにたずねた。
「あの人のことは気にしなくていいから。いないと思っていい」
拓海は公園までの道中、西松に中学生の前では一言もしゃべるなと約束させていた。西松は不服そうにしていたが、最後にはわかったよと納得してくれた。
「でも、あの」
「本当に気にしないで。それより、今日は来てくれてありがとう。みんな、前も会ったことがあるよね。俺は町村鈴の兄、町村拓海です」
拓海は西松から無理やり意識を逸らそうと、まず自己紹介をした。すると三人の中で一番背の高い少女、加賀美亜里沙が拓海に聞こえるように舌打ちした。亜里沙の隣では顔のそばかすが目立つ少女、小田詩織が携帯電話を弄っていて、反応すら示さなかった。
二人とも以前家に遊びに来たことがある子で、拓海は二人の名前も顔も知っていた。だけど以前会った時よりもだいぶ態度が悪くて、二人は嫌々ここに足を運んでいることがわかった。
「それで、なにが聞きたいんですか?」
亜里沙が気怠そうに口を開く。拓海は改めて二人を呼び出した目的を思い出した。
「鈴のことなんだけど。君たちと鈴って、喧嘩でもしていたの?」
「別に。喧嘩なんてしてないですけど」
「喧嘩はしてないにしても、鈴との間になにかがあったんじゃないの?」
「なにかって、なんですか? てか、仮になにかがあったとして、それを知ってどうなるんですか? もしかして、鈴は私たちのせいで事故にあったと思っているなら大きな間違いですよ。鈴は勝手に道路に飛び出したんです。事故の時、私たちは学校にいて、なにか細工ができたわけがありません」
「事故のことは、鈴が不注意だったんだと思う。そうじゃなくて、事故の前に、鈴が登校拒否になる前に、鈴と君たちの間でなにがあったのか知りたいんだ」
「知りたいとか言って、最初から答えを決めているんでしょ。鈴はいじめられていたんだって、言ってほしいんですよね?」
亜里沙はなぜ呼び出されたのか、最初からわかっていたようだ。
わかっていて、強気な態度を隠さない。
一方で詩織は携帯電話に視線を落としたまま関係のなさそうな顔をしていた。
拓海は亜里沙よりも詩織の態度が気になった。詩織が携帯電話を傾けた時、チラリと画面が見えた。詩織は誰かとスタートでやり取りをしているようだった。
「実際、どうだったの? いじめは、なかったの?」
「さぁ。どうですかね。そもそも、いじめって、どこからどこまでがいじめなんですか? 本人がいじめと思った時点でいじめだとしたら、鈴次第なんじゃないですか? あなたは鈴本人の口からいじめにあっていると聞いたことがあるんですか?」
「俺は聞いていない。ただ確実になにかがあったと思っている。そうじゃなきゃ、登校拒否になんてならないだろ」
「ほら、やっぱり私たちを疑っているんですね。証拠もないのにひどくないですか?」
「君たちと鈴は、二年生の時はものすごく仲が良かっただろ。それがここまでこじれて、気にならないわけがない」
亜里沙は拓海を睨みつける。拓海は亜里沙がなにかを話してくれるのをじっと待った。しばらく沈黙が続いていると、どこからか猫の鳴き声が聞こえてきた。
亜里沙の視線が、拓海から外れる。その視線の先では、西松が野良猫とじゃれていた。
拓海は気楽な西松に呆れ、つい大きなため息をついてしまった。
「……お兄さんには、同情しますよ。私たちだって、鈴がこんなふうになって、喜んでいるわけじゃないですから。だから、早く良くなってほしいです」
拓海がため息をついたことで亜里沙はなにか勘違いをしたのか、少しだけ喧嘩腰の姿勢を緩めた。
「本当に、鈴と喧嘩とかはしていないです。鈴とは気が合わなくなった。それが一緒に行動しなくなった理由です。教室の中にあるいくつかのグループから抜けたり入ったりするのは別に珍しいことじゃないですよ。気が合う、合わないはその時々で変わっていきます。違うと思って、どうして無理に仲良くしなければいけないんですか。無理に調子を合わせたところで、お互い苦痛なだけですよ」
付いたり、離れたり。拓海のクラスの女子たちもいくつかのグループをつくり、コロコロとメンバーを変えている。性格の合う、合わないがあるのは当然で、だから拓海は亜里沙の言いたいこともなんとなく理解できた。
「鈴のどんなところが違ったの?」
「……なんか、気持ち悪かったんです」
亜里沙は言いにくそうに答えた。拓海はその理由に納得できず、亜里沙と詩織と知恵の顔を順に見た。詩織は携帯電話を眺めたままで、知恵は俯いていた。
「つまり、どういうこと?」
「鈴は、私と詩織しか知らないはずのスタートのやり取りを知っていたり、今日はいないけど、江口彩夏って子と詩織と私の三人でやってるグループのやり取りを把握していたりしたんです」
スタートでは自由にグループを作ってメッセージのやり取りができる。仲良し四人組でグループを作っていただろうし、鈴を除いた三人のグループができていたとしてもおかしくない。その上で自分が参加していないグループのやり取りは、普通では知れるはずがなかった。
「それって、気のせいじゃなくて?」
「最初は、なにかの勘違いかなって思ったけど、何回も知らないはずのことを口にされて、だんだん気味が悪くなりました。それで、授業中に鈴が参加していない三人のグループで実験をしてみたんです。私たちは鈴にスマホの画面が見えないようにして、それぞれ鈴の悪口を送り合いました」
亜里沙の話を聞いている間、拓海は携帯電話から顔を上げていた詩織と目が合った。けれど直ぐに逸らされて、詩織はまた携帯電話を弄り出した。
いったい誰とそんなに熱心にやり取りをしているのか。
画面が少し見えたところで、内容など読み取れない。ただ自分の悪口を相手に送っているのだろうと、なんとなく予測できた。