『今、その嘘がとけた。そしてあなたのことが怖くてしかたなくなった。詳しい事情は知らないけれど、拓海君は限界なのだと思います。私には拓海君の気持ちがわかります。きっと私たちは、同じ恐怖を抱いている。あなたの協力には感謝していますよ。これからも、力を貸していただきたい。けれど私たちが本当の意味でわかり合うことはない。正直に言いますと、私はあなたのことを信用していません。子供を預ける度に不安になります。だから拓海君のことも心配だったんですよ』

「……秋山さんがどれだけ俺を怖がっているのか、疑っているのかは、ずっと前から知っていましたよ」

『そうでしょうね。この際だからお願いします。どうか、子供たちに近づき過ぎないでください。あなたの問題に子供を巻き込まないでください。拓海君は、被害者ですよ。大人の私でもこんなに恐ろしいのに、拓海君はどれだけ怖かったのか想像もつきません。だから拓海君を早く解放してあげてください。あなたと離れれば、気持ちは楽になるはずです』

「俺が拓海と縁を切ったら、拓海は本当に元に戻ると思いますか?」

『時間はかかるかもしれないですね。今後は私たちがフォローしましょう。私ならきっと彼の力になれます』

 本当にそれですべてが解決するのか。
 秋山が西松を信用していないように、西松も秋山のことを信用していない。
 秋山は子供に優しいけれど、大人に冷た過ぎた。
 西松が嫌われていることは別として、他の大人にたいしても大きな不満を抱いている。大人がしっかりしないから、子供たちの居場所がないと思っている。不憫な子供に出会う度に、その親をひどく恨んでいる。だけど秋山はすべてが親のせいでないことを知っていた。知っているのに、憎しみの対象を絞ってしまっている。大人が抱える問題を無視して、とにかく子供を救うことを生きがいにしていた。
 秋山は大人から目を逸らしてしまっていることを西松に知られるのを恐れていた。だから西松を必死に避けているものの、その努力は無駄だった。西松は秋山のことを、馬鹿みたいだと思って、すごいと思っていた。そして完璧ではないのがわかっているから、秋山の言葉を鵜呑みにはできなかった。

「秋山さん、俺、学生時代にいじめられていました」

『……それが?』

「もしも俺が学生だったら、秋山さんは俺にどんな言葉をかけてくれましたか?」

『そんなこと、わかりませんよ』

「秋山さんは子供に優しいじゃないですか。だから俺がもしも子供だったらって、時々考えてしまうんです。今のように突き放しましたかね。それとも、親や社会が悪いと怒ってくれましたかね」

『あなたの場合、問題があるのはあなた自身だと思いますけど』

「そうですね。拓海もそうなんだと思います。俺が関わってしまったことで、拓海の運命は変わってしまったかもしれない。だけど俺に出会わなくても、あいつは普通の幸福を手に入れられなかったと思います。拓海の問題の根本は、きっと俺じゃない」

 拓海は西松側の人間でなければ、秋山と同じ側の人間でもなかった。だからやっぱり、西松から離れたらすべてが解決するというのはあまりに安易な考え方だった。

『細かい事情はよくわかりませんが、他にどんな問題があったとしても、拓海君が今おかしくなっているのはあなたの責任だと思いますよ。現実から目を逸らさないでください』

 秋山は西松を責めるのをやめない。これまで言いたいことを言えなかったせいか攻撃的だった。一方で西松はその責任を突き付けられるほど冷静になっていた。

「拓海の妹が能力者であると知っても、同じことが言えますか?」

 西松が言うと、秋山はしばらくの間言葉を失っていた。