西松は学生に声をかけて拓海のことを聞き出したい衝動に襲われた。けれどそれをやってしまったら、学校での拓海の立場が悪くなる可能性がある。それに学生も戸惑うはずで、声をかけるのは諦めた。それから拓海の自宅前まで足を運んでみたものの、チャイムは押さずに通り過ぎた。
 拓海に会うのではなくて、拓海の行動を監視するのが目的だった。民家の塀に寄りかかって拓海が動き出すのを待っている間、煙草を吸いたくなったけれど我慢した。近隣の人間に少しでも不審に思われたら動きにくくなるし、拓海に臭いで勘付かれてしまう可能性もあった。
 しばらく家の近くで待ってみたけれど、拓海に動きはない。拓海は部屋で寝ているようで、拓海がいると思われる部屋の窓のカーテンは閉まっていた。同じ場所にずっといるわけにもいかないので、西松は近くのコンビニに移動した。そこで立ち読みなどをして時間を潰していると、拓海がようやく動き始めた。
 拓海の思考が、西松の頭に流れ込む。拓海は眠たがっていて、朝食がご飯じゃなくてパンであることを不満に思っていた。そしてテレビを見ているのか、いくつかの事件について興味を示している。犯人はあいつだなと、勝手な推理をし、夕方まで雨が降らないことを確認していた。

 昼前になって拓海が自宅から出てきた。西松は一定の距離を保って拓海の後を追った。姿が見えなくなっても焦ることはない。西松にはその動きが見えていた。
 拓海が向かったのは駅だった。これから電車に乗るつもりらしい。西松は拓海を追って改札を潜り拓海がいる車両に乗り込んだ。それから拓海は一度乗り換えをして、渋谷で下車した。
 渋谷に辿り着いた頃、西松の感覚はだいぶ鈍ってしまっていた。人が多過ぎて、吐き気に襲われていた。
 お守り代わりに煙草をくわえて、なんとか拓海の後を追った。そして拓海はある企業が入っている高層ビルの前で足を止めた。
 西松も足を止めて、ビルを見上げる。テレビや雑誌で何度か見たことのある建物は、スタートの運営会社の本社ビルだった。

 拓海はここでいったいなにをするつもりなのか。

 拓海の頭を覗いてみても、その理由はわからない。拓海は大きなビルだなと、見たままの感想を抱いていた。
 しばらくビルを眺めた後、拓海は近くの花壇に座り込んでキョロキョロと辺りを見渡した。そして、拓海の目が西松をとらえた。西松は見られていることに気づいて、慌てて顔を伏せた。拓海は少しの間そんな西松を見つめ、他の人間に視線を逸らした。
 多くの人間が、ビルの周りを通り過ぎて行く。その人間たちを、拓海は一人一人観察していた。

(あいつは、違うか。あいつは、怪しい。あいつも怪しい。だけどやっぱり、違うかもしれない。見た目だけじゃわかんねぇな。やっぱり向こうから来てもらうしかない)

 西松は拓海の心の声を聞いて、鈴の手紙の内容を思い出した。拓海は本当に鈴と同じ能力がある人間を探しているようだった。
 拓海は人間観察をしながら、携帯電話を弄っていた。このメッセージに気づいたら声をかけてくださいと、スタートで数分ごとにメッセージを送っていた。西松が辺りを探る限り、拓海のメッセージに気づいている人間はいないようだった。

 拓海は三時間近くビルの前にいた。そして空が暗くなってきたことに気づいて、ようやくビルを離れた。
 西松にはもう拓海を追いかける気力はなくて、そのまま歩いて新宿の事務所に向かった。途中、風が冷たくなって、雷が鳴り出した。直ぐ近くに雷が落ちたようで、通行人がキャーキャーと騒いでいた。雷はだんだん遠ざかっていったけれど、今度は雨が降り始めた。西松は雷も雨も気にせずにただ歩き続けた。