翌週、拓海から風邪を引いてしまったからアルバイトを休みたいと電話があった。いつもと変わりない口調で言われ、本当に風邪を引いているのかと西松は不審に思った。だけど疑っていることは伝えずに、ゆっくり休めよとだけ言って通話を切った。

 拓海がいてもいなくても、西松のやることは変わらない。
 客が来ることはなく、電話が鳴ることもなく、ただぼんやりと日が暮れるのを待った。そして夕方、郵便配達員が来たことに気づいて下のポストに確認に行った。ポストの中にはいくつかのダイレクトメールと、鈴からの手紙が入っていた。
 ダイレクトメールはテーブルの上に投げ置いて、鈴からの手紙を開けてみる。便箋には中学生にしては綺麗な文字が羅列しており、西松は意外に思った。
 内容は学校でまぁまぁ上手くやっているということと、拓海のことだった。
 鈴は拓海が最近どこかおかしいのだと心配していた。そしてもしかしたら、他の能力者を探そうとしているのではないかと疑っていた。
 西松は鈴の手紙を数回読み返して天井を見上げた。いつの間にか日が暮れて、事務所の中は薄暗い。再び手紙に目を落とすと、文字はほとんど見えなくなっていた。
 西松はソファーから立ち上がって電気を点けた。そして改めて手紙を読んでため息をはいた。
 西松自身、最近の拓海に違和感を覚えていた。妹である鈴もやはり気づいていたようだ。
 拓海が危うい状態であることを確信したものの、直ぐにできることは思い浮かばない。とりあえず次のアルバイトの日に拓海とちゃんと話し合おうと決めて、西松は手紙の返事を書いた。けれど拓海は次のアルバイトも休んだ。

 携帯に電話すれば、普通に出る。拓海は電話越しに、体調が悪くて学校にも行っていないと言っていた。鈴の携帯に電話をして拓海の状態を確認すると、確かに拓海は学校を休んでいると話してくれた。けれど鈴が学校に行っている間は母親も仕事に行っていて、日中拓海は一人になる。その時なにをしているかわからないとも言っていた。

 その数日後もまた拓海からアルバイトを休みたいという連絡があった。最初に風邪を引いたという連絡を受けてから一週間。学校も一週間休んでいるらしい。西松は流石におかしいと思って、拓海の元に行こうと決めた。
 翌日、西松はいつもとは違う恰好で自宅を出た。

 拓海の住む町の空気は以前一度訪れたことがあるので知っていた。長閑な住宅街で、駅周辺には学生が多くいた。だから西松はいつものスーツでは悪目立ちしてしまうと思って細身のパンツにカーディガンとTシャツを合わせた。髪も盛らずにおろして、顔を見えにくくした。地味な格好のおかげか、電車の中でもジロジロ見られずに済んだ。
 拓海の地元の駅に辿り着くと、朝食をとるためにいつか拓海と来たことがあるファストフード店に入った。駅には通勤や通学するために人間がどんどん集まって来ている。西松は若干気分が悪くなりながら、拓海が通っている高校の制服を着ている学生を目で追った。
 数人ではしゃいでいる学生。眠そうな学生。単語帳を見ている学生。やっていることも、考えていることもそれぞれ違う。当然拓海のことを考えている人間はいなかった。

 拓海は学校でどういうポジションにいるのか。

 拓海はよく学校のことを話してくれていたけれど、第三者から聞かないとわからないこともある。