「俺は世間一般的な探偵業はやってない」

「そうでしょうね。だけど話を聞く限り、誰かにとって必要なことをやっているんだなと思います。正直尊敬しますよ」

「まぁな。でも拓海に俺と同じことはできない。俺に憧れるのはお門違いだ」

「それも、わかっています。事務所に来るような迷える子羊を救うのは、西松さんだからこそできることだ。どんなに努力しても、俺は西松さんになれない。だから俺は、俺にしかできないことを見つけたいんです」

「それでどうして探偵業に惹かれる。探偵に拘る必要はないだろ。俺からしてみればよりによってって感じだ。視野をもっと広げろよ」

「別に本気でなろうとしているわけじゃなくて、興味があるだけですよ。西松さんが特殊なだけで、他の探偵は普通な人のはずですよね。だったら俺にできないこともないと思います。とりあえず、一般的な探偵業ってどんなふうでしょうね」

(今度の面談どうしよう。あのおっさん、夢を持てとうるせぇからな。適当になにか言っておかないと、また面談を組まれそうでめんどくせぇんだよ。探偵になりたいって言えばどうなるんだろう)

 口ではなんとなくごまかしながら、続けて漏れた心の声は直球だった。それが拓海の本音かと、西松はため息をついた。
 そういえば拓海は、昨日も面談のことでなにか悩んでいたようだった。今のところ拓海に明確な将来のビジョンはないようで、だからこそ担任の前で本当に探偵になりたいと言い出しそうな雰囲気だ。そしたら担任は驚くだろう。探偵業は悪い仕事じゃないし、やりがいもある。ただ全く探偵に縁がない人間がどんな偏見を持っているかわからない。拓海の担任は熱血教師らしく、ちょっとした勘違いで面倒なことになりそうだ。どうせ適当に面談を受けるつもりならば他の職業を口にしたほうが良いだろうと西松は思った。

「進路のことなら、まず親と話し合えよ」

「好きなことをしなさいと言われました。だからどんな道を選んだとしても受け入れてくれると思います。今のところは大学に進学する流れですが、金銭的に不安な面があって、他にも色々と考えて、大学に行く意味が本当にあるのかって考えちゃうんですよね」

「じゃあ、就職するつもりなのか?」

「西松探偵事務所の正社員にしてくれますか?」

「断る。そこまでお前の面倒を見るつもりはねぇよ」

「ですよね。言われると思いました。ここの正社員になるのは冗談として、最近ある分野に興味があるんです」

「じゃあ面談でそれを伝えればいいじゃねぇか」

「そうですね。じゃあ、そうします」

「お前の進路だろ。親に言われるならともかく、俺が言うからそうするみたいなのはやめろよ」

「わかってますよ。本格的な受験シーズンを向える前までには真面目に考えて結論を出すつもりです。親にだって相談します。ただ今は西松さんからのアドバイスがほしいんですよ。俺が抱きかけている夢は、母親には理解してもらえない。西松さんだからこそわかってもらえると思って話しているんです」

 拓海はじっと西松の顔を見つめた。

(スタートをぶち壊したいんだ)

 最初から伝えるつもりで呟かれたらしいそれに驚いて、西松は咄嗟に反応できなかった。

「西松さんなら、全部言わなくたって、俺の考えていることを理解してくれますよね」

 冗談なんかじゃない。
 拓海が本気であることは、西松だからこそわかった。
 スタートをなくした時の話は昨日もした。けれど昨日の拓海と今日の拓海は違う。昨日はそこまで真剣にスタートをなくしたいとは考えていなかったはずだ。いったいなにが拓海を変えたのか。拓海にたずねたところで、拓海自身も答えを知らなそうだった。

「……お前が考えていることはなんとなくわかったが、理解はできない。本当にそんなことができると思っているのかよ」

「不可能じゃないと思います。西松さん、前言いましたよね。スタートから出ている特殊な周波数は偶然の産物だって。今の周波数はきっととても微妙なバランスで保たれている。その周波数を少しでも変えることができれば、鈴の能力も消すことができるかもしれない。俺は別にスタートというアプリをこの世から完全に消したいわけじゃないんですよ。機能とか便利ですし、世界中で広まればいいと思います。ただ、周波数だけはなるべく早い内に変えるべきだと思います。ほんのちょっとのズレで、多くの人間が救われるかもしれないんですよ。夢があると思いませんか?」

 拓海は話しているうちに興奮してきたのか、目をキラキラと輝かせる。西松は拓海に共感できずに額をおさえた。

「……悪くはない考えかもしれない。本気でスタートを弄るとして、スタートの運営会社に就職する必要がある。そのためにはまずは大学に進学するべきだ。しかもある程度レベルが高い大学じゃないと正社員は難しいだろう」

「アルバイトも雇っているみたいですけど、重要なシステムには触れさせてくれないでしょうね。結局今は地道に勉強するしかないってことです。とりあえず定期テストの点数を上げる努力をするつもりです」

 拓海は興奮を落ち着かせて、かなり必死に勉強しないといけないと今から疲れたような顔をする。そんな拓海の様子に西松はホッとした。